第133話 妖精霊王

 水の精ウンディーネの力で水の奥底へ落ちて行く。


 深く深く落ちる中で、不思議と息は出来る。

 魚と時折、色々な水の精霊が見える。


 奥底に光が見えて来た。


 その光にやがて包まれて行く。

 光を抜けるとそこは空。

 いや…


 海の中なのか、空に浮いているのか?

 上下もよくわからない、水色の世界。

 あちこちに、大小の大陸が浮かんでいる。

 その大陸からは大量の水が滝となって下や上に流れている。


 そして、皆も気付いたが、さっき池に入った時には濡れていた衣服も、いつの間にか乾いていた。


「ここは…」

「なんだここは…重力が無茶苦茶になってるのか?…」


 俺の隣でフェルナンドもそう呟く。


 ≪ふむう、ここが妖精霊王の世界のよ~じゃの~お?…≫


 逆さまになって浮いているクーちゃんランガルフがそう言った。


「むむ…hy、ランガルフのおっさん…その機械この世界に来ても通信途絶えないのかよ?」


 フェルナンドはそうランガルフに言った。


 ≪さあな?ワイも切れてしまうかと思うたが~の、次元石を組み込んであるんじゃし?別次元に来てもどうやら大丈夫のようじゃな~あ?≫


「な…なるほど…何でもありだな…」


 フェルナンドは呆れてそう答えた。


 水の精霊ウンディーネ。

 風の精霊シルフィード。

 火の精霊サラマンダー。

 土の精霊ノーミード。


 何体かの中位、四大精霊達が俺達を案内するかのように俺達の周りをくるくると回っている。


 その案内について行く事にする。


 空を飛ぶように、俺達は飛んでいく。


 ひと際大きな大陸が宙に浮いていて、そこには大きな宮殿が建っているのが視認出来た。


 宮殿のある大陸に近づく。

 何とも幻想的な光景だろう。

 太陽もないのに青空のような場所。

 あの落ちて行く滝の水は何処へ行っているのか?


 いろいろな疑問を持ちながら宮殿へ降り立つ。

 大きな扉の前に進む。


 四大精霊達は俺達を案内し終えると何処かへ飛んで行ってしまった。


 扉が勝手に開く。


 クインが一歩踏み出し、後ろの俺達を振り返る。

 行くぞと言う顔をしていたようなので、俺もその後に続いた。


 俺達は宮殿の中へ入って行く。


 中は真っ暗だった。


「おいおい…真っ暗で何も見えねえ…」


 フェルナンドはそう言い周りを見渡す。


 後の扉が閉まり、とうとう仲間の影すら見えなくなった。

 皆、ざわざわと不安がっていると、一つの光がゆらゆらと舞い降りて来た。


「やあ。人族の皆さん、ようこそ妖精霊界の宮殿へ」


 そう声が聞こえると、一つの光は、ぽんと少年になった。

 そして、その背中から美しい蝶のような羽が生えた。


 クインは伏せるように頭を下げた。

 俺達もそれを見て片膝をついて屈んだ。


「いやいや~そんなに畏まらなくていいよ!立って立って」


 そう言われ皆、体制を戻し立った。


「うんうん、それで良いね。僕はこの妖精霊界を統べている者。妖精霊王ともオヴェイリュオンと呼ばれているよ!名前何てどうでも良いんだけどね、あはは」


 妖精霊王はそう名乗った。

 姿は小学生くらいの男の子で、背中から綺麗な蝶の羽根を有している。


「それでは先ずは、落ち着いて話せる場所にしないとね!」


 パチン!


 妖精霊王が指を鳴らすと、真っ暗だった室内が、芝生の丘に切り替わった。

 空には薄い雲と太陽がさんさんと照らしていて、風もそよそよと感じた。


 パチン!


