29話:私達は友達

 夏休みが明けて二学期に入った。今日は始業式だ。

 登校して教室入ると、違和感を覚えた。


「あれ?なんか机増えてる」


 六月に席替えをして、私の席は窓際の一番後ろの席になった。隣は誰もいなかったはずなのに、何故か机が増えている。


「なんか、転校生来るらしいよ」


「へぇ。なるほど、だからか」


「いいなぁ。マナの隣。ボクの席と交換してほしい」


「どうせまたすぐ席替えするでしょ」


 どうやらこの机は転校生のものらしい。どんな子が来るのだろう。穏やかな女の子でありますように。そう願っていると


「今日はみなさんに転校生を紹介します」


 入ってきたのは背の高い子。多分、男の子だ。


桜庭さくらばかえでです。よろしくお願いします」


 その名前には何故か聞き覚えがあった。


「桜庭……?」


 記憶をたどると、一人の男の子にたどり着いた。






清水しみずってさ、親がいないってマジ?」


「そう……だけど……な、なに?」


「なんでいないの?死んだの?」


「ちょっとやめなよ!そういうのデリカシーがないっていうんだよ!」


「愛華ちゃん、こんなやつ放っておいていっしょにあそぼう?」


「……うん」


 海菜さん達に出会う前。私は学校で浮いていた。クラスメイトの女の子達が優しくしてくれたけど、ある日彼女達が話しているのを聞いてしまった。


「ねぇ、あの子誘うのもうやめようよ」


「でも、可哀想だから優しくしてあげてって先生が……」


「先生もひどいよね。だからってひいきしてさぁ」


 彼女達はただ、可哀想だから遊んであげてと先生に言われたから私と遊んでいただけだとその時知った。本当は私とは遊びたくないのだと。


「……私は別にそんなこと頼んでないのに」


 それを知ってからは私は、何かと理由をつけて彼女達の誘いを断るようになった。

 やがて彼女達も私を誘わなくなったが、陰で悪口を言うようになった。私に聞こえるように。私はますます孤立していった。


「お前らさ、清水と仲良かったじゃん。なんで悪口言うの?」


 ある日、彼女達が私の悪口で盛り上がっているところに、一人の男の子が入っていった。「親がいないってマジ?」と聞いてきた彼だった。

 その日から陰口は無くなったが、代わりに彼が私に話しかけてくるようになった。


「なぁ清水」


「……」


「……お前さ、いつも一人で寂しくない?」


「……わたしが独りぼっちでかわいそうだから話しかけてくれるならしなくて良いよ。私はそんなこと頼んでないから」


「別に誰かに頼まれたわけじゃないよ。おれがお前と話したいだけ」


「なんで?」


「なんでって……理由がないと話しかけちゃだめなのかよ」


「……わたしなんかと話してもつまらないでしょ」


「そんなことないよ」


「……そんなことあるよ。わたしは笑わないし、暗いし、子供らしくないから」


「……清水。見て」


「……なに?」


 呼ばれて彼女の方を見ると、彼女は顔を一生懸命引っ張って変顔をしていた。


「……ふっ……何その顔。変なの」


 思わず笑ってしまうと、彼は嬉しそうに顔を輝かせた。


「清水、笑えるじゃん」


「……笑ってない」


「えぇ?笑ってたよ」


「笑ってない」


「笑ってたよ」


「笑ってない」


「じゃあこれは?」


「ふっ……」


「ほら、笑った!」


「だって、君が変な顔するから。何その顔。ふふ……」


 それ以来彼は毎日のように私を笑わせようと変顔をするようになった。


「その顔はもう飽きた」


「えー。早くね?」


「他の顔して」


「お前なぁ……」


「ふふ」


 彼のおかげで私は少しずつ笑顔を取り戻していった。だけど……」


桜庭さくらばくん、ありがとね。あの子のこと気にかけてくれて。君は優しいね。偉いね」


 彼が先生にそう褒められているのを聞いて、結局彼も先生に頼まれて私に構っていただけなのだと知った。

 今思えば、もしかしたらそれは誤解だったのかもしれない。だけど、当時の私は彼を信じる余裕なんてなかった。


 海菜さん達に引き取られることが決まって転校が決まった時、私は彼にさえそのことを話さず、さよならすら言わずに去った。




 あれから約四年。彼のことはぼんやりとしか覚えていないし、下の名前も忘れてしまったから確かではないが、転校生の桜庭くんはなんとなくその桜庭くんに似ている気がした。楓かどうかは分からないが、中性的な名前だったのは覚えている。顔をじっと見ていると、目が合ってしまい慌てて逸らす。


