43話:今私がすべきこと
家に帰ると、愛華は言葉を詰まらせながらも全てを話してくれた。
そしてしばらく泣いて、やがて疲れ果てて眠りについた。ベッドに運び、ぬいぐるみ達を側に置いて、近くに椅子を持ってきて座る。
この子の心も心配だが、この子の心の闇に触れた満ちゃんや希空ちゃん達も心配だ。特に希空ちゃん。愛華のトラウマが呼び起こされたのは、彼女が原因だと言っても過言ではない。だけど、彼女は決して、責められるべきことをしたわけではない。自分で自分を責めていないといいのだが。
そう思っていると、スマホに電話がかかってきた。相手は満ちゃんだ。愛華を起こさないように外に出て応対する。
「大丈夫そうか?」
「うん。泣き疲れて寝てる」
「……そうか」
「……君は?大丈夫?」
「私は問題無い。人の心の闇に触れるのは慣れてるし、普段から重っ苦しい愛憎向けてくる人と暮らしてるからな。お前は自分の娘の心配だけしてろバーカ。余計なところまで気を回すな」
といいつつも、鼻声だ。
「……ごめん」
「愛華の友達のこともだ。あんまり思い詰めるなよ」
「……うん」
「……園芸部の子達とか、先生達みんな言ってるよ。愛華が居るだけで場の雰囲気がパッと明るくなるって。学校に居る全ての人間が彼女の味方なわけではないけど、味方の方が圧倒的に多いと思う。愛華は色んな人から愛されてる。……それはきっと、お前達の育て方が良いからだと思う」
「……ありがとう」
「……というわけで、次店に行ったら一杯奢ってくれ」
「どういうわけだよ」
「カウンセリング料」
「うわっ。頼んでないのに。酷い押し付け詐欺だな」
冗談を言い合って、笑い合う。こういう、暗い雰囲気を吹き飛ばすのが上手いところは昔から変わらない。
「……きっと、君に救われた人は沢山いるんだろうね」
「お前に救われた人の方が多いと思うけど」
「その私を救ったのは君だよ。だから、私が救った人達は君が救ったようなものだよ」
「ははっ。なんだそりゃ」
「ふふ。ありがとね。満ちゃん」
「どういたしまして。……あぁ、そうそう。ハンカチは今度洗って返すから。じゃ」
電話が切れる。時刻は午後五時。そろそろ仕事に行かないといけないが、百合香が帰るまでは家に居たい。愛華を一人にしない方が良いだろう。母に「遅刻する」とメッセージを送る。即座に「愛華に何かあったのか」と返ってきた。肯定し「百合香がいてくれるから大丈夫」と続ける。本当は居てやりたいが、この間も休んだばかりだ。きっと逆に気を使わせてしまうだろう。母にもそう伝えると「確かにそうかもしれないな。分かった。けど、もし何かあったら家族優先して良いからな」と返ってきた。
こういう時、母が上司で良かったと思う。連絡に気を使わなくて良いし、当たり前のように仕事よりも家族を優先させてくれる。
母は放任主義な人ではあったものの、私や兄が熱を出した時は遅刻ギリギリまで側にいてくれた。仕事を休んでまで側にいてくれたことはあまりなかったけれど、代わりにいつも父が側にいた。父は日勤、母は夜勤。父が仕事の間は母がいて、母が仕事の間は父が居た。私達もそうだ。私が仕事をしている間は百合香が居て、百合香が仕事をしている間は私がいる。仕事の時間が逆転していることでふうふのコミュニケーションは減るが、子供にとってはその方が良いのかもしれないと改めて思う。
「ただいま」
玄関の方から、百合香の声が聞こえてきた。玄関へ向かうと、なんでいるの?と、百合香に驚いた顔で見られる。
「あなた仕事は?愛華にまた何かあったの?」
「詳しいことは本人から聞いてあげて。自分で話したいって言ってたから。私は仕事に行くけど、困ったらまた連絡して」
「……分かった。ありがとう」
「話が早くて助かるよ。じゃ、行ってきます」
家を出ようとして玄関のドアに手をかけると「何か忘れ物してない?」と問いかけられる。
「えー?してないよ。大丈夫大丈夫」
敢えて振り返らずにそう答えると「そう。なら早く行きなさい」と冷たい言葉が返ってきた。そして振り返るより早く、玄関から押し出されそうになる。踏ん張って抵抗する。
「いやいや、待って待って。やっぱり忘れ物した」
「してない。早く行って」
「ごめんって。冗談だから拗ねないでよ」
「拗ねてない」
「拗ねてるじゃん」
「早く行きなさいよ」
「行ってらっしゃいのちゅーは?」
「しない」
「しようよー!」
「あなたには必要ないみたいだから」
「いやいや、要る。要るから。してください」
「しない」
「じゃあ私からする」
「嫌。早く行って」
「君から誘ったくせになんだよぉ……」
「誘ってない」
「はいはい。わかりました。じゃあ行きますよ。いってきまーす」
素直に玄関を出ようとすると、腕を掴まれた。そしてぐいっと引き寄せられて、強引に唇を奪われ、玄関から追い出されて鍵を閉められた。
「何あの可愛い生き物……」
LINKを開き「帰ったら抱くね」と送りたくなるのを堪えて「愛華のことよろしくね。何かあったら電話して大丈夫だから」と彼女に一言メッセージを送ってから、急いで仕事へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます