17話:お小遣いで買いたかったもの

 ゴールデンウィークが開けて、5月13日日曜日。今日は母の日だ。施設に居た頃は気にしていなかったけれど、百合香さん達に引き取られてからは少し意識するようになった。だけど、今まで一度もお祝いしたことがない。今年こそは何かしたいと思ってお小遣いを貯めてきた。

 希空のところは毎年カーネーションを贈っているらしい。代金はお兄さんと弟と三人で割り勘。兄弟がいると費用もその分少なくなって羨ましいなと思いながら花屋へ行くと、店の前に弟の星羅せいらくんと手を繋いで立っている希空を見かけた。彼女は私を見つけると空いている方の手をぶんぶん振った。店から出てきた男性も私を見て軽く微笑んで手を振る。希空のお兄さんの月斗つきとさんだ。


「こんにちは」


「こんにちは。母の日?」


「うん。……希空は今から帰るところ?」


「うん。そう。付き合ってあげようか?」


「お願いします」


「俺は先帰るよ」


「うん。星羅も兄ちゃんと一緒に帰りな。姉ちゃんはちょっとマナに付き合ってから帰るから」


 星羅くんは希空の言葉にこくりと頷いて、小走りで花束を抱える月斗さんの元へ向かって行った。星羅くんは今年小学生になったばかりで、月斗さんは背が高くて落ち着いているからか大人びて見えるが、あれでも中学三年生だ。二つしか変わらない。


「で?マナ、どっちのお母さんに贈るの?両方?」


「うん。両方」


「予算は?」


「二人合わせて四、五千円くらいかなぁ……」


「結構いくなぁ」


 一ヶ月のお小遣いは二人からそれぞれ二千円ずつだが、買いたいものがあるからと頼んで、ゴールデンウィークの間に手伝いをして二千円ほど稼いだ。先月もあまり使わなかったから今月はちょっと余裕がある。せっかくだから良いものを渡したい。


「じゃあ、店員さんにそれを伝えて一緒にどんなものがいいか考えようか」


「うん」


 希空と一緒に店内に入り、店員さんに相談する。母親が二人居ることを話す時は少し緊張したが、店員さんは少し驚いたものの、それぞれに合わせてアレンジメントを作ってくれた。


「……あの、あと、余った予算で白いカーネーションを一本ください」


「白ですか?」


「はい」


「お母様はお二人ともご存命……生きていらっしゃいますよね?白いカーネーションは亡くなった母親に贈るのが一般的なので、避けた方がよろしいかと思いますが……」


「知ってます。私を産んでくれた、もう一人のお母さんに贈るんです」


「……なるほど。失礼いたしました」


「いえ」


 前の私ならこんなこと考えなかった。考えるようになったのは、この間、夢で会ったことがきっかけだ。


「お待たせしました。どうぞ」


「ありがとうございます」


 花を受け取って店を出る。


「付き合ってくれてありがとう。希空」


「……どういたしまして。……ねぇ、マナ」


「うん?なに?」


「……君の本当の——いや、君を産んだお母さんって、どんな人なの?」


「……分かんない。会ったことないから。生まれた時にはもう居なかったんだ」


「……そうなんだ」


 産みの母の話は希空達にもしたことはなかった。話す機会がなかったし、なかなか気軽に聞ける話題でもないと思う。


「……この間、夢で会ったんだ。それがなかったらきっと、花を贈ろうなんて思わなかったと思う」


「……そっか」


 なんとなく、重い空気が流れる。


「……聞かない方がよかったかな」


「ううん。平気だよ。なんか、気を使わせちゃってごめんね。付き合ってくれてありがとう」


「……うん。どういたしまして」


「じゃあ、またね。希空」


「またね」


 希空と別れて家に帰る。時刻は午後2時過ぎ。海菜さんも起きてきていた。


「お帰り。愛華」


「ただいま。……あのね。二人に渡したい物があるんだ」


「私達に?」


「うん」


 紙袋からアレンジメントを取り出してテーブルの上に置く。


「こっちが海菜さん。で、こっちが百合香さん」


「これ……カーネーション?」


「うん。そう。母の日だから。……この間、お小遣い早めにほしいって言ったでしょ?友達の誕生日って嘘ついたけど、本当はこれのためだったんだ。今までお祝いしたことなかったからさ……ちょっと、良い物にしようと思って。そのためにお金が欲しかったの」


「……そっか」


「……っ」


 海菜さんはうっすらと目に涙を浮かべながら笑い、百合香さんは言葉よりも先に、泣きながら私を抱きしめた。


「……ありがとう。愛華。すごく嬉しい。愛してる」


「うん……私も、二人が大好きだよ」


「ところでマナ、この白いカーネーションはもしかして……」


「うん。もう一人のお母さんの」


「……お墓の場所、わかるの?」


 私は私を産んだ母親のお墓の場所も知らない。仏壇は多分、父の元にある。だけど父のところへは行けない。行きたくない。顔も見たくない。そもそも、住んでいたあの街に行くことさえも怖い。


「……家で祈るよ。夢に出てきたくらいだから、どこから祈っても届くんじゃないかな」


「……そっか。じゃあ、これはとりあえず愛華の部屋に飾ろうか」


「うん」


 白いカーネーションを花瓶に挿し、その日は二人の母と共に亡き母に祈りを捧げた。

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