21話:どんな君でも私達の可愛い娘
その日の夕方。家に帰った私は、海菜さんに悩みを打ち明けることにした。
「あのさ、海菜さん、聞いても良い?」
「ん?どうしたの?」
「……」
だけど、何から話したら良いかわからない。黙ってしまうと、彼女は黙って冷たいココアを私に出して隣に座った。一口飲んで、一呼吸置くと
「……同級生から、付き合ってほしいって言われたんだ」
自分でも驚くほど、すんなりと言葉が出てきた。ココアに何か魔法でもかけられているのかと疑ってしまうほど。
「うん。それで?」
「断ったの。恋愛とか、よくわからないし、友達で居たいからって」
「うんうん」
「そしたら……彼、泣いちゃって。でも『そう言われるのは分かってた』って。……それで……『そのまま誰とも付き合わないでほしい。誰かのものになるくらいなら、誰のものにもならない方がマシだから』って……言われて……その言葉が、なんか凄く怖くて。もし私に恋人が出来たら、私は恋人のものになるの?」
彼女に導かれるように、すらすらと言葉が出てくる。海菜さんも百合香さんもいつだって、どんな話でも真剣に聞いてくれる。だからどんな話でも気軽に話せてしまう。
「ううん。愛華は誰のものにもならないよ。私は百合香の恋人だけど百合香のものじゃないから。逆もまた然り。百合香は私のものじゃない。けど彼も、君を物扱いしているわけじゃないと思うよ。言葉の綾ってやつだよ」
「うん。それは分かってるんだけど……」
分かっている。誰かのものという言葉は引っかかたけれど、物扱いしているわけではないことくらいは理解している。
「……海菜さんは、好きって言われて、気持ち悪いとか、怖いって思ったことある?」
「あるよ」
「えっ」
意外な返事に驚いてしまう。
「……私が中学生の頃は、まだ同性愛が当たり前では無かったんだ。同性が好きだって、簡単には言えない時代だったの」
それは知っている。そして、LGBTQに対して否定的な大人は未だにいる。昔はもっと多かったのだろう。
同性婚が認められたのだってまだ最近だ。私が小さい頃はまだ結婚は異性間だけの特権だった。
海菜さん達が結婚したのは五年前。同性婚が認められた年。認められていなかったら今も二人は婦婦になれていないし、私はきっと二人の子供にはなれなかっただろう。時代が違えば私たちはそもそも巡り会わなかったかもしれない。
「LGBTQって言葉はあったし、Qはともかく、LGBTを知らない人はほとんど居なかった。けれど、みんな他人事だと思ってたんだ。シスヘテロかそうじゃないかなんて誰もいちいち確かめない。主張しない人間は当たり前のようにシスヘテロだと決めつけられる時代だったの」
表情も口調もいつも変わらない。けれど、声は少し震えていた。
「それで……私はそんな世界が大嫌いだった。そして同じくらい、性別を理由にフラれるなんて1ミリも思っていない私のことを好きな男の子達が、性別を理由にフラれると思い込んでいる私のことを好きな女の子達が大嫌いだった。彼らに告白されるたびに、内心、吐き気がするほど気持ち悪かったよ。私に恋愛感情を向けないでって思ってた」
そこまで言うと彼女は一呼吸置いてから、愛おしそうに私の名前を呼び、しゃがみこんで私を抱きしめた。
「気持ち悪いとか、怖いなって感じて、今君は罪悪感を覚えてしまっているかもしれないけど……自分のこと醜い人間だなんて責めなくて良いからね。人間なんてみんなどこかしら酷いもんだから。その自分自身の醜い部分と上手く付き合っていくのが大人になるってことだと思うよ」
「……海菜さんは上手く付き合えてる?」
「……どうだろう。わからないけど、昔より上手く付き合えてるのは確かだと思う」
「……私も上手く付き合えるようになるかな」
「私に話せた時点で、もうすでにちょっとは受け入れられてるんじゃないかな」
「……そう……かな」
「うん。大丈夫だよ。君の中にどんな醜い一面があっても、私と百合香は君の味方だから。愛してるよ。愛華」
「……ありがとう。お母さん」
「……ふふ。どういたしまして。また苦しくなったら吐き出してね。受け止めるから」
海菜さんが優しいのはきっと、たくさん傷ついてきたからだ。私では計り知れないくらいたくさん。それを思うだけで、泣いてしまいそうになる。
「……大好きだよ。海菜さん」
「ん。ありがとう」
「うん……」
「君はこの先、沢山人を傷つけてしまうかもしれない。優しい君は、その度に自分を責めてしまうかもしれないだろうけど、どうか自分を過剰に責めたりしないようにね」
「うん……」
「大丈夫。大丈夫だよ。気がすむまで沢山泣きな。あぁ、それと……自分に危害を加えてくる人には遠慮しなくていいからね。君の身体も心も、君自身のものだから大切にしなさい」
「うん……」
「頑張ったね」
「海菜さんも頑張ったね」
「……うん。ありがとう」
その日はしばらく二人で抱き合って泣いた。
そして、しばらくして帰ってきた百合香さんは、抱き合って泣く私達を見つけるなり、荷物を置いて何も言わずに抱きしめた。
海菜さんに話した悩みを、百合香さんにも打ち明ける。
特別な言葉はかけてくれなかったけれど、優しく頭を撫でられて、止まりかけた涙は余計に止まらなくなってしまった。
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