第140話 鎮魂

「…アー…クー…真なる闇炎滅トゥルー・ダークフレイム…滅せよ…」


 マイティと瑞希の亡骸を未だに掴んでいるリッチロードは、何かの呪文を唱えた。


 すると、黒い手から赤紫色の炎が舞い上がった。


 カレンは素早い動きでマイティの亡骸の腕を切り落とした。

 そして、その切り落とした腕を持って飛び下がる。


 瑞希を掴んだ大きな黒い手は天井高く掲げられており。

 俺達は成す術もなかった。


 赤紫色の炎はマイティと瑞希の亡骸を包み込み、それは灰になり塵となって空気中に消えて行った。


「やめろおおお!瑞希ぃ!瑞希いいいい!!」


 新は、塵となり消えていく様を、名前を叫びながら見ている事しか出来なかった。


 瑞希が最後に俺を見ていた。

 その苦しそうな顔と、赤紫色の炎に焼かれ崩れていく姿が脳裏を駆け巡っていた。


「瑞希…瑞希…俺…」


 そして、その10本の黒い手は一気に一つの腕になり、放心している新に襲い掛かって体を大きく握りしめる。


「…フハハ…絶望…それは…知能あるものを腑抜けにする…後から…あの女の魂は…搔き集めてゆっくりと喰らってやろうぞ…フハハハ」


 俺は、絶望を覚え、放心状態だった。

 黒い手に強く握られているにも関わらず痛みも感じなかった。

 それほど瑞希への思いが神経と思考を鈍感にさせていた。


 肉体が欠片でも無ければ、ハイエリクサーでも復活する事は出来ない。

 その不安が全身全霊を駆け巡る。


 この世界の人間で言えば100倍は強い、今まで俺は最強だと思っていた。

 しかも、地球人でもあり、ハイエルフの血筋と言うイレギュラー付きだ。


 でも…

 何が最強だ…

 瑞希一人守れなくて何が…

 しかも、自分の油断で瑞希が犠牲になるなんて…

 …………


『アラタ…』


『アラタ…』


 クイン?…


『まだ終わってはいないぞ。ここで死んでしまう気か?』

「そうかも知れないけど…もう…勝てる気がしないんだ…」


 そう…俺は人間だ…、普通に考えれば、ドラゴンやリッチロードのような規格外の魔物に敵うはずないじゃないか。


『我も剣のままにしておく気か?他の仲間も死んでしまうぞ?』

「それは…」


 分かっているんだクイン…でも精鋭の冒険者がこれだけいて、どんどん死んで行く。

 8人揃っていても瑞希もマイティもやられてしまった…

 こんなやつ勝てるわけない。


『こいつを野放しにすると、お前の魂の記憶から家族や友人も襲われ、ミズキの魂だってヤツの僕となり、死んでもなお、アンデットとなり開放されることはないんだぞ、それでも良いのか?』


 俺の記憶を辿って?…母さんやクランの皆までも…アンデットに?


 新の脳裏に、クランの仲間、家族、瑞希の笑顔が見えたが。

 直ぐにそれはアンデットになり、苦しみながら人々を襲う姿が脳裏に浮かんだ。


「嫌だ!!それは駄目だ…瑞希を…母さんを、皆を守らないと‥」

『なら目を覚ませ。そろそろレベッカの術が完成するぞ、そこがチャンスだ、我と己の力を信じるのだアラタ』


 クインの念話で俺は目が覚めた。

 一気に体を締め付けている痛みが駆け巡る。

 正気を取り戻した俺はクイン・ソードごと握られていた。

 それが、黒い手の俺への干渉を遮っていた。

 クインがいなかったら、黒い手が俺の心臓や脳へ干渉してすぐに殺されていただろう。


 周りを見ると、皆が何度も攻撃を繰り返し、俺を助け出そうと、何とかしようと皆が頑張っているのが見えた。


「完成した!行きます!!神聖魔法…聖の浄化ホーリー・ピュアリティ…」


「…ム?…グオオオオ…」


 レベッカがそう呟き、レベッカを中心に大きな光の魔法陣が、ほぼ部屋全体の地面に浮かび上がる。


 レベッカも地球人効果とグランドヒューマン化した人間。魔法も通常の神聖魔法師からしたら約100倍の魔力がある。レベッカも親友のマイティを殺された感情をそれに練り込めたかのように、涙を流しながら呪文を唱えていた。


