14話:私の従姉妹達

 海菜さんと百合香さんにはそれぞれお兄さんがいて、二人とも異性婚をしていて血の繋がった子供がいる。母親の兄の子供…つまり、親戚、従姉妹だ。


「お邪魔します」


「いらっしゃい。マナちゃん」


「マナちゃんだ!」


「マナちゃん来たー!」


 私は今、その従姉妹の家に来ている。海菜さんの方のお兄さんの子だ。私に抱きついているこの双子の女の子達が私の従姉妹。ショートカットの方が"おーちゃん"こと姉の加藤かとう王花おうか、ロングヘアの方が"りーちゃん"こと妹の加藤かとう凛々りり。一卵性の双子だけあって、顔だけなら見分けがつかないくらい似ている。

 髪型以外の見分け方は声だ。凛々の方が少しだけ低い。微妙な差なのでよく聞かないと分かり辛いが。

 あと、性格も若干違う。どちらかと言えば凛々の方が活発で、王花の方が大人しめだ。

ちなみに、加藤という苗字は伯母さんの苗字だ。うちとは違って夫婦同姓で、妻の方の苗字をとったらしい。


「マナちゃん、いつまでうちに居るのー?」


「あはは…お泊りは今日だけだよ」


「「えー!!」」


「二人ともほんとマナちゃんのこと好きだなぁ」


 微笑ましそうに笑う伯父さん。

 二人は私に懐いている。従姉妹というより、妹のような存在だ。可愛いと思うと同時に、施設に居た年下の子供たちを思い出して少し寂しくなってしまう。みんな、元気でやっているだろうか。いい人に出会えているといいが。


「さて、マナちゃん、おーちゃん、りーちゃん。ご飯作るから手伝ってくれるかな」


「「はーい」」


「何作るの?伯父さん」


「餃子。作ったことある?」


「うん」


「じゃあ大丈夫だね。三人で仲良く包んでて。僕はちょっとママの様子見てくるからね」


 伯父さんから餃子の皮とタネを受け取り、テーブルに移動する。王花は私の右に、凛々は私の左に座り、伯父さんはペットボトルを持って奥の部屋に入って行った。伯母さんは漫画家だ。ペンネームは鈴音。鈴音先生の作品は施設にも置いてあった。よく暇な時に読んでいた。今は<お父さんとパパ>という、二人の父親に育てられる女の子の物語を描いている。

 そういえば、海菜さんの知り合いに子育てをしている男性夫夫がいるらしいが、その人たちがモデルだったりするのだろうか。


「マナちゃん、見てみてー!金魚!」


 凛々が金魚の形になった餃子を自慢げに見せてきた。


「お。ふふーん。私もそれできるよ」


 餃子の包み方にも色々あることは海菜さんから教わった。金魚、バラ、帽子、かざぐるま、花など。

 それぞれ一個ずつ作ってみせると、私が知らないと思って自慢したかったのか、凛々はちょっと不満そうに唇を尖らせた。王花はそんな私たちには目も暮れず、黙々とひたすら花型の餃子を作っている。


「おーちゃんはお花ばっかり作ってるね」


「かわいいでしょ」


「ふふ。そうだね。可愛い」


「おーちゃんと凛々の名前はね、お花の名前から取ったんだよー」


 凛々が言う。


「そうなの?」


「おーちゃんは牡丹、凛々は百合っていう花が元になってるんだって」


 牡丹と百合。花の形はなんとなく浮かぶ。百合は百合香さんの名前にも入っているが、凛々という名前からは百合が元になっていると言われてもピンとこない。王花という名前も牡丹とは結びつかない。


「牡丹はね、花の王様なんだって。パパが言ってた」


「あぁ、だから王花なんだね。凛々は?」


「百合が英語で"リリィ"だから」


「あー。なるほど」


 そういえば、海菜さんたちの部屋にあった黒猫のぬいぐるみもリリィが由来のリリカという名前だった。百合香さんの"百合"だけ英語にしてリリカ。そして、いつも一緒にいる狐のぬいぐるみはひなた。こっちは海菜さんをイメージしてつけた名前らしい。ちなみに、二匹のぬいぐるみは今は私の部屋に居る。


「三人ともー、餃子できた?…おっ。出来てるね。ありがとう」


 餃子を包み終わったところでちょうど伯父さんが戻ってきた。


「ママ、どうだった?」


「いつもよりは余裕そうだったよ。珍しく。もう終わるんじゃないかなぁ」


 と、話していると、奥の部屋の扉がバンっと勢いよく開いた。


「脱稿しました!!」


「おめでとうー」


「ママお疲れ様」


「今日は餃子だよー」


「わー!やったー!餃子パーティー!ふぅ〜!」


 普段から明るい人ではあるが、今日はなんだかいつも以上にテンションが高い。


「……ごめんねマナちゃん。あの人、徹夜でテンションおかしくなってるから」


「はっ……やだっ!マナちゃんもう来てたの!?ごめん!気づかなかった!」


「あはは……。お邪魔してます。お仕事お疲れ様」


「ありがとうー!」


 私達の正面に座って深いため息をつきながらテーブルに頭を置く叔母さん。伯父さんはそんな彼女の側にそっと紅茶を置いてから出来上がった餃子と余ったタネを持って台所に入って行った。

