31話:満の見解
「出来た?」
「えっと……はい」
「よし。じゃあ見ていこうか」
箱庭療法では、ものを置く位置にも意味がある。左上は価値観、左下は本能や直感、右上が社会性、右下が家庭、そして真ん中が自我を表しているらしい。
「向きはどういう向き?」
「こうです」
「そうか」
それを踏まえて愛華の作った箱庭をざっくりと上下左右真ん中の五区画に分けて見てみる。まず、右下のエリアから。狐と猫と仔犬が一箇所にまとまって置かれている。昔、愛華の母親二人が互いに互いをイメージして作った狐と猫のぬいぐるみを贈りあっていたことを思い出して笑ってしまう。
「な、何かおかしなところありましたか?」
「いや……悪い。この狐と猫と仔犬は家族か?」
「わっ。すごい。よく分かりましたね。なんで家族だと思ったんですか?」
「置く位置に意味があって、右下は家庭環境を表すって言われてるんだ」
しかし、そのすぐ側には巨大な蛇が。狐、猫、仔犬は三体ともその蛇の方を向いている。戦っているように見える。
「家族を守りたいっていう意思が表れてるんだろうな」
「なるほど……」
しかし、仔犬は狐より一歩後ろに居る。敵に対する怯えもあるのだろう。狐が先頭に立ち、猫が仔犬に寄り添う感じだ。ちなみに、同じ動物でも色んな色とかサイズがあるが、愛華が選んだ狐のフィギュアは一番大きいものだ。猫と仔犬に比べると一回り大きい。単純にうみちゃんがデカいからなのか、あるいは彼女の存在が愛華にとってそれほど大きいことを表しているのか。ふと、木の影から可愛らしい幽霊が家族を見ているのに気づいた。
「この幽霊もこの三匹の家族か?」
「仔犬の守護霊です。この三匹が私たち家族なら……多分これは、私を産んでくれたお母さんだと思います」
「あぁ、なるほど……」
となると、この右下のエリアで柵に囲まれた場所にいる怪獣は恐らく……。ここは敢えて触れないでおいたほうがよさそうだ。わざわざ聞くまでもないだろう。愛華もきっと分かっていると思うから。
続いて、そのまま上へ進む。城が建っており、数匹の猫が門の前に並んでいる。
「なんか行列できてるな。何かパーティでも開かれてるのか?」
「猫のパーティです。右上は何を表すんですか?」
「社会性だな」
「……社会性?」
「まぁ、あくまでも指標だからな。で?猫のパーティって何するんだ?」
「えっと……多分、お食事会です」
「楽しそうだな。ん?列に入ってない猫達がいるな」
木陰に仔犬を取り囲む猫が二匹。
「犬が猫に絡まれてるけど、これは?」
「あぁ、これはこの二匹の猫がおいでよってパーティに誘ってるところです」
「ふぅん。絡まれてるわけじゃないのか。このパーティは犬でも参加できるのか?」
「はい。でも、この子は自分は犬だから場違いかなってちょっと不安になってて……」
この犬が愛華を表しているとしたら、二匹の猫はよく一緒に居る二人だろうか。
「犬は結局パーティに参加出来たのか?」
「はい。参加してみたら意外とみんな受け入れてくれて」
「そうか。それは良かったな」
学校では特に問題はなさそうだ。続いて、城から出てきた猫達を追いかけてそのまま左へ進む。猫達が向かう先には、様々な動物達。
「猫達はどこへ向かってるんだ?動物園か?」
「動物達をパーティに誘おうとしてるんです」
「なるほど。パーティには犬猫以外も参加できるんだな」
「はい。誰でも」
「へぇ……」
「……面白いですか?私の箱庭」
「あぁ。面白いな」
「そ、そうですか……?」
様々な動物の住む区画に一匹ずつ猫が居る。中には人間が住むエリアもあった。
「この辺りは何が分かりますか?」
「価値観。これを見た感じ、愛華は多様性を大切にしてるように見えるな」
「多様性……」
「人種とか、年齢とか、性別とか関係なく色んな人と仲良くしたいって思ってるんじゃないか?」
「……はい。箱庭作ってる時、そういう、平和な世界をイメージして作りました」
「優しいな。愛華は」
「あ、ありがとうございます……」
さて、私が一番気になったのはこのまま下へ行くと現れる森だ。森の中には目を塞いでうずくまる女の子、処刑台、いくつもの墓、紫色の毒々しい池、蛇——などなど、先ほどまでの和やかな雰囲気が一変して、明らかに危険な雰囲気が漂っている。そんな怪しげな森にぽつんと一軒の家が建っている。
「この家は?」
「魔女の家です。この森が魔女の作った森で、この女の子は森に迷い込んでしまって怯えてます」
「なるほど」
左下は本能や本質。これだけ見るとかなり病んでいるように見えるが、森の入り口に斧を持った数人の人間達を見つけた。
「この斧を持った人達は?木こりか?」
「はい。木を切り倒して森を開拓しようとしてます」
「剣を持った騎士みたいな人は?」
「勇者です。女の子を助けて、魔女を倒しにいこうとしてます」
「なるほど……森を抜けた先のこの小島はなんだ?」
森は箱庭の中心に向かって広がっている。森を抜けた先は島。海に囲まれたその島には一匹の犬が居た。猫達がパーティを開いていた城の近くに居た犬と同じ犬種だ。その目の前には木でできたイカダ。
「この犬は魔女に捕まってた犬なんですけど、なんとか森を抜けて、イカダを作って脱出しようとしてます」
「ほう」
海にはサメが大量に潜んでいる。危険な海なのだろう。
「向かう先は?」
「猫のお城です」
「ふぅん。もしかして、この犬とこの猫に囲まれてる犬は同じ犬か?」
「はい」
「……なるほどね。これで物語が一周するわけか」
「何かわかりましたか?」
「左下は本能や本質を表してるんだ。その位置に魔女の住む危険な森があるってことは、何か色々不安なことがあるんだろうな」
「……はい」
「で、この震えてる女の子は恐らく愛華だな」
「……やっぱり、そう見えますか?」
「そんな不安そうな顔すんなよ。ほら、森を取り壊して女の子を助けようとしてる人達がいるし、女の子は助けようとしてくれてる人たちの方を向いてる。この子は、向こうから助けが来てるって分かってるんじゃないか?」
「分かってると……思います」
「それでも見ないようにしているのはきっと、まだちょっと怖いんだろうな。でもちゃんと、見ようとはしてる。不安の中居るけど、希望はちゃんとあるってことだと思う」
「……当たってると……思います」
「最後にこの真ん中の島。真ん中は自我を表すんだ。犬が愛華だとして、猫の城へ行こうとしてるってことは、周りの人間の輪の中に入ろうとしてるってことだろうな。で、結果的にそこに居た猫達に助けられて、輪に入ることが出来ている」
この箱庭から読み取れるのは、学校や家庭にはさほど問題はないが、個人的な何かがあるということだろうか。しかし、前を向こうとはしている。どんな悩みかは分からないが、いずれ時間が解決すると見て良いだろう。
「私の見解はそんなところだ。まぁ、不安や悩みは吐き出せる人にどんどん吐き出せば良いよ。この辺の勇者とかきこりとかに助けてもらえ」
「……はい」
「私も味方だから」
勇者の隣に森の方を向いてファイティングポーズを取る女の子を置く。
「……これ、月島先生?」
「そう。私」
「……月島先生はこれじゃないですか?」
そういうと愛華は棚から威嚇する熊を持ってきて女の子と交換した。
「……熊みたいに可愛いってことだな?」
「熊より強そうってことです」
「流石に熊には勝てんぞ」
「冗談です」
冗談を言えるほどの元気は取り戻したようだ。
それにしても、こんなに具体的なストーリー性のある箱庭は初めてだ。物語を考えるのが得意なのだろうか。
「愛華、作家とか向いてるんじゃないか?」
「えっ、作家ですか?」
「物語考えるの好きだろ?」
「そう……ですね。割と好きです。空想とか。けど、作家になりたいと思ったことはないです」
「まぁ、やりたいことやれば良いよ。個人的に向いてるんじゃないかなって思っただけ。この箱庭だってちゃんと具体的なストーリーがあったし。大体の人はもっと抽象的なんだよ」
「そうなんですか」
「そう。あ、そうそう。写真撮らせてくれ。次に作った時と見比べられるように」
「はい」
全体の写真を一枚、そして左上、右上、左下、右下、真ん中にピックアップして一枚ずつ、計6枚撮影し、愛華専用のファイルを作って保存する。
「さて、片付けようか」
「はい。楽しかったです。またやりたいです」
「愛華には必要無さそうだけどな。自分の心をちゃんと把握してるみたいだし」
「先生もやったことあるんですか?」
「あるよ」
「見たいなぁ」
「やだ」
「えー」
保健室にいた時は泣きそうな顔をしていたが、すっかりいつも通りに見える。
しかし、最近愛華の家庭事情についての噂をよく聞く。小学校では周知の事実だったらしい。保健室に逃げ込んだのもそれが原因だろうか。
うみちゃんは、辛いことを笑って誤魔化す癖がある。愛華もそういうタイプな気がする。
「部活、戻れそうか?」
問うと、彼女は再び笑顔を曇らせてしまった。
「……部活でなんかあったんだな」
「……お父さんのこと、噂になってるらしくて」
「あぁ……やっぱりそうか」
「……先生も……聞いたんですね……」
「うん。聞いた」
「小学校が同じだった同級生はもう知ってるから仕方ないんですけど……できれば……知らないままでいてほしかったなって。……そのことで気を使われたくないんです。私にとってはもう過去のことだから……関係ないことだから……わざわざ……掘り返さないで欲しい……」
「……そうか」
「はい……」
「まぁ、そうだよな。そのことで気を使うのは余計なお世話だよな」
「……私は普通に接してほしいのに」
「うん。その気持ちは分かるよ。私も昔、彼女と付き合ってたことを友達に何気なく話したらさ『私偏見とか無いから大丈夫だよ。話してくれてありがとう』とか言われて。あー、私は世間から見たら普通じゃないんだなって思ったよ。そういうのって、本人は善意で言ってることがほとんどだから余計にめんどくさいんだよな」
まだ同性婚という選択肢がない大学生の頃だった。高校は割とオープンなところだったからそのノリで話したら引かれた。ショックは大きかったが、あの時初めて、彼女やうみちゃんが今までずっと耐えてきた痛みを、本当の意味で理解できた気がした。
「けど、今はもう、妻がいると話したってほとんどの人は余計な気を遣ったりしない。愛華も、小学生の頃も、みんな時間が経ったら慣れただろう?今回も同じじゃないかな」
「……そう……だとは思いますけど……」
「まぁ……今は耐えろって言われてもって感じだよな。無責任なこと言って悪いな」
「……いえ」
「けどごめんな、私には、時間が解決するだろう以外のアドバイスは出来ない。他に一つ言えるとしたら、堂々としてろくらいだな」
「堂々と……」
「悪意を持って、過去の話を持ち出して嫌がらせしてくる輩も出てくるかもしれない。けど、それに屈する必要はない。今のお前には味方がたくさんいるからな。お母さんたちとか、部活仲間とか、いつも一緒にいるあの二人とか、あと、私も」
「……はい」
「自分を可哀想だと思わなくていいから」
「思ったことはありません。私はお母さん達が大好きですから」
「ははっ。わざわざ言わなくても充分伝わってくるよ」
「そ、そう……ですか……ちょっと恥ずかしいですね」
「正直、過去のこと聞いて少し心配してたんだ。けど、杞憂だったみたいだな」
「キユウ?」
「余計な心配って意味」
私が思った以上に、彼女は強い。歳の割にしっかりしている。それは恐らく、今までの環境のせいもあるのだろうけど。
「まぁ、なんかあったら頼れよ。スクールカウンセラーには守秘義務があるから、私と話したことが他人に漏れることはないから」
「お母さんにも?」
「絶対に言わんよ。信用失ったら仕事続けられんくなるからな。許可があれば別だけど」
「私が自分で話すのは良いんですよね?」
「それは好きにしろ」
と、話をしていると、コンコンと部屋がノックされた。
「先輩かもしれません。迎えに来るって言ってたから」
「そうか。部活、戻れそうか?」
「……はい。大丈夫です」
「よし。なら戻ってやれ。もう大丈夫だって部員達を安心させてこい」
「はい。ありがとうございました」
「なんかあったらまたいつでも来いよ」
「はい。また来ます」
「おう」
相談室の外まで見送る。迎えに来ていたのは一人ではなく、園芸部員総出かと思うほどの多人数だった。思わず苦笑いしてしまう。
「愛華……お前、愛されてんな」
やはり、人たらしの娘は人たらしなのだろうか。まぁ、あれほど人に愛されているのなら大丈夫だろう。彼女が次回箱庭を作る時は魔女の森も無くなっていると信じたい。
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