 それは、リッチロードの玉座どころか、この岩城すらすっぽりと魔法陣の中に入っている。


 部屋の中央で冒険者の魂を、奪い襲っていた黒い炎は掻き消され。

 生き残った冒険者は、光に身を洗われる気分を感じていた。


 ミイラや、エルダーレイス達は浄化され姿が無くなって行く。


「…クヌオ…おのれぇ…なんだ…この…魔力は…これは…不味…い」


 リッチロードは、若い人間の神聖魔法如きでは自分の魔力で何とでもなるとそれは油断していた。レベッカの呪文などは後回しにして、脅威となるのは新のクイン・ソードだけだと思い、それが今、レベッカの神聖魔法に恐怖を覚えていた。


 新は、力が抜けて行く黒い手を、クイン・ソードに力を入れ気合と共に切り裂く。


 黒い手は切り払われ、新は自由を取り戻した。

 床を見ると、さっきまで瑞希が持っていた大剣が転がっていた。


「瑞希…」


 周りを見ると、カレンがマイティの腕のしっかりと持っていた。


 マイティは助ける事が出来る…瑞希は…


「瑞希…不甲斐ない俺を許してくれ!すぐに蘇生してやるからな、待っててくれ!!」


 新はクイン・ソードに力を込める。


「…こうなったら…あの女達の魂を喰らって…」


 リッチロードは、大きく口を開けて何かを吸い込み始めた。


 この部屋に散っている魂らしき影を吸い集めようとする。

 ここで死んだ者の魂がリッチロードに吸い寄せられるのが分かった。


「貴様あああああ!させるかああああああ!!」


 新はその行為を見て、人生で初めて大きな怒りを露わにした。

 その怒りでクイン・ソードはこれ以上ないくらい大きなオーラを放つ。


 新は、クイン・ソードを振るった。

 4本の魔封魂杖がしっかりとリッチロードを固定させていて、その場から動けない。大きいオーラを放つクイン・ソードは、リッチロードの体を真ん中から綺麗に真っ二つに切り裂く。


「‥‥‥うぬぬ…まだ…まだだ…」


 リッチロードは二つになった精神体を元に戻そうとする。

 しかし、レベッカの魔法で浄化されないようにも魔力を使っている為、リッチロードは全く動くことは出来ない。


「消滅しろおおおお!!!」

『アラタ、行け!!』


 新は目を見開き、クイン・ソードで無双する。

 リッチロードの精神体は切り刻まれたが、なおもしぶとく生きていた。


「アラタさん、最後です!」

「ああ、クイン、レベッカ、俺に力を!」

「はい!…生命神の加護の元…不浄なる者よ、鎮まり無に戻れ!聖の鎮魂ホーリーレクイエム!!」


 クイン・ソードは激しく光放ち。

 レベッカの魔法も完全に完成した。


 一気に光が広がって、闇と言う闇が祓われる。


 リッチロードは跡形も消えて無くなり。

 目標を失った魔封魂杖がその場に倒れた。


「やった…」

「か…勝ったのか?…」

「これだけしか…残ってないのか…」


 広場にいた冒険者が騒めく。

 リッチロードに囚われていたキラキラした魂が天井を埋め尽くしていた。

 俺達に礼を言うかのようにクルクルと回ってスッと消えていく。


「アラタさん…やりましたね」

「ああ…レベッカ。凄い魔法だったね」

「いえ、これだけ強くなった私の浄化魔法でも伝説級魔物は手に余る者だったと思います、アラタとクインちゃんがいなかったら、とてもじゃありませんが…それより…ミズキさん…」