「席は小桜さんの隣ね」


「小桜さん?」


「あぁ、ごめんなさい。窓際の一番後ろ。その隣、空いてるでしょう?」


「あぁ、はい」


 転校生が隣に座る。


「よろしく。小桜さん」


「ヨロシクオネガイシマス」


「……なんでカタコト?」


「その子、男の子苦手だから。緊張してるんだと思う」


 彼の前の席の翼がフォローを入れてくれた。それもあるけど、そうじゃない。


「そうなのか。……前の学校で使ってた教科書と違うらしいから、しばらくは見せてもらいたいんだけど、平気か?」


「ダイジョウブデス」


「……本当に大丈夫か?」


「ウ、ウン」


「……じゃあ、近づくからな」


 離れていた机がくっつけられる。

 授業中、時折彼の横顔を盗み見たが、やはり分からなかった。


「今日の授業はここまでです」


「起立。礼」


「「「ありがとうございました」」」


 一時間目の授業が終わった。


「なぁ、小桜さんってさ」


「な、何?」


「……旧姓が清水だったりする?」


「へぇっ!?わ、私は生まれた時から小桜ですけど!?」


 いきなり確信を突かれて大声を出してしまうと「嘘つくの下手だな」と彼はくすくす笑う。「知り合いなの?」とクラスメイトが私達の元に集まってきた。


「あ、い、いや……その……」


「……友達。……だと、俺は思ってるけど。小桜は違うのかよ。気付いてるのに他人のフリとかして」


「わ、私も……友達だと思ってるよ。今は」


「あ??」


「……ごめんね」


「……別に怒ってねぇよ。まぁ、ショックだけど。かなーりショックだけど」


「本当にごめん」


「……いいよ。許してやる。俺はずっと前からだと思ってたよ。……今も変わらない。だから、許す」


「……ありがとう」


「……おう」


 ずっと心残りだったものがあっさりと抜け落ちた、拍子抜けしてしまう。私が思っていた以上に彼は気にしていなかったのだろうか。


「なーんか妬いちゃうなぁー」


「わっ」


 後ろから希空が抱きついてきた。私の頭に顎を乗っけて不満そうに言う。


「転校生くんさぁ、マナとどういう関係なわけ?」


「小三くらいまで小学校が一緒だったんだ」


「ふーん」


 顔は見えないが、拗ねているのが分かる。


「で?小桜、こいつはお前の何?恋人か?」


「あ、ううん。彼女は小森希空。私の友達だよ」


「ふぅん。友達ね」


「マナのの小森希空です。よろしくね。転校生くん」


「……よろしく」


 なんだろう。何故か希空と桜庭くんの間で火花が散っている気がする。


「……あ、そうだ。小桜、校内案内してくれない?俺、転校したばかりだからトイレの場所も分かんないんだわ」


「あぁ、うん。じゃあ次の休み時間からちょっとずつまわろうか」


「……ボクが案内してあげようか?桜庭くん」


「ありがとう。けど大丈夫だよ。小桜に案内してもらうから」


「マナ、男の子と二人きりだと落ち着かないでしょ?ボクもついていってあげる」


「えっ、う、うん……ありがとう……」


「……私もついて行っていい?マナ」


「え、う、うん」


 桜庭くんに校内を案内するだけなのに何故か希空と翼まで付いてくることに。二人とも彼のことを警戒しているのだろうか。


「桜庭くん、お手洗いは行かなくて大丈夫?そこだけど」


「おう。ちょっと行ってくる」


「待ってるね」


「ん。ありがと」


 桜庭くんがトイレに入っていき、いつもの三人になる。


「……ボクらが初めての友達だって言ったくせに」


 拗ねるように呟く希空。


「……ごめん。嘘ついたわけじゃないよ。そう思ってたんだ。私はずっと、友達ってどういうものか分からなくて、桜庭くんには明確に友達だって言われたことが無かったし……あの頃の私は、誰も信じていなかったから」


