第24話 苦いうそ、優しいうそ(1)米原ベーカリー
高山は資料室で、それを再度読んでいた。8年前に起きた、夫婦焼死自殺事件。
望月家が深夜炎上しているとの、近所の住人の通報で消防が出動。しかし家は全焼し、焼け跡からは、望月夫妻と見られる男女の遺体が発見された。
火元は遺体のあった書斎。灯油をかぶり、部屋中にもまき、火を付けたらしく、遺体は完全に炭化していた。
夫人は難病に侵されており、子供3人を「子供星空観察会」に出席させて外泊する日を選んで、夫婦で自殺したものと思われる。
そう、片付けられていた。
(あっさりと結論付けられているな)
高山はまずそう思った。
資料の数も、そう多くない。
これは、念入りにとでも言うかの如く、完全に焼け落ちていたからだろう。
(結論を急ぐような大事件でもあったのか?)
思い出してみるが、それらしい事件は発生していない。
(これは、誰かの指示か)
高山は、ニヤリと唇の端を吊り上げた。
と、ドアが開いて、せかせかとした足取りで誰かが入って来る。上司の久保だった。
高山は、面倒を避けるためと、もうこれ以上見る物もないと、資料室を後にした。
「何やってたんだ、あいつは」
久保はそれを見送って呟いたが、高山が見ていた物を思い出し、表情を引き締めた。
「あれは、例の……。
まさか、何か勘付いたのか?まずいな」
久保は資料室に来た理由を忘れ、慌てて飛び出して行った。
マンションの1階にあるパン屋は、密かな人気店だ。小ぶりながらほとんどが100円で、美味しい。今日もいい匂いを辺りに漂わせていた。
(パン屋の匂いというのは、幸せの匂いだなあ)
パン屋の隣にある法律事務所から出て、蘇芳は思った。
ここのパンは望月家も好きで、新製品が出ると必ず食べており、今の所、全種類を制覇している。その中で、蘇芳が好きなのはクルミなどが入ったもの、浅葱が好きなのはソーセージやカレーの入った総菜パン、萌葱が好きなのは塩パンだが、総じて全て好きだ。
(この春の季節のパン、また来年もして欲しいな)
上に桜の花の塩漬けが乗り、中にも刻んだ花弁が練り込まれている塩パンで、何とも香りが良かった。勿論、萌葱はかなり気に入っていた。
思い出しながら3階の自宅に戻ろうと階段に向かった時、店から悲鳴のような声が聞こえて来た。何事かとそちらへ目をやると、小学生の子供4人が睨み合い、店のオーナーの奥さん、米原夫人が困ったような顔をしてそれを見ていた。
「あ、望月さん」
どこかほっとしたような顔を向けられ、蘇芳は彼らに近付いた。
「どうかしましたか?」
よく見ると、1人の子供は店頭に置いてあったお徳用の袋詰めパンを手にし、その子を3人の子供が逃げないように掴んでいる。
「万引きだよ!泥棒!」
腕をしっかりと掴む子が言うと、パンを持った子が叫ぶように言う。
「違う!カバンに入ってたんだ!」
「万引きが見つかって、俺を突き飛ばしたんだ!」
その子はそう言って、擦りむいた膝を証拠だと大げさに見せた。
子供達は、ランドセルを背負い、手提げカバンを下げていた。体操服が入っているのが見える。
「どうしましょう」
米原夫人が子供達を順に見て困ったような声を上げると、膝を見せていた子が、主張した。
「泥棒で、傷害?強盗?何か、犯人じゃん!警察呼ぼうぜ!」
それに、パンを持っていた子が慌てた。
「俺は万引きしてない!干しブドウが嫌いなのに、ブドウパンを盗るわけないだろ!」
蘇芳と米原夫人は、それを見た。確かに干しブドウが入ったパンが詰められている。
「お前らがぶつかって来た後で入ってたんだから、お前らが入れたに決まってる!」
膝を擦りむいた子は憎々し気にその子を睨みつけ、もう2人は、お互いに顔を見合わせた。
(そういう事か)
蘇芳と米原夫人は、この子のカバンにパンをそっと入れるイタズラを3人がしたらしい事に気付いた。
が、突き飛ばした事で、エスカレートしてしまったらしい。
「あら?どうかしたの?」
通りかかった主婦が声をかけて来た。
と、膝を擦りむいた子が声を上げる。
「あ、ママ!こいつが突き飛ばして来て、転んだんだ!」
「まあ!なんて事!」
主婦は頭頂部から出したような声を上げて、パンを持った子を睨みつけた。
「あなたね!?お母さんに来てもらいますからね!?」
子供は怯んだような顔付きになったが、すぐに言い返す。
「そっちが先に、俺を泥棒呼ばわりしたからだろ!」
「まああ、なんて子!警察は?もう呼んだんでしょうね?」
一気に大ごとになって、米原夫人はおろおろし、蘇芳もどうしたものかと考えを巡らせた。
そこに、新たな声がかかった。
「こんにちは」
「あ、萌葱」
「萌葱君。お帰りなさい」
学生服の萌葱がそこにいた。
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