 また指を鳴らすと、机と椅子が人数分その場に現れた。


「ささ、座ってよ」


 俺達は戸惑いながらも用意された椅子に座った。


「あの…オヴェイリュオン…様」


 俺は座って最初に声を掛けた。


「うん?君がアラタ君だね。辺境の地、ヘイムベーラ大森林、エルファシルのハイエルフ、エウロラ・アスナールと地球人のハーフだっけ?」

「え?…知っているのですか?」

「勿論!この世界の事は精霊達を通じて、ある程度大きな事は知っているよ。特に君は目立つからね、ははは」


 妖精霊王は笑ってそう答える。


「君達の仲間の事も一応、把握してあるし。そこのマージガル国の今の王…いや神帝だったかな?その喋る小さな機械は何なのか、ちょっと分からないけど…ま、大体はね」


「じゃあ…俺達がここへ来たことも…?」


「うん。分かっているよ!リッチロードでしょ?たまに、ああ言う災いが生まれるんだよね…あの時、封印でなくて、やはり倒しておくべきだったね。アレは僕たち精霊とは対の存在、僕たちは生を司るけど、アレは死を司る存在。ほおっておくと僕たちも危なくなる可能性はあるしね」


「それでは…」


「勿論、協力してあげる。ただ、相手が相手だからね、それ相応の精霊武器でないと歯が立たない」


 俺は、マジックボックスからガラガラと宝物庫にあった武器などを置いた。


「その武器たちはすでに役目を終えて精気はないね」

 ≪やはり…≫


 妖精霊王が言った後にランガルフが呟いた。


「それでね、精霊武器の事なんだけど、ウンディーネやシルフィード達にお願いして精霊武器にする事は出来るんだけど、それは傷はつけられても消滅させられるかは、いささか疑問が残る。そこで上位の妖精霊の精魂が必要となるんだけど…」


「はあ…魂…上位ですか…」


「肉体を持ち、長く生きた妖精や精霊ならいい素材になると思うんだけど、そこまで生きた精霊などが進んで武器になるかな?…あ、言っている意味わかる?」


 え?何?精魂が必要なの?…武器に?

 それって精霊を使って武器にしているって事?


「ふむ…なるほど、フー」


 クインはそう言って鼻を吹いた。


 え?何?クイン言ってる事が分かったの?…


「妖精霊王よ、我でならどうなりますか?フー」

「え?クイン何言ってるの?…」

「我の精魂ならリッチロードに致命傷を与える事が出来るのかと、お聞きしているのだアラタよ。フー」

「勿論、地上で幾多の戦闘経験をして来た君なら最高の武器になるはず。でも、その肉体を捨てる事になるけど良いのかい?」

「待って!クイン何言ってるの?それは駄目だって…妖精霊王、他に方法はないんですか!?」


 俺は話を理解して慌ててそう言った。

 つまりクインは自分の肉体と引き換えに武器になるって事だ。

 それは絶対嫌だ。


「ないね。僕も含め、精霊は器を持たないと戦う事は出来ない。それに、生のエネルギーより死のエネルギーは強大なんだ。それに、人族も妖精も死はないんだ」


「どう言う意味ですか…」


「魂と言うのは輪廻転生、君たちが冥界や霊界と言っている世界はあるんだ。精霊たちがここへ戻ってくるようにね。だから、別に死んだとて、また生まれ変わるだけの事なんだよ、ただ…死霊王リッチロードはそれをさせない、死んで50日は魂はその世界に留まってから帰って来る。だからハイエリクサーでもその期間内なら呼び戻す事が出来るんだ、でも、リッチロードに操られると言う事は、その魂を死人に縛り付けて動かしているから戻っては来れない、でもね、消滅せずに呪縛を奇跡的に逃れる事が出来れば、ひょっとしたら消滅せずに戻ってくる事もあるけどね」


