16話:5月の記念日といえば
ゴールデンウィーク後半初日の5月3日。愛華からこんな相談を受けた。
「百合香さん、海菜さん。今月のお小遣い、早めにもらえないかな」
「あら、どうしたの?もう無くなったの?」
「……誕生日が近い友達が多くて。それで、ちょっと……」
目を逸らしながら言う愛華。明らかに嘘をついているような素振り。何か訳ありなのは確かだが、ここは愛華を信じて嘘に気づかないふりをした方が良いだろうか。海菜を見る。私と目が合うとふっと笑って、しゃがみ込んで愛華と目線の高さを合わせた。
「前借りすると後が大変だよ?」
「うん……でも、中学生はアルバイト出来ないし……」
「そうだね。じゃあ私が仕事をあげよう」
「仕事?」
「うん。いつも私達がしてることを、君に代わりにしてもらう。ご飯作るとか、掃除するとか。その代わりに前借りじゃなくて、働いた対価としてお金をあげる。どう?百合香」
「……そうね。いいと思う」
「何すればいいの?」
「そうだなぁ。とりあえず、今日の昼食を一人で作ってもらおうかな」
「何作ればいい?」
「ふふ。それも君に考えてもらいます。材料の調達も含めて、全部君に頼みたい。出来そう?無理そうなら手伝うけど、手伝った分だけ報酬は下げるよ」
「……じゃあ、全部一人で頑張ってみる」
「お。頑張るじゃん。何作ってくれるの?」
「んー……親子丼で良い?」
「いいね。親子丼。味噌汁もつけてくれると嬉しいなー」
「じゃあ、親子丼と味噌汁」
「うん。いいね」
「いくら貰える?」
「んー……じゃあ、千円ずつ渡そうか」
「えっ、そんなにくれるの?」
愛華のお小遣いはそれぞれ二千円ずつ渡して計四千円。一日の昼食を作っただけでその半分も渡してしまっていいのだろうか。
「今回は特別。いいよね?百合香」
「……ちょっと多いような気もするけど……」
「そうかなぁ」
「多くない多くない!」
全力で首を横に振る愛華。
「……仕方ないわね。今回だけよ」
「ふふ。じゃあ、計二千円だね。ご飯食べ終わったら払うね」
「わー!やったー!がんばるね!」
「うん。頑張ってね。はい。これはお使い代ね」
そう言って海菜は財布から一万円札を取り出し、愛華に手渡す。
「お釣りはちゃんと返してね。ちゃんとお釣りがいくらだったかわかるように、レシートも捨てないように」
「はい」
「あと、冷蔵庫の中確認して、何が必要か確認してから行きなよ」
「うん」
「気をつけてね。変な人について行っちゃ駄目だよ」
「はーい」
一万円札を財布にしまい込んで「行ってきます」と愛華は家を出て行く。
「一体何を買う気なのかしら……」
「ふふ。なんだろうね」
「……何か心当たりあるの?」
「一つだけね。でも、違ったら恥ずかしいから黙っておく」
「何よ」
「内緒ー」
海菜の楽しそう顔を見る限り、私に、あるいは私達に関係することなのだろう。私の誕生日は来月。海菜の誕生日は再来月。結婚記念日は4月7日だ。もう過ぎている。カレンダーを見る。5月で私達に関連するイベントというと……。
「……気づいた?」
「……そうだとしたら、あなたがニヤニヤしちゃうのも分かる気がする」
「ふふ。まだ分かんないけどね。去年までは何も無かったわけだし」
「……そうね」
5月の第二日曜日。今までの私達三人にとってはなんでもない日だったその日が、今年は特別な日になるかもしれない。
あくまでも、海菜の推測だけれど。
だけれど、彼女の推測はよく当たる。彼女に言われたら期待せざるを得なくなってしまう。
「あなたの推測外れたら何か奢ってね」
「んー……じゃあ、外れたらその日の夜は私のこと好きにしていいよ」
「……言ったわね」
「んふふ。代わりに、私の推測が当たったら君を私の好きにするね」
「……いつも好きにしてるじゃない」
「ふふ。何させようかなぁ。楽しみだね?」
「乗るって言ってない」
「えー。乗ってきてよー」
「やだ。負け戦はしないの」
「棄権するってことは私の勝ちってことだから好きにして良いんだね?」
「どっちにせよ好きにされるんじゃない……」
「ふふ」
「分かったわよ。乗ります」
「ベッドの上で乗るのは私の方だけどね。あ、下から攻められたい?」
「……あなたのそういう下品なところ嫌い」
「ふふ。嫌いなところもあるけど許せちゃうくらい好きってことだよね?」
どれだけ悪態を
「……そうじゃなかったら結婚なんてしないでしょう」
「君ってほんと、典型的なツンデレだよね」
「……うるさい。馬鹿。バーカ」
今年の5月の第二日曜日は13日。今日は3日。あと10日。海菜の推測は当たるだろうか。彼女の好きにされたくはないけれど、推測は当たっていますように。
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