「……確かに出会った頃のマナは私達のことあんまり信用してなかったね」


「……うん。彼は先生に頼まれて私と遊んでくれてるんだろうなって思ってたんだ。だから、転校のことも言わなかった。言う必要ないと思ってた。けど、君達と友達になって、友達というものがどういうものか知って、ようやく、彼のことを信じられたんだ」


「……ふぅん。ボクらのおかげね」


「うん。……桜庭くんには悪いことをしたって、ずっと後悔してた。住所も連絡先も分からなくて、もう謝る機会なんてないと思ってた。こんな偶然ってあるんだね」


「運命ってやつかもな」


 トイレから出てきた桜庭くんが手を拭きながら状態っぽく言う。黙ってしまうと、恥ずかしくなったのか顔を両手で覆った。


「な、なんか言えよ……!俺が恥ずかしいやつみたいになるだろ!」


「実際恥ずかしいやつだと思う」


「厨二病ってやつ?」


「う、うるせぇ」


「……運命……か」


 私はその言葉は好きではない。もしも運命とやらがあるのなら、人生の全てが神様に仕組まれたものだとしたら……そんな酷い話があるだろうか。

 彼は私の思ったことを察したのか、すぐに謝罪した。


「あー……悪い。運命なんて気軽に言って」


「あ、ううん。大丈夫だよ。辛かった過去はもう、全部過ぎたことだもん。今の私はね、凄く幸せなんだよ。優しい人達に囲まれて、大好きな家族が居て、毎日美味しいご飯が食べられて、たくさん褒めてもらえて……それでもう充分すぎるくらい幸せなのに、今日、君に再会出来て、もっと幸せになっちゃった」


 それは本心だ。辛かったことを思い出すことはあるけど、私にはみんなが居る。だから大丈夫。


「……そうか」


「うん」


「……明るくなったな。俺の知ってるお前じゃないみたいだ」


「……嫌?」


「ううん。……今の方が良い」


 彼はそう言って、少し寂しそうに笑った。


「ふふ。でもね、最初に笑い方を教えてくれたのは君だよ」


「そ、そうか……」


「……マナ、桜庭くんとは小学校入ってから出会ったの?」


「えっ、うん」


「ふーん……そこから小三の秋までだから……二年半かぁ……じゃあ、一緒に居る時間はボク達の方が長いんだね」


「う、うん……そう……だね?」


「……何が言いたいわけ?小森さん?」


「別にぃー」と言いながら、希空は私を抱き寄せる。


「……小森さん、親友とはいえちょっと距離近くないか?」


「えー?普通の距離ですけどー?ねぇ?マナ?いつもこんな感じだよね?」


「え、えっと……」


 確かにそうだけど、何だか今日の希空は様子がおかしい。


「あぁ、そうか。確かにならそれくらい普通か」


 希空の腕に籠る力が強くなる。桜庭くんのことをまだ警戒しているのだろうか。


「希空、桜庭くんは良い人だよ。そんなに警戒しなくて大丈夫だよ」


「……彼は、マナの友達なんだよね?」


「友達だよ。……私はそう思ってるよ。君のこともね」


「……そっか」


 希空は私を離すと少し悲しそうに笑った。

 そして、桜庭くんに近づくと彼に手を差し出した。


「マナの同士、仲良くしようね。桜庭くん」


「……おう」


「まぁ、正確には、君はでボクはですけど」


「いや、今って言われてたけど」


「うるさいなぁ」


 握手をする二人だが、さっそく喧嘩になりそうな雰囲気だ。

 ——この時、私はまだ気づいていなかった。希空が彼を敵視していた本当の理由に。

 そして


「マナ」


「ん?」


「ボクは君のだからね。ずっと」


 彼女が少し複雑そうに笑ってそう強調した意味も。


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