53話:ただいま

「希空……今日は……誘っ……て……あ……とう。……本当は、ちょっと……怖かっ……た……んだ。気を……せちゃう……って。でも……を出して……よかった」


 声は出るようになったけれど、まだすらすらと話すことは出来ない。途切れてしまう。だけど、会話は出来る。もう筆談の必要はない。


「勇気を出して誘いに乗ってくれてありがとう。ふふ。声出せるようになったのが嬉しいからって、喋りすぎて喉枯らさないようにね」


「うん」


「……改めて思ったんだけどさ」


「ん?」


「君の声、綺麗だね」


「……なにそれ……かしい」


「恥ずかしい?あははっ。……綺麗だね。愛華」


「うー!」


「痛い痛いっ!なんで叩くんだよー!」


「き……が……しい……言う……ら……!」


「恥ずかしいこと言うから?」


「うん」


「公共の場で『私、君が好き!』って叫んだ人が何言ってんだか」


「うー!!」


「あははっ!痛い痛いっ!」


 なんだか、友達だった頃より意地悪になった気がする。だけど、嫌ではない。心臓が彼女への恋心を叫ぶ。『お前には幸せになる権利はない』という呪いの声はもう聞こえなくなった。代わりに『幸せで良いんだよ』と海菜さんと百合香さんの優しい声が響く。


「希空」


「はぁい。なぁに?マナ」


「……私、今、すごく幸せ」


「……ボクもだよ。君の声を一番最初に聞けて嬉しい。凄く、嬉しい。ふふ。今日のこと、一生忘れないかも」


「私も。忘れ……と……う。仮に……ても……を見たら……に思い……すよ」


「ん?」


「ノート……見たら……思い出せる」


「あぁ。なるほど。……あ、ちょっとノート貸して」


「はい」


 希空にノートを渡す。すぐに戻ってきたノートには「今日はありがとう。楽しかった。またデートしようね」と書かれていた。「私も楽しかった」と書いて、希空に見せてからノートをしまう。


「……ノート買う……ね、海菜さんに……たんだ。『このノートを会話を残すアルバムにしよう』って。……い思い出に……ねって。……さんが……ってくれ……ら、私は前向きに……だ」


「……そっか。凄いね。海菜さん。ボクにはそんな考え方できないや」


「海菜……ん、交……記し……から。……百合香さんと……なって……から……ずっと」


「ん?なに?交換日記?」


「うん」


「ボク達もやる?交換日記」


「希空、続けられるの?」


「続けられるよ。君となら。毎日書きたいことありすぎて、すぐにノート埋まっちゃうかも」


「えー……すぐ飽きそう」


「飽きないってば」


「そうかなぁ」


「飽きない」


「えー?……ふふ」


 なんて他愛もない話を交わしているうちに、家に着いた。


「じゃあ、マナ。……またね」


「うん。……またね」


 希空が見えなくなるまで見送る。またねと、声に出して言える日をずっと夢見ていた。諦めなくてよかった。

 希空が見えなくなったところで、家の方を向く。そして、大きく深呼吸をして、玄関のドアを開けて中に入り、目一杯叫ぶ。


「お母さん!ただいま!」


 ドタドタと、慌てた足音が二つ近づいて来る。驚いた顔をする二人に、もう一度伝える。


「ただいま」


「愛華……声……戻ったの……?」


「まだ途切れ途切れ……だけどね。でも……さっきよりはちょっと——わっ」


 言い切る前に、二人は私に飛びついて来た。そして泣き始めてしまった。私も涙が止まらなくなる。希空と一緒に散々泣いたのに。

 それからしばらくは、会う人会う人に泣かれてしまい、そのたびに私も泣いてしまった。

 そして、希花ちゃんとも初めて話すことが出来た。『こえ、かわいいね』と拙い言葉で褒めてくれた。

 一週間もすれば、昔のようにすらすらと話せるようになった。

 だけど、学校には相変わらず、行けないままだった。

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