「‥‥‥リッチロードってのは、一体何がしたいのでしょうか?」


 神帝がそう弱々しく聞いた。


「さあね?単に殺し尽くしたいだけなんじゃない?魂を喰らっているって話も聞いた事あるけど、アレにしか分からないんじゃないかな?」


 その場にいる者は皆、沈黙した。


「とにかく、アレを倒したいなら精霊武器がいる。そして彼が武器になるって言ってくれている。この機会を逃しては勝てないよ!それに、クイン君の器が肉体から武器へと変わるだけだからね、でも…記憶は無くなっちゃうけど」


「新!やはりクインちゃんを武器にするのはやめようよ…それは私も死ぬわけではなくてもちょっと嫌かな…」

「うん、瑞希の言う通りそれは俺も嫌だ、クイン、別の道を探そうよ、記憶無くなるのって死ぬのと一緒じゃないか…」

「ふむ。いや…アラタ、ミズキ、その気持ちは有難いが、この我が武器になりリッチロードを倒せるのなら、それが一番速かろう。妖精や精霊は気まぐれ、武器に成ろう者がおるとも限らん…フッフー」


 慌てる俺と瑞希を後目にクインはそう言った。


「よく分かっているね。妖精霊は死を怖いとも思っていないけど、生きようとも思っている気まぐれな存在。進んで武器になって戦いましょうって妖精霊はどれだけいるのかなあ?」


「でも…大昔はそれで武器になった妖精たちがいるんでしょ?」


 妖精霊王へ瑞希が俯きながらそう言った。


「あの時はね、武器になった妖精霊はクイン君。彼のように人族の従魔として生きた者が、その者達を助けようと思って武器になったんだよ、今のクイン君と一緒のような事を言ってね。ただ…その武器を使う前に人族が開発したやつで封印して寝かせちゃったけどね、それで良かったと何もせず、時を重ねたのが今回復活したわけなんだ、あの時に倒しておくべきだったねー」


 妖精霊王は、他人事のようにさらっとそう言う。

 俺はその言葉を聞いて少しイラっとしたが、顔には出さなかった。


 ≪なんなら、クインの意志をワイと同じように機械に複製するかの~お?≫


 ランガルフの発言に、皆がクーちゃんランガルフを睨みつける。


 ≪い…いや、冗談じゃよ~お、冗談…≫


 ランガルフはもじもじして沈黙した。


 クインはアラタに近寄った。


「アラタよ。我はお主の父、ツヨシの頃から従魔になり一緒に歩んできた。アラタにも沢山の思い出を短期間だったが貰った。そして、一緒に強くなった。今では、アラタ達の方が我よりも強い。しかし物理の世界で勝てぬならどうしようも出来まい…フー。それに…妖精霊王も言っている、我は死ぬのではなく武器として生まれ変わるのだ、役目を終えたとて、またこの妖精霊界に戻って来る事になるはずだ、フー。その時はまたクー・シーとして生まれ変わりアラタの元へ行こうぞ。フッフー」


「クイン…」

「クインちゃん…」


 クインはそう言って、俺達に背を向けた。


「…妖精霊王様…絶対、クインを…俺の元へ…またちゃんと戻して貰えますか?」


「…わかった、クー・シーとして生まれ変わる意志は僕がちゃんと叶えてあげる。僕もこんな大役を君に任すんだから、それは約束してあげるよ」


 妖精霊王オヴェイリュオンは真顔でそう言った。


「ふむ。そう来なくてな。我でないとリッチロード討伐は出来ぬ。我は人族が大好きだ、そして地球のお菓子もな。フー、だから、それを守る為にこの身をアラタに託す!我を存分に使って、必ず災いを打ち払ってくれアラタ。フー」


「…うん。必ず、クインを元に戻すために勝ってここに戻って来るよ。ぐすっ…」


 俺は、一粒の涙を落とした。

 クインは、一度振り返り、モフモフのその深緑色の尻尾を、新の手に軽く巻き付けた。


「では、行ってくる。フー」


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