第6話 うそ(5)証明
その男は井尻マサシといい、近くのアパートに住む大学生だった。そして夜な夜な、自転車で静かに一人歩きの人に近付いては驚かせ、その様を録画して繰り返し見て楽しむという事を趣味にしていた。
「たくさんあるねえ」
井尻のアパートに上がり込んだ萌葱達は、早速井尻のこれまでの記録から、事件当日のものを見ようとパソコンを操作した。
画面を見ていると、自転車はスタートして、人気の途絶えた夜道を無灯火で走り出す。サラリーマンが前方に見えたが、こちら向きに走って来る乗用車が来て、自転車は角を曲がった。
と、ビクビクしたように俯いて小走りで歩く女性とぶつかりかける。
「キャッ!?」
女性は驚いて、持っていたペットボトルを放り出した。
が、顔を背けるようにして、慌ててペットボトルを拾い上げて、走り去る。
それを見送って、井尻の声がする。
『なんだよ。あ!』
画面は下を映し、井尻の靴が映った。
『濡れたじゃないか。
ん?何か灯油かガソリンの臭いか?何だよ、おばさん』
そこで萌葱達は、一時停止をして、井尻を振り返った。
「はいっ!?」
「この時の靴は?」
「え……あります、けど?」
「洗った?」
「えっと?」
「洗ったかどうか聞いてんの!」
浅葱が言い、井尻は飛び上がった。
「いえ!洗ってません!すみません!」
それを聞いて萌葱達は笑い、蘇芳が言った。
「その靴とこのデータ、貸してもらえませんか」
「え、何で――」
「蘇芳兄ちゃん、傷が痛いよ」
「わかった!わかりました!貸します!」
萌葱は、
「ご協力に感謝します」
と笑った。
しばらくして、靴に染み込んだ灯油の成分と木田家の現場から採取された灯油の成分が完全に一致し、カメラに映る人物がカリスマ主婦麻衣こと高橋麻衣だったので、任意で事情を聴きながら高橋家の灯油を調べると成分が完全に一致。それを突きつけると、高橋麻衣は犯行を自供し、被疑者とされた森元は釈放された。
いつもいい人としての仮面を取り繕う事に疲れ、イライラの解消に、落書きなどをしてきたらしい。
今回は、いいなと思っていたワンピースを木田夫人が先に買って着ているのを見て、腹が立ったらしい。
「それで火を付けられたらたまらないな」
萌葱が言うと、浅葱が苦笑する。
「そこまでするにはともかく、同じのを誰かが持ってたらもうそれは持てないとか、お母さんたちも色々あるみたいだぜ?」
「いいものだったら重なってもおかしくないだろうに。大量生産の既製品なんだから」
萌葱が言うと、浅葱が、
「それが女心ってやつだよ。いやあ、萌葱にはまだわかんないか。はっは」
と言い、蘇芳が、
「まあ、あれだ。制服でもないのに同じスーツとか来てたら、値段も丸わかりだし、何か気まずいだろ?」
と言い、萌葱はわかったようなわからないような顔をしていた。
「ところで、健太君はどうなった」
蘇芳は話題を変えた。
「ああ。今回はお手柄で、鼻高々だぜ。でも、普段うそをついていたから信じてもらえなかったってわかって、反省したみたいだ。
それと、お母さんだけど。やっぱり、イライラして叱って、手をあげて叱りそうで怖くなった時に、ベランダに出して反省させてたらしいよ」
浅葱が言い、それに蘇芳と萌葱が神妙な顔をする。
「手を上げない為か」
「でも、これもなあ」
「うん。離婚調停が有利に終わったらしいから多少は余裕ができそうなのと、これからカウンセリングを受けるって言ってた」
浅葱が言い、少しホッとする。
「そうか。お母さんも追い詰められてたんだな」
「浮気したお父さんに腹が立つぜ」
「思い切り慰謝料をふんだくったんだろうな」
3人は言いながら、事件が無事に終わった事に安堵した。
その頃、警察署では刑事が資料を見返していた。
高山みちる、30歳。腕っぷしが強く、美人でない事も無いがそうは見えなく、目が鋭くて、殺し屋のようだとよく言われている。
「ふうん。事件現場を歩いていて、たまたま証言者にぶつかった、ねえ。
望月蘇芳先生、か」
高山は呟いて、事件の入電にデスクから立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます