32話:ボクの彼女に対する"好き"
「……やっぱり、愛華が居ないと寂しいね」
通学路を歩きながら、翼が呟く。今日は愛華は休みだ。風邪をひいたらしい。インフルエンザが流行り出す時期だが、大丈夫だろうか。微熱だとは言っていたが少し心配だ。
心配といえば、最近、愛華の家庭事情についての噂をよく聞く。今の家庭ではなく、前の家庭の話。
今の彼女は愛嬌があり、人に好かれやすい。しかし、出会った頃の彼女は今からは想像もつかないほど無愛想だった。家庭事情を知っている担任から憐れまれて贔屓されていたこともあり、事情を知らない同級生達はそんな彼女を嫌っていた。
しばらくすると、どこからか彼女の家庭事情についての噂が流れ始めた。それを知るなり手のひらを返して彼女を憐れんで庇い始める子が現れた。彼女はそんな子達から差し伸べられた手を全て払いのけた。『私を可哀想って言わないで』と。『せっかく人が優しくしてあげたのになんでそんなこと言うの』『頼んでない』と喧嘩が勃発して、彼女はますます孤独になっていった。
ボクも彼女に手を差し伸べたが、最初は払い除けられた。『可哀想だと思ってるわけじゃない。先生から頼まれたわけでもない。ただボクが君と仲良くなりたいだけ』そう説明すると、彼女は恐る恐る手を取ってくれた。そこから少しずつ、少しずつ彼女は打ち解けてくれるようになり、笑顔が増えていった。いつしかクラスメイトとも打ち解けていったが、彼女のことをよく思わない子は未だに居る。噂はきっと、その子達から広まったのだろう。
「……ねぇ、本人居ないしさ、聞いて良い?」
「……やだ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「ボクが愛華をどう思ってるか。でしょ」
「そう。ぶっちゃけ、愛華に対する好きは友情じゃないでしょ?」
「……さぁ。どうだろう」
「どうだろうって……あんなあからさまに桜庭くんに嫉妬しておきながらまだ認めない気?」
「……」
翼の言う通り、ボクは愛華に恋をしているのだと思う。そんなこととっくに気づいている。気付いているけれど、素直になれないのには理由がある。翼には話しても良いかもしれない。
「……愛華はさ、口癖のようにボクらに言うじゃん?『私は二人とずっと友達で居たい』って」
「あぁ、言うね」
「あれ言われるたびに、牽制されてる気がするんだ。『それ以上踏み込んでこないでね』って」
「……考えすぎじゃない?」
「いいや。前に言ってただろ。『誰かの恋人になることが怖い』って」
「ああ……言ってたね。……まさか希空、一生告白しないつもりなの?」
「……彼女の笑顔を曇らせるくらいなら、隠すよ」
「いや、隠せてないじゃん」
「う……」
「……言わなくたってきっと、気付かれるよ。本人から聞かれたらどうするの?噓吐くの?吐けるの?無理でしょ。絶対顔に出るじゃん。あんた」
「大丈夫。演技の練習してるから」
「……まさかそのために演劇部に?」
「……」
「……お前って奴は……全く」
「……愛華が好きなんだ。多分、初めて笑顔を見た時から……ううん。出会った時からかもしれない。とにかく、ボクは彼女の笑った顔が好きなんだ。ずっと、笑っていてほしい。もうあんな、出会った頃みたいな暗い顔させたくないんだ。幸せでいてほしい。自由でいてほしい」
『誰のものにもなりたくない』彼女は苦しそうに、そう言った。ボクだってきっと、例外ではない。だから、ボクだけのものになってくれなんて、言えない。言いたくない。そんな感情、彼女に対して抱きたくなかった。
「……私は打ち明けるべきだと思う。今私に話したことをそっくりそのままあの子に話してあげれば良いんじゃないかな」
「そんな簡単に言わないでくれよ……」
「……ごめん。けど……私は……希空の苦しんでる顔も見たくない。きっと愛華もそうだと思う。希空がそんな風に苦しんでたんだって後から知ったら、自分のこと責めるんじゃないかな。あの子、優しすぎるところあるから。どちらにせよお前、分かりやすすぎるから絶対そのうち気づかれると思うし」
「うう……」
「てか、自分からアピールしにいってない?」
「……気付いてほしいって気持ちと、気づかないでって気持ちとで……自分でもわけがわからないんだ」
「……そうか。分かるよその気持ち。けどさ、むしろ愛華は何で気づかないんだろう。不思議なくらいなんだけど。あの子、鋭いくせに自分に向けられる恋愛感情だけには鈍いよね。わざと気づかないふりしてるんじゃないかって思うくらい」
そう自分で言ってから翼はまさかという顔をした。ボクは首を横に振る。
「それは無いと思うな。……無いって、信じたい」
「……愛華は優しいもんな。そんなこと出来ないよな」
「うん……出来ないよ」
「……希空もちょっと優しすぎるよ」
「……そうかな」
「そうだよ。……一人で抱え込もうとすんなよ。私の恋愛にはあれこれ口出してきたくせに。私にもお節介させろ」
「ボクの代わりにボクの想いを愛華に話すとか、そういうお節介はやめてよ?」
「しねぇよ。それは。私のことそんな無神経な奴だと思ってたの?」
「……」
「おい、否定しろよ」
「小森、坂本。おはよう。今日は小桜は休みか?」
声をかけて来たのは桜庭くんだ。彼はボクの顔を見るとギョッとして心配するように顔を覗き込んできた。涙を拭いて「君には関係ない」とそっぽを向く。
「……嫌われてんなぁ。俺」
別に嫌いなわけではない。ただ、愛華のことで妬いているだけだ。嫌いなわけではない。
「……桜庭くん、マナのこと好きだよね」
「マナって、しみ——小桜のことだよな」
「そう」
「……好きだよ。多分、恋愛的な意味で」
「……だよね」
「……お前もなんだろ。小森」
「……うん。好きだよ。……好き。この好きは、友情じゃない好きだと思う」
「……告白しないのか」
「……していいの?付き合えちゃうかもよ」
「……そうだな」
「そうだなって。なんだよその反応」
「いや……。……俺ってさ、男じゃんね」
「はぁ……?そうだね」
「小桜は……男でもいけるんかな。あいつ、女しか好きになれないんじゃないかなって」
「女の子の方が好きとは言ってたよ」
悩む彼に追い討ちをかけるように言う。
「だよなぁ……」
「そもそもマナは、今まで恋をしたことが無いんだって。恋愛対象は男性が女性かなんて、本人にもまだはっきりしてないと思うよ」
翼がフォローを入れて、ボクに視線をやった。目を逸らす。
「そ、そうか」
「……君は彼女に告る気なの?」
「駄目か?」
「うん。駄目」
「なら、同時に告ろう」
「いや、抜け駆けすんなって意味じゃなくてさ……」
「じゃあなんだ」
「……友達の君やボクが告白したら……彼女を傷つけてしまうかもしれない」
「……どういうことだ?」
「……怖いんだって。人からの恋愛的な好意が」
「怖い?あいつがそう言ってたのか?」
「そう。誰かのものになるのが怖い。誰のものにもなりたくない。って」
「……」
「……だからボクは、友達のままで居る。一番になりたいなんてわがまま、言いたくない」
「……いいのか。それで」
「……マナを傷つけたくない」
「……はっ。露骨に好き好きアピールしてるくせに。どの口が言うんだよ」
「あれは……」
「そこまで言うならちゃんと隠せよ。じゃないと、いずれバレるぞ」
翼と同じ説教をする桜庭くん。
「本当は気付かれたいんだろ?」
「っ……」
「……俺は言うよ。俺もお前と同じ。隠せないくらい、好きなんだ。……多分、出会った時から」
「だけど……マナは……」
「お前はどうしたいんだよ。伝えたいのか、伝えたくないのかどっちだ」
「ボクは……」
愛華が好き。隠そうとしたって隠し切れないほどに。二人の言う通り、それが友情ではないことに彼女が気づくのは時間の問題だろう。
「……ボクは……どうしたらいいかわからないよ……どうしたら、このままずっと彼女の側に居続けられる?」
「私は素直に打ち明けるべきだと思う」
「俺は告るよ。言わずに後悔するくらいなら言って後悔したい」
「その結果彼女を傷つけてしまったとしても?」
「……あいつは……そうやって気を使われる方が嫌なんじゃないかな。俺はそう思うけど」
「分かったようなこと言いやがって……」
「俺の方が先に知り合ったからな」
「付き合いはボクの方が長いんですけどー」
「まぁ、お前の好きにしろ。俺は伝える。付き合ってくれって言う。それで俺とあいつが付き合うことになっても文句言うなよ」
「……いつ言うの」
「……そのうち」
「……はっ。意気地なし」
「お前に言われたくねぇよ!」
ボクは愛華が好き。それは友愛なんて綺麗なものでは無くて、独占欲に塗れた醜い感情だ。これが噂の恋というものらしい。愛華に打ち明けるのは怖い。だけど……桜庭くんの言う通り、ボクがいつまでもうじうじと悩んでいれば愛華はきっと、心配してしまう。打ち明けるべきなのだろう。
「……分かったボクも言う」
「いつ?」
「……そのうち」
「人のこと言えないじゃん。意気地なし」
「うるさい」
ごめんねマナ。だけど、どうか怖がらないで聞いてほしい。胸に秘めたこの想いを。
脳内で、何度もシュミレーションする。彼女は、一体どういう反応をするのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます