54話:夢を見つけた君へ

 それから夏が来て、秋が来て、希空たちは受験勉強のため、毎日は来なくなった。けど、週に一回は必ず来てくれる。

 私の声はあれからすっかり元に戻った。筆談用のノートも、もう必要無くなった。海菜さんの言った通り、みんなとの思い出のアルバムに変わった。

 だけど、やっぱり学校には行けない。受験が近づいて来たから余計に考えてしまう。今更行ったって迷惑だと。

 だから私はもう、学校に行くことを諦めて受験勉強に専念することにした。悔しいけれど、仕方ない。みんなには、私のせいで受験に集中出来なくなってほしくないから。

 高校は、当初は希空と同じく青山商業を目指すことにしていた。希空と同じく学校に通いたいという安易な理由で。将来のことは何も考えていない。とりあえず、高校は卒業しておきたかった。だから、学校は別にどこでも良かった。だから希空を理由に決めた。

 だけどやめて、定時制の高校を目指すことにした。授業が一日四時間しかなく、そのかわり卒業まで四年かかるが、今まで学校に行ってなかったことを考えると一日の授業数は少ない方がいいんじゃないかと、佐藤先生のアドバイスで。佐藤先生も中学生の頃不登校で、定時制の高校に進学して少しずつ慣らしていったらしい。

 姉川先生は、恋人と同じ高校を受験したら恋人の方が落ちて、それが別れるきっかけになったと苦い顔をして語ってくれた。確かに、どちらかが片方だけ受かって片方だけ落ちる可能性はある。それは全く考えていなかった。


「って、先生達、なんで私が希空と付き合ってるの知ってるんですか」


「「本人から聞いた」」


「もー……」


「ちなみに愛華、その二人も付き合ってるよ」


 ソファでゲームをしながら聞いていた月島先生が衝撃発言をする。


「その二人って……?」


「姉川先生と佐藤先生」


「えぇっ!?姉川先生と佐藤先生が!?」


「ちょっと先生!」


「あ、ごめん。口が滑ったわ。ははっ。職場でいちゃついててウザいからついチクっちゃった」


「てか、なんで当たり前のように居るんですか」


 姉川先生が苦笑いしながら問う。


「ここ、私の家だから」


「違いまーす。私の家でーす」


「お前の家は私の家」


「……某ガキ大将みたいなこと言ってますね」


「昔からこうなんですよ……隣同士だからってベランダから飛び移って来たりして……」


「お前から来いって言う日がほとんどだったろうが。てか、お前もベランダ飛び越えてこっち来てただろ」


「……もしかして、二人って昔付き「「合ってないよ」」……本当に?「「個人的に、一番恋人にしたくない人だから」」


 綺麗に声が重なる。示し合わせたように一言一句違わず。呼吸のタイミングまで一緒だった。逆に怪しい。


「……仲良いですね。さすが幼馴染」


「腐れ縁っすよ」


「運命の赤い糸で結ばれてるのかも」


「その糸、何人と繋がってんだよお前」


「あははっ。えっとね、百合香と、君と……あと松原さんと……」


「……私のはこっちで切っとくわ」


「ええー!酷い!」


「「あはは……」」


 こんな感じで、一年の時担任だった佐藤先生と姉川先生、そして月島先生はよく家庭訪問に来てくれている。家庭訪問というよりは、遊びに来ている感じだけど。

 ちなみに私は三年とも佐藤先生のクラスだ。そのうち一年半は通えていないけど。


「あ、もうこんな時間。お母さん、私達はそろそろお暇しますね」


「はい。今日はありがとうございました」


「じゃ、うみちゃん。また来るわ」


 六時過ぎ。百合香さんが帰ってくる少し前に、先生達は帰って行った。


「海菜さんは知ってたの?先生達が付き合ってるって」


「よくバーに来るからね。三人で」


「へー……」


 先生達を含めて、私を支えてくれた大人達のほとんどは、モヒートの常連さん達だ。

 恩返しがしたい。私を助けてくれた大人達と、彼らと海菜さんを結びつけたのはあの店に——


「……あ」


 その瞬間、私の夢が——将来が見えた気がした。


「ん?」


「……ねぇ、海菜さん」


「なぁに?」


「……おばあちゃんが引退したら、海菜さんがお店継ぐんだよね?」


「うん。そうだよ」


「じゃあ、海菜さんが引退したら?誰が継ぐの?」


「んー……そうだねぇ……今のところ、継いでくれる人は居ないかな。まぁ、まだ先の話だし、これから見つかると思うよ」


「……誰も居ないならさ、今のうちに、私が立候補してもいい?モヒートの次期オーナーに」


 私がそう言うと、海菜さんは目を丸くして、そしてにこりと笑った。


「君がその気なら、中学卒業したらうちで働いてみる?」


「えっ、未成年働けるの?」


「22時超えなければ大丈夫。お酒は扱わせない。任せるのは雑用だけ。グラス拭いたり、仕込みをしたり、掃除をしたり」


「海菜さんも高校生の頃から働いてたの?」


「ううん。私は二十歳までは別のお店でバイトしてたよ。でも、バーテンダーになるのは小さい頃から夢だったんだ。物心ついた時からずっと、母さんの背中を追いかけていた。二十歳になるのが待ち遠しかった」


「……二十歳超えないと、バーテンダーにはなれない?」


「そりゃ、お酒扱わなきゃいけないからねぇ」


「そっかぁ……」


「私もバーテンダーとして本格的に仕事を始めたのは大学卒業してからだけど、小さい頃から、ノンアルコールのカクテルを作って練習してたんだ。君がその気なら教えてあげる」


「じゃあ、ぜひお願いします。師匠」


「よろしい。じゃあ、さっそく、夢を見つけた君にピッタリなカクテルを作ろうか」


「私にぴったりなカクテル?」


 そう言って海菜さんがレシピを教えてくれたのは、シンデレラというカクテル。


「シンデレラって、あの?ガラスの靴の?」


「そう。カクテル言葉は、夢見る少女」


「夢見る少女」


「私が母さんから一番最初に教わったカクテルでもあるんだ」


「へぇ……」


 オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースの三種類のジュースをシェイクして作るシンプルなノンアルコールカクテルだ。

 海菜さんに教わりながら、材料を専用の軽量カップで測ってシェイカーに入れ、振る。

 思った以上に難しい。

 そうして出来上がったカクテルをグラスに出す。


「私も同じもの作るから飲み比べてみてよ。全然違うと思うよ」


 そう言って海菜さんは、シェイカーを一回洗って、同じ手順で同じ材料を入れてシェイカーを振る。シェイカーを振る姿はたまに見ていたけれど、改めて見るとカッコいい。当たり前だが、慣れている。

 そうして出来上がったカクテルは、色からもう違いが出ていた。もちろん、味も全く違う。


「振り方でこんなに違いが出るんだ……」


「面白いでしょ」


「うん」


「ペットボトルでも練習出来るから、今度教えてあげるね」


「うん」

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