第5話 うそ(4)調査
カリスマ主婦麻衣。料理や掃除などをブログに書き込み、人気の主婦だ。しかしその前から、美人、明るい、地域の行事にも協力的、ファッションセンスがいい、お金持ちなのに気さく、などと近所で評判の人物で、欠点らしい欠点が見付からないと言われていた。
蘇芳は近所の人への聞き込みという形で話を聞いたが、噂なども知らないし、その時間は家でパソコンをいじっていたという事だった。
家族である夫は出張中でおらず、大学生の娘は友人の家に泊まりに行っていたらしく、そのアリバイを証明する人がいないのは、被疑者である森元と同じだ。
蘇芳は付近を回ってみたが、防犯カメラを付けている家も無いようだった。
「お手上げか」
ほかの手段を考えなければ、と、蘇芳は嘆息してそこを離れた。
昼寝している園児達を起こさないように、保育士達は話をしていた。
「健太君の所ですけど、お父さんとお母さんが、別居中らしいです。お父さんが浮気していて、離婚調停中だと」
聞き込んで来た園長が言う。
「それでイライラっていうのはありそうですね」
「体にアザとかは無いですから、ベランダにしばらく出すってだけなのかな」
「体重も、取り立てて減ったりしてないし、平均的ですよね」
保育士達が、健太の状態を確認していく。
「健太君のうそって、それと関係してるのかしら」
「子供のうそって、怒られないようにとか、気を引くためですよね。健太、寂しいのかな」
浅葱が言って、皆で揃って眠る園児達を眺めた。
「離婚調停なんて本人たちにとってもストレスに決まってるでしょうけど、子供にとっても大きなストレスよ」
園長は言って、そっと溜め息をついた。
半分散った桜が、風に揺れる。
それを横目に、萌葱は歩いていた。放火された木田家の近辺を歩いてみると言って蘇芳と浅葱が出かけたのだが、萌葱は、
「高校生が深夜に出歩くのは危ないからダメ」
という理由で留守番となったのだ。
しかし、証言者でもいれば、嘘かどうかすぐにわかった方がいいに決まっている。
なので萌葱は、兄の後を追って家を出て来たのだ。
(どの辺にいるのか……)
ジーンズとシャツの上にパーカーを羽織って出て来たものの、少し肌寒い。萌葱は肩をすぼめるようにして足早に歩き出した。
と、四つ角にさしかかった時、背後から音もなく何者かの気配だけが急接近して来たと思ったと同時に、いきなり背中を思い切り突かれた。
「うわっ!」
よろめいて、そばの生垣に突っ込みながら、背後を見た。
無灯火の自転車に乗った若い男がニヤニヤとして、走り去ろうとしている。自転車はマウンテンバイクで、男は額にウエラブルカメラを付けていた。
「ちょっと――」
話しかけようとした萌葱だったが、男はそのまま走り去ろうとした。
「待て!」
追いかけようとした時、横合いから飛び出して来た何かが、その自転車を猛スピードで追いかけ始めた。
「ええーっ!?」
「大丈夫か!?」
萌葱に飛びついてケガが無いか素早くチェックしながら蘇芳が訊く。
「やっぱりあれは浅葱兄か」
「危ないから家にいろって言ったのに」
蘇芳が軽く怒るが、それを萌葱は遮った。
「ごめん。二度手間にならなくていいと思って。
それより今のやつ、捕まるかな」
「浅葱が追いかけて行ったから大丈夫だろ」
言っているうちに、浅葱が、ブスッと膨れっ面をしている男を自転車ごと連れて戻って来た。
「あ、浅葱!」
「大丈夫だったか、萌葱」
萌葱は男に目をやって、カメラを確認した。
その間に、蘇芳がキリッとした顔で、男に向かって言う。
「危ないじゃないか」
「はあ。面倒臭ぇ」
「無灯火は道路交通法52条違反で5万円以下の罰金だな」
「え」
男は少し動揺する。
「故意に脅かしていたな」
「蘇芳兄、擦りむいた」
萌葱が小さな擦り傷を指して言うと、蘇芳と浅葱が騒ぎ立てる。
「何。と言う事は、単なる無灯火じゃないな。傷害か」
「うちのかわいい弟に何しやがるんだ、この野郎が」
男は完全に慌て、蘇芳に噛みついた。
「な、何だよお前らは!」
「弁護士の望月ですが」
「うっ」
男は青い顔になって、その場で棒立ちになった。
「諦めな。兄貴は優しそうに見えて、怒ると怖いんだぜ」
浅葱がせせら笑い、萌葱が男に冷静な口調で尋ねる。
「あなたは、こういうことを頻繁にこの辺りで繰り返していたんですか」
男はどう答えるのか迷った様子だったが、
「素直に認めるのと認めないのでは違いますが」
と蘇芳に言われて、慌てて口を開いた。
「すみません!一人歩きの子供や女性を脅かして、びっくりさせて楽しんでました!」
蘇芳の目が温度を下げる。
「ふうん。それ、録画してましたね」
カメラを指すと、男はうんうんと素直に頷いた。
「先週の金曜日の夜も、出かけましたか。ボヤ騒ぎのあった夜です」
「えっと、まあ」
それで浅葱と蘇芳がずいっと男に迫り、男は怯え、萌葱はにやりと笑った。
「それは良かった。見せていただいても?」
男は首をうんうんと勢いよく降り続けた。
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