第21話 夢(5)歓談

 当たり障りのない雑談をしながら、別荘の事やセキュリティについてなどを話題にする。

 それを美希は控えめに微笑み、時々会話に混ざりながら紅茶を飲んでいたが、ふと耳元に手をやったはずみに、イヤリングが落ちた。

「あら、ありがとう。良かったわ、無くさなくて。このイヤリングとネックレス、成人のお祝いに両親から送られたものなのよ」

 大粒のピンクがかったイヤリングを嬉しそうに見せながら、拾い上げた浅葱に礼を言う。

「へえ。きれいですねえ。それに、うん。よく似合ってる」

「ありがとう」

 美希はにっこりと笑って夫妻に顔を向け、夫妻もにっこりと笑い返す。

 チャンスだと、萌葱は訊いてみた。

「水谷さんのそのブラウスなら、白のパールのネックレスが合うのかな。短めの」

 それを想像したのか、望美はサッと顔色を青くし、反射的に首を確認するかのように両手を首にやった。

「そうかしら」

 辛うじてそう言う。

「妻は、ネックレスとかスカーフが苦手でして」

 和希が言うのに、蘇芳が頷いた。

「ああ。首周りに何かが触れるのが嫌だと仰る方、お会いした事がありますよ」

「あれ?事故の前は凄いチョーカーとかしてませんでした?時価2憶円のチョーカーっていうのをしてる写真、新聞で見た事がありますよ」

 浅葱が言うのに、夫妻は一瞬目を泳がせたが、和希が、

「事故の時に、ネックレスが首に絡まっていたから、そのせいでしょう」

と言いながら目を伏せる。

「ああ。お気の毒でしたね」

 萌葱は目を彼らから離さないまま言った。

「別荘に行ってらした時でしょう?」

「ええ」

「崖から落ちたとか。災難でしたね」

「ええ。本当に。でも、主人とゆっくり話し合える時間もできたし、私も自分を反省できたし。運がよかったのかも知れませんわ」

 望美はそう言って、

「私も、妻を失う所だったと思うと、自分に素直になれましたしね」

と言う和希と微笑み合った。

 浅葱が、ふと思い出したように言う。

「そうだ。お医者さんならどう思います?

 園児が、好き嫌いするんですよ。筆頭はピーマンですね」

「おやおや」

 微笑ましそうに、皆が笑う。

「で、あの手この手で、親御さんも食べさせようと必死ですよ。

 でも本人は、ガンとして食べない。最近ではどこで付けて来た知恵なんだか、同じ栄養素を別の物からとったら同じじゃないか、と反論するんですよ。

 それ、どうなんですか?好き嫌いは子供のうちから矯正するべきなんですか?」

「ははは。子供はどんどん、口が達者になりますからねえ。

 好き嫌いに関しては、まあ、嫌ならほかのもので摂ればいい。そう思いはしますよ。

 でも、何でも食べられた方が、楽しいですよね。色々なものを食べられて」

「なあるほど。その通りですよねえ。いやあ、流石。いいアドバイス、ありがとうございます」

 にこにことする和希に、萌葱が何気なく訊く。

「先生は嫌いなものってありますか?」

 その笑顔が、一瞬真顔になってから、苦笑を浮かべた。

「実は、お恥ずかしながら。わかめがねぇ」

「ああ。食感ですか」

「いや……広がってゆらゆらとするのが、不気味で……」

「やあだ、パパ。そんな真剣な顔で」

 美希が吹き出し、和希はハッとしたように瞬きをすると、照れたように笑い出した。

「でも、私が子供の頃は、別荘の近くでわかめも拾ったりして遊んで、わかめのお味噌汁も飲んでたのにね。それに、別荘にも全然行ってないわね、事故以来」

「そ、それは、忙しいし、あんなことのあった所だし。それにわかめは、まあ、突然嫌になる事もあるんだよ」

 慌てて言う和希に、望美も肩を持つ。

「そうよ。お父さんをいじめないの」

 それで皆は笑い出した。

 が、萌葱はポケットに入れた盗聴マイクを意識しながら、

「ああ。お茶を淹れ直しますね」

と、手伝いを軽く断って立ち上がった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る