34話:子育ての正解

「ささみ……梅干し……あとは……」


 スマホのメモを見ながらカートを押していると、百合香から「愛華はどう?」とメッセージ。「今買い物中。愛華は留守番」と返信をする。「夜はうどんにするから買っておいて」と返ってきた。


「うどんかー……」


 スマホのメモに冷凍うどんを追加する。他には何かないかとリクエストを聞いていると「海菜」と名前を呼ばれた。兄だ。


「お。兄貴」


「お昼何作るの?」


「おかゆ。夜はうどんらしい」


「おかゆかぁ……寒くなってきたもんねぇ……」


「兄貴は?」


「今日は揚げ物パーティ。鈴歌さんの脱稿祝いに」


「良いなぁ」


 羨ましいが、愛華の体調を考えると今日の食事はお腹に優しいメニューにしてやりたい。揚げ物はまた後日にしよう。

 兄と雑談しながら歩いていると「こんにちは」と声をかけられた。愛華の同級生の家族だ。どの子の家族かはわからないが、この間授業参観で見かけた。私と涼ちゃんを若い夫婦だと勘違いしていた人だ。


「この間はすみません。私、てっきり男の人だと思って」


「いえ。よく間違えられるので気にしてませんよ」


も今日はお休みなんですか?」


 女性が兄を見て言う。思わず兄と顔を見合わせ、苦笑いする。


「この人は私の兄です。たまたま会って」


「あ、そうでしたか」


「はい。あと私、夫は居なくて、女性と結婚しているんですよ」


「あっ……」


 同性婚が法制化して五年とはいえ、人の価値観はそう簡単には変わらない。女であるというだけで、配偶者が男性だと決め付けられることにはもう慣れているが、それを訂正した時の気まずい空気は未だに苦手だ。


「お気になさらず。それも慣れています。染み付いた固定概念はそう簡単には変わらないですからね」


「……あの子は、養子なんですか?」


「はい。血の繋がりは一切ありません。妻とも、私とも」


「……そうなんですね。……全然そんな感じしなかった」


 言ってから、彼女はハッとして慌てて頭を下げた。


「それもよく言われます。けど、あまり気にしたことはないです。嫌味でないのは分かりますから」


「……何か、子育ての秘訣とかあるんですか?」


「子育ての秘訣ですか?」


「私……息子と上手くいってなくて」


「うーん……」


「あ、す、すみません……いきなりこんな相談……親子仲が良さそうで、うらやましくて」


「秘訣と言われましても……子育て初めての私が言うのもなんですけど、子育てって、正解とかないと思いますよ。私は娘とは毎日ハグするようにしてますけど、反抗期の息子さんに急にそんなことしたら逆効果だと思いますし。正しい子育て方法を調べて試すより、個人と向き合うことの方が大事だと思います。下手に何か気を使うより、今まで通り、変わらない態度で接するのが一番じゃないでしょうか」


「今まで通り……」


「なんて、偉そうなこと言っちゃってすみません」


「いえ。……ありがとうございます。頑張ってみます」


「はい。頑張ってください」


「反抗期かぁ……うちの子にも来るのかなぁ」


「そのうち言われるんじゃない?『パパの靴下と一緒に洗濯しないで!』って」


「辛い……」


「まぁ、おーちゃんりーちゃんはそうならない気はするけどね。……っと、いけない。今日、娘が体調崩して学校休んでるので、そろそろ行きますね。寂しがってると思うから早く帰らないと」


「あぁ、引き止めてしまってすみません」


「いえいえ。それでは」


 女性と別れて、必要なものをカゴに入れてレジへ向かう。


「反抗期かぁ……」


 愛華にもいつかそんな日がくるのだろうか。想像してみようとすると、百合香のむっとした顔が浮かんだ。


「うちはもう、反抗期の娘が一人いるようなもんだもんなぁ」


 思わず笑ってしまう。「誰が反抗期の娘よ」と百合香の不機嫌そうな声が聞こえた気がした。

 愛華の反抗期があんな感じならそれはそれで悪くないかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る