 こういうさりげない気遣いが出来るところは海菜さんに似ている気がする。


「……おーちゃん、りーちゃん、肩叩いてー」


「「はーい」」


「あー……良い……。二人とも、餃子ありがとね」


「マナちゃんも一緒にやったよ」


「そうかぁ。マナちゃんもありがと〜」


「どういたしまして」


 時間を確認する。時刻は6時過ぎ。百合香さんの仕事が終わる時間だ。今日は後半と飲み会だと言っていた。海菜さんも仕事で居ない。だから私は今、ここに居る。お母さん達は私を夜に一人で留守番させるのは心配らしい。


「りーちゃん、お風呂沸かしてきて」


「はーい」


「マナちゃん、お風呂沸いたら一緒に入ろ」


「うん。良いよ」


「凛々も一緒に入る!」


「ん。良いよ。三人で入ろうね」


「うん!」


 スキップしながらリビングを出て行く凛々。

 可愛い。


 しばらくして『お風呂が沸きました』と機械音が流れる。王花と凛々に連れられ、風呂場へ向かう。


「マナちゃんはいつも一人でお風呂入ってるの?」


「うん。大体一人かな。たまに百合香さんと入るよ」


「凛々、今度はマナちゃんの家にお泊まりしたい!」


「ふふ。百合香さん達に聞いておくね」


「「わーい」」


「ふふふ」


 二人の頭を洗っていて、ふと気づく。つむじの向きが逆だ。王花が反時計回り、凛々が時計回り。そういえば利き手も正反対だったな。王花は右利き、凛々は左利き。つむじの向きとは逆だ。本で読んだことがある。こういった対照的な特徴を持つ双子をミラーツインというらしい。


「マナちゃん、くすぐったいよー」


「あ、ごめんごめん。二人ともつむじの向き逆なんだなぁと思って」


「うん。そうだよ。だから、パパもママも、私達がまだおしゃべりできなかった頃は私達の頭見て見分けてたんだって」


「へー。利き手も逆だよね」


「うん。わたしが右利き、凛々が左利き」


「でも凛々、右手でもお箸使えるよ。練習したんだ」


「へぇ。凄い。器用だね」


「えっへん」


「かわいいー」


「わたしは?」


「王花も可愛い」


「へへ…ありがとー。マナちゃんも可愛い」


「ありがとー」


 シャワーで泡を流してから三人で湯船に浸かる。

 海菜さんと百合香さんと家の風呂に三人で入ったことがあったが、二人ならまだしも、三人だとかなり狭く感じた。今日は余裕がある。子供だけだからだろうか。

 いや、おそらくこの家の風呂は家の風呂より広いだろう。家自体、家よりもかなり立派だ。初めて見た時はどんなお金持ちが住んでるかと思った。実際、お金持ちではあるらしいが、伯父さんも伯母さんもお金持ちという感じはない。豪華なアクセサリーをつけていたりブランド物の服を着ているわけでもなく、家にお手伝いさんがいたりお抱えの運転手がいるわけでもない。イメージしていたお金持ちとは全然違った。お金を持っている人は性格が悪いと勝手に思っていた。こういう思い込みや決めつけを偏見というらしい。しかし、伯母さん達のことを知ってからは、私の中からはその偏見は無くなった。お金持ちにも良い人はいる。施設育ちで親との繋がりがない私が可哀想ではないのと同じように。伯母さん達は良い人だ。





「マナちゃん真ん中ねー」


「はーい」


 二段ベッドの下の段で王花と凛々の二人に挟まれる形で横になる。普段は凛々が上、王花が下で寝ているらしいが、お泊まりの日はこうやって三人で並んで寝ている。三人で並んでも余るくらい広い。三人とも小柄だからというのもあるかもしれないが。

 凛々と王花は135㎝くらいで、小三の女子の平均より少し高めらしい。対して私は4つも歳上なのに、身長は彼女達と5㎝しか変わらない。私が小学三年生の時は120㎝も無かった。昔から低身長なのだ。聞いた話によると、生理が始まると身長が伸びづらくなるのだとか。二人が私を見下ろす日もそう遠くないかもしれない。そう思うとなんだか寂しくなる。

 その日は、二人の身長がこれ以上伸びないことを願いながら眠りについた。

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