「うん…俺の油断で…瑞希を死なせてしまった…でも、瑞希の欠片さえあれば、ハイエリクサーで何とか出来るはず。俺は今から…髪の毛でも何でもいい、探しに行くつもりだ」


 俺は、瑞希の落とした大剣を拾いじっと見つめてからマジックボックスへ仕舞った。

 すると、クラウスがマイティの切り落とされた腕を持って俺に近づいてきた。


「アラタ…マイティの腕が腐る前にお前のマジックボックスへ入れてくれ」

「クラウス…わかった」

「よくやったアラタ…」

「うん…」


 俺はマイティの腕をそっとマジックボックスへ仕舞う。


 フェルナンドがぽんぽんと肩を叩き、武器を仕舞う。

 カレンも俺に目を合わせてから軽く頷いた。

 ライナはずっと立ちながら泣いていた。


 ◇


 新達は、死霊王リッチロードを倒し、マージガル神国へ戻った。


 この戦いで生き残った者は神帝へ報告していた。


 死亡者はこの通りだった。


 ナイツ・オブ・アーク含む、マージガル神国精鋭100人中、生き残りは1名。


 白金プラチナ級冒険者クラン5組40人中、生き残り32名。

 黄金ゴールド級冒険者クラン5組40人中、生き残り28名。


 岩城へ行ってない者でも灰銀ミスリル級2名、銀級3名の死亡者が確認されていた。


 そして…ディファレントアース2名死亡。生き残りは6名。


 多大な犠牲者を出した今回の戦いは人族の勝ちで終わった。

 神帝と参謀長は犠牲者の報告を聞いて愕然とした。


 そして、亡くなった者の家族には、等級の昇格と大金を出す事にした。


 ◇


 それから3日経ち、新達も一度、新しく出来たクラン領地のクランハウスへ戻っていた。


 新は、あの戦いの後、直ぐに瑞希の肉体の一部を探しに行くと言って、飛び出して行ったので、神帝への報告や、クランに戻っての仕事はフェルナンドとカレンがこなしていた。


 いろいろな事を終わらせたフェルナンドは、クランハウスにやっと戻って来ていた。

 そして、レベッカとすれ違い声を掛けた。


「hyレベッカ、アラタはまだ部屋に籠ったままなのか?…」

「はい…昨日までは地球に行ってたみたいですが…今は戻って来ています」

「そうか、まだ…ミズキの何かは見つからない感じか?」

「はい…いろいろ私もミズキさんの部屋探してみたんですが…ミズキさん綺麗好きで部屋も魔法で掃除してて、髪の毛一本すら落ちていなかったんです…それで、アラタさんが戻って来た時に地球での事も聞いたんですが…」


 レベッカはそう言って沈黙した。


「……駄目だったって事か…」

「…はい、ミズキさんの地球の部屋にはすでに別の方が住んでらっしゃったみたいで…」

「そう言えば地球戻ってもアラタの新居があれば問題ないって言って自分の部屋引き払ってたっけか…」

「…みたいですね」


 フェルナンドはそう言い、頭を掻いた。


「で?マイティの方は?」

「はい、ハイエリクサーのお陰で、今、身体の半分くらいまで蘇生されてきてます」

「それは良かった」

「‥‥‥」

「‥‥‥」


 二人は暫く沈黙した。


「ミズキさん…蘇生できますかね…」

「…ああ、これだけ一緒に居たんんだ、何処かにミズキのDNAは残っているはずだ。大丈夫、そんな暗い顔するなレベッカ、何とかなるって」

「…はい」

「俺とカレンは、アラタが復帰するまでクランの運営とかやって置くからレベッカは、アラタとマイティを見ててくれ。それでクラウスはどうした?」

「クラウスさんなら、ちょくちょくマイティの様子を聞きに来るくらいで…気が気じゃないのか、ライナちゃんと狩りや修行に行ったりしてます」

「そっか…結局ライナもこっちについて来たって事か?」

「ですね。マージガル神国で家族の中で一人で白金級でいるのが気まずいみたいで、自分はディファレントアースの一員だからって…部屋もすでに割り振りしてあります」

「なるほど…分かった、じゃあ、俺はまだまだ仕事あるから、二人は頼むぜ」

「はい、分かりました」


 フェルナンドはそう言って、いそいそと仕事に戻るのだった。


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