二章:恋と友情

20話:誰のものにもなりたくない

 六月に入ったある日のこと、部活仲間で同級生の真木まきくんという男の子から話があると誰もいない教室に呼び出された。彼とは同じ小学校で、たまに話すくらいの仲だったが、部活をきっかけに以前より仲良くなった。その日は雨で、部活が中止になった日だった。


「話って何?」


「……小桜ってさ……部長のこと好きなの?」


「紅林先輩?好きだよ?」


「……そうか」


「うん。良い人だよね」


「……告白とか……すんの?」


 というワードを聞いて、私の想像したと、彼の言うは違うものだと察した。慌てて「そういう好きでは無い」と説明すると、彼はホッとしたように息を吐いた。

 そして、真剣な表情で私を見つめた。その眼差しがなんだか怖くて目を逸らしてしまうと、彼は小さく「好きだ」と呟いた。心臓がびくりと飛び跳ねて、とくんとくんと高鳴り、息苦しくなる。


「小桜、俺、お前のことが好きだ」


 彼が一歩、私に近づいた。反射的に一歩下がる。


「俺と付き合ってほしい」


「つき……あう……」


「俺の恋人になってほしい」


 一歩下がる。すると彼は一歩詰めてくる。


「そ、それ以上……近寄らないで……」


 大人の男性が苦手だ。同年代も苦手ではあるが、大人ほどでは無い。慣れてしまえば平気だ。彼は平気だった。だけど、何故か今は凄く怖い。顔も見れないほどに。


「だ、大丈夫か?」


「大丈夫……びっくりしてるんだと思う。告白とか、初めてされたから……」


 恋人になる。そうなったらきっと、彼とキスをすることもあるのだろう。出来るだろうか。いや、無理だ。考えだだけでもちょっと。

 断ろう。断らなきゃ。


「……ごめんなさい。君とは……友達でいたい」


「……そうか」


「……うん」


「……」


 沈黙が流れる。鼻を啜るような音が聞こえて、恐る恐る彼を見ると、涙を流していた。


「あ……ごめん……」


「……いや、良いんだ。……フラれるって分かってたから」


「分かってたって……どうして……?」


「……だってお前、男より女の方が好きなんだろ?」


「それは……そうだけど……でもそれは、恋愛対象的な意味じゃないよ。私には恋とかよく分からないんだ」


「……小森のことも違うのか?」


「希空?一緒に居てドキドキしたこととか無いし……好きだけど、恋ではないと思う。翼も同じ。二人とも大切な人ではあるけど、恋ではないよ」


 一呼吸おいて、彼はボソッとこう続けた。


「なら、そのまま誰とも付き合わないでほしい。誰かのものになるくらいなら、誰のものにもならない方がマシだから」


 そして「なんて、わがまま言ってごめん」と締めくくり、彼は私に背を向けた。


「……雨の中呼び出してごめんな。帰るわ」


「……うん。気をつけて」


「おう。……また、明日。部活でな」


「うん……またね」


 彼が居なくなり、教室に一人取り残される。帰ろうとすると、扉が開いた。


「あれ……愛華ちゃん。どうしたの?ここ、二組だよ?」


「……うん。ちょっとね。苺ちゃんこそ、どうしたの?」


「忘れ物を取りに来たの」


「……そっか」


「……どうしたの?大丈夫?」


「……うん」


「……一緒に帰ろう。話聞くよ」


「……ありがとう」


 帰り道、私は彼女に男の子に告白されたことを話した。相手が誰かは告げずに。すると彼女は自分のことのように喜び、目を輝かせながら詳細を聞いてきた。


「断ったよ」


「えー……そうなの?」


「うん。……恋とかよく分かんないし」


「愛華ちゃん、恋したことないの?」


「うん。多分。……するとしても多分、女の子だと思う」


「そうなんだ。男の子嫌いなの?」


「ちょっと苦手」


「そうは見えなかったけどなぁ……」


「昔よりは平気になったから」


「……じゃあ、部長のことも対象外だよね?」


「え?うん。……私、そんなに紅林先輩に恋愛感情あるように見える?」


「見えなくもない」


「無いよ。無い無い。好きではあるけど、君に対する好きと同じ好きだよ」


「……私は違うよ。先輩に対する好きは、君に対する好きとは違う」


「先輩に恋してるってこと?」


「うん。そう。だから愛華ちゃん、先輩のこと好きになっちゃ駄目だからね」


「……うん」


 海菜さんは言っていた。人は誰しも誰かに恋をするわけではないと。

 私はまだ恋が分からない。それは、まだ知らないだけなのだろうか。それとも、私は恋をしない人間なのだろうか。決めつけるのは早いかもしれないが、どうか後者であってほしいと願う。

 私はみんなが好きだ。先輩も、苺ちゃんも、翼も、希空も、そして、私を好きだと言ってくれた彼も。


『そのまま誰とも付き合わないでほしい。誰かのものになるくらいなら、誰のものにもならない方がマシだから』


 彼の言葉が反響する。恋人が出来たら、私はになるのだろうか。それは嫌だ。私だって、誰のものでもない私でいたい。誰のものにもなりたくないし、誰かを自分のものにしたくもない。

 それなら恋なんて、したくない。

 されたくない。怖い。

 私はずっと、みんなと友達で居たい。ずっと、ずっと。

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