第6話 納期って災いの一種だと思う

この国の私が住んでいる地方では

結婚する女性は決まった絵柄の刺繍のハンカチを親しい人に配る風習がある

自身で縫っても良いのだが

最近の花嫁は刺繍を依頼して買うことも多い


昼食を食べ終えたマーサから悲しい知らせを受ける


「結婚する日が早まったみたいなの」

「依頼品は2ヶ月後って話だったよね?」

「本当におめでたいわよね?心から祝福しなきゃ

  そう思うわよね?」


祝いたい気持ちと仕事は分けて考えたい

私の顔は気持ちを隠しきれなかったのか


「祝い事なんだし難しい顔しちゃだめよ?」


すごいいい笑顔でマーサが圧をかけてくる


「納品日なんだけど30日後ぐらいだったら幾つくらい出来るかしら?」


1日1枚ペースでも早い方なのに

あと50枚もある

2か月あったから受けた仕事なんだけど

毎日2枚縫い続けられるなら無理はないだろう

だがこのお客さんの指定の絵柄は

とてつもなく時間がかかる凝ったものだ


「枚数減らしていいなら20枚かな」


「25枚」

「21枚までなら」

「23枚」

「22枚で許して」


うーんと唸った後マーサは意を決した顔になった

「仕方ない、できないものは無理させられないわ」

「わかってくれたんなら嬉しいよ」

「22枚は仕上げてね?残りは私と母さんでどうにかしてみるわね」


ハンカチの枚数を交渉しおわったのを感じたのか

猫が膝の上で伸びをして毛繕いを始めた


「今完成してる分だけでも渡しておこうか?」


そう言いつつ立とうとしたら猫が迷惑そうに

私の膝から降りてマーサの膝に飛び乗った

「あら、人懐こいわね。ふわふわね」

マーサが猫を撫でてうっとりしている間に

仕事机の完成品を入れる引き出しから

完成したハンカチを30枚取り出してマーサに渡した


「やっぱりいつ見ても綺麗に縫うわねぇ。

 縫い目の違いでこうも違うと私が縫う分は

 値引きして渡さないといけないかもしれないわ」


そんなことを言いながらマーサはバスケットの底に入れていた箱にハンカチを数えて収めた


納期短縮は災いだと思う

明日からは日の出から日の入りまで

ずっと縫い続けるのつらいなぁ

猫、これなんとかしてくれないかな?

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