第19話 夢(3)殺人の夢
誰もが知る高級住宅地の中に、男の言う水谷家はあった。
洒落た洋風の建物と庭で、庭を囲むのはきっちりと刈り込まれた生垣だった。そして玄関前には、馬と馬車に見えるように刈り込んだ植木があり、確かに、目隠しになっていた。
ガレージは建物の横にくっつくように作られており、シャッターは開いて、中は空だった。
玄関の呼び鈴を押すと、すぐにドアが開けられ、若い女性が顔を覗かせる。
「ああ。お電話した高山です。こっちは助手」
高山が手帳を示しながら言うと、彼女は微かに笑顔を浮かべて頭を下げた。
「何度も申し訳ありません」
「いいえ。どうぞ」
それで高山と萌葱は、家の中に招き入れられた。
供述に沿って歩き、リビングの窓から外を見る。すると、ガレージの窓越しに、空っぽの内部が見えた。
「ご家族は」
「両親は知人の銀婚式のお祝いに出掛けています」
彼女、水谷美希はそう言った。
この水谷家の主人和希は整形外科医で、この家の婿養子だ。
夫人の望美は、彼の野心的な所と顔に惚れて結婚したというが、派手好きなせいかすぐにケンカばかりになっていた。しかし、3年前に大事故に遭って顔にケガをしたのが原因で、別人のように大人しく、優しい性格に変わったらしい。
死にかけると、色々と反省したり、人生観が変わる。そう言っていた。
「当時、家にはいらしたんですか?」
美希もやはり、萌葱を刑事なのか何なのかという様子で見ていたのだが、それを追求する事はなく、素直に答えた。
「父は病院にいましたし、母も私も2階にいました。お互いに自室で本を読んでいたりしたので、空き巣にも気付きませんでした」
「却ってよかったですよ。居直って刃物でも振り回されていたら大変だ」
高山がそう言うと、美希は微かに笑って、しかし、迷うようなそぶりを見せた。
「何か?」
「あの……おかしな話なんです。この話をお聞きする前から、私、夢を見るんです」
眉を寄せ、美希が言う。
「夢ですか」
「はい。父が母の死体を冷静な目で見下ろしている夢なんです。何度も何度も。
変でしょう?父も母も元気だし、仲もいいのに」
美希はそう言って困ったように笑うが、高山は唇の端をあげて
「ほう」
と言い、萌葱は美希の顔をじっと無言で見るだけだった。
「うそはついていないのか?」
高山は車に戻って萌葱から結果を訊くと、そう言って唸った。
「はい。そういう場面を見たというのは事実のようですね。
それと、当日2階にいたというのも」
萌葱はそう報告した。
「ただ、不可解な部分もありました。空き巣に気付かなかったという辺りです」
「ふむ?空き巣に気付いていたが、怖くて下に降りて来なかった、という事か?」
「それだけならいいんですが、どうでしょうね。そこまではわかりませんよ」
「少々気になって来たな。調べてみよう」
高山は面白そうに唇を歪めて笑うと、車のエンジンをかけた。
夕食のテーブルを囲みながら、萌葱は蘇芳と浅葱に、報告をしていた。
今日の夕食は、豆ごはん、カツオのたたき、レタスとコロッケとトマト、玉ねぎとわかめの味噌汁だ。
「水谷家か。聞いた事があるな。元々は美人で派手でわがままな女王様だったのが、九死に一生を得たせいで、すっかりと別人のようにいい人になったとか」
蘇芳が言う。
「事故で人生観が変わるとかは、まああるかもなあ」
浅葱も言いながら、豆ごはんをかきこんだ。
「その美希さんも、うそはついた様子はなかったんだろう?空き巣に気付かなかったという所以外は」
「まあね」
萌葱は言い、カツオを箸で掴んだ。
「でも、何か引っかかるんだ。これには、あの高山さんに同意するよ」
「まあな。空き巣が出て行ってから警察に知らせれば良かったんだしな」
「それより気になるのは夢じゃねえ?」
それで、3人は各々考えた。
「当時は事故の前で、まだ夫婦仲がギクシャクしていたとか?」
蘇芳が言うが、
「それを今頃、仲がよくなったのに何回も見るようになったのはおかしいな」
と自分で否定する。
「高山さんが何か調べて来るぜ。それを待とう」
「そうだな。中間テストも近いし、こんな事に悩んでいる暇はないな」
萌葱は言って、話題は学校の事に変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます