第110話 不死族の涙

 石化したホワイト・ワルキューレを救った俺達は、セーフティエリアで数時間休息を取ることにした。


 休息をとっている間に、ホワイト・ワルキューレメンバーとも話をした。

 今は亡きホワイト・ワルキューレのリーダー、ラヴィニスと言う戦士が、女性である自分達が男のいるパーティに負けないような記録を作ろうと言う事で、40階層で本当は無難に戻ろうとしたのを押し切って行動する事になったのだと言った。


 その結果が仲間を3人失い、3人も石化し、クラティスとキャスカだけが残ってほぼ壊滅する事になった。


 冒険者と言うのは、強さ、探求、栄光なのは皆が思っている事なのだが、死んでしまっては元も子もない。


 俺は、ゲーマーで、レイドダンジョンやボスなどを攻略する時は大体が先人達が何時間も掛けて攻略を見つけ出したのを模倣すると言うやり方だった、勿論、たまには攻略チームに入ったりして先人になろうともした事もあるが、それは死んでもリスクのない、ただのゲームだからだ。


 この生死と隣り合わせの世界で、先人になろうとする人間達が俺には理解出来ないと思っていた、しかし、地球でも世界地図を作ったり、宇宙へ行った先人達などはどんな思いだったのだろうか?ここの冒険者のように好奇心からの探求なのか、それとも栄光、名誉なのか。それは地球でも生死を掛けた冒険でありいろいろな人生を歩むのが人間なんだね、それはどっちの世界も一緒なんだろうなと結論に辿り着いた。


 まあ、それを考えたら、この世界に来てファンタジーな世界、ゲームや漫画などのような世界を巡ってみたいと思っているからね…俺も探求者って事だな。


「heyアラタ!おい、何ぼーっとしてるんだ?そろそろ行こうぜ!」


 フェルナンドがそう言って考え込んでた新に声を掛けてきた。


「あ…ああ、はい、そろそろ行きますか」


 俺はすくっと立ち上がり装備を整えた。


「くそっ…この腕じゃ、もう戦えやしない!有名になってやっと母ちゃんに恩返し出来ると思っていたのにさ…」


 そう愚痴をこぼしていたのは、腕を失ったジュデイトだった。


「ジュデイト…貴方、本当に頑張ったわよ、今までは武器と魔法の両方だったけど、これからは魔法に特化して頑張って行けばいいじゃない…」


 クラティスはそう言ってジュデイトを慰めていた。

 確か、ジュデイトは魔法戦士だったな…

 片方にはフレイルを持ち、もう片方の腕で魔法を放つ珍しく近距離も中距離も対応出来る職種だった。


「あたいは、クラティスみたいに魔力が大きいわけではない!だから、それを補うために武器を持ち、中級魔法をやっと3発は撃てるようになった所だったのに…くそっ!」

「ジュデイト…」


 ジュデイトの言葉に言い返せないクラティス。

 俺は、二人に近づいた。


「えっと…ジュデイトさん」

「ん?…アラタ…様」

「腕が治れば問題ありませんよね?」

「‥‥どういう意味ですか?」


 俺はマジックボックスから、あるポーションを取り出した。

 新が手に持っている瓶を二人は見た。

 その瓶には淡く銀色に輝くキラキラとした液体が入っている。

 二人にはそれが何か分からなかったが、リンがそれを見て口を開き呟いた。


「それ…エリクサー…?」


 すると、その呟きを聞いた者達がざわついてこちらを見た。

 そう、これはエリクサーだ、作り方を失った今の時代には、稀にダンジョンからドロップするだけの貴重な物だ。

 人魚族と作り方を知っている俺達は、これを定期的に貰っているので万が一のために新はマジックボックスへ貯め込んでいるのだ。


「エリクサーって…あの伝説の薬?」

「エリクサーって何?…」

「え?そんな物をどうして…」


 ディファレントアース以外はざわついている。


「さ、その腕を見せてください」


 新が近づくと半分もない腕をジュデイトは差し出す。


 俺は瓶の蓋を抜いて、肩から腕に半分の量をかけた。

 そして、半分残ったその瓶を飲むように指示した。

 ジュデイトはもう片方の手で瓶を持ち、一気にエリクサーを飲み干した。


「あああああ‥‥」


 ジュデイトは身体の変化を感じ、少し声が漏れた。手の甲にあった古傷がすっと消えていき、腕の切断部位が少し疼いた。


「無くなった腕、時間は掛かりますが、1日もあれば元通りになる思いますよ」

「え…本当にエリクサーなの…」


 ジュデイトは、自分の腕を見ながら茫然としていた。


「はい、本物です」


 俺は微笑んでそう答えた。


「アラタ様…、一体…貴方は何者なんですか?…」


 クラティスが驚いた様子で俺の顔を見てそう言った。


「うん?…クラティスさん、その説明は…また今度にしませんか?…今は、とりあえず地上に戻りましょうか」

「あ…そ…そうですね」


 そう、こんな所でゆっくりとしている暇はない。

 俺達はダンジョン攻略に来たわけではない、ホワイト・ワルキューレも3人は助ける事は出来なかったが、クラティスさん含む5人は助ける事が出来た。後は戻るだけだ。


 本当はシュクロスさんへこの事を早く伝えてあげたくて、遠距離念話で連絡を試みたのだが、ダンジョンの中では外の世界への通信は出来ないらしい…

 この中は次元が違うのか…本当に不思議な場所だな…いや生き物の中か?


 エリクサーを掛けて数分経ったジュデイトの顔色はさっきとは打って変わって、血色が良くなっていた。


「じゃあ、行きますかな?」

「はい、行きましょうか」


 バルゼスがそう言うと、クインが颯爽とセーフエリアの入り口を抜けて行った。

 皆それに続く。


 ◇


 皆ははクインの先導で進む。

 度々、魔物の襲撃に会うが、フェルナンド、カレン、クラウスが切り伏せて行く。


 殿しんがりはバルゼス率いる、グランアレグリアのメンバーが警戒している。

 たまにだが魔物が追いかけて来るも、新が武器に付与した超微振動バイブレーションの切れ味がとても気に入ったらしく、楽しむように屠っていた。


 クインは多少は迷いながらも、40階層へ向かっていた。


 どのくらい時間が経ったのだろうか。

 やっとの事で40階層への階段に辿り着く事が出来たのだった。


「ふう…やっと帰れそうだな」


 クラウスが汗を拭ってそう言った。


「ご苦労様、前衛の皆さま。私達なんて殆ど何もすることなく歩いていただけで、心苦しい限りですわ…」


 クラティスがそうクラウスへ労をねぎらう言葉を掛けた。


「いえいえ、クラティスさん、俺達は強い!ので大丈夫ですよ。ははははは」


 珍しくクラウスがドヤっていたので、少し俺は吹いてしまった。


「さ、階段を昇れば転送部屋ですよ。早く帰ってシュクロスさんを喜ばしましょう」


 俺はそう言って微笑み、クラティスさんや他のメンバーも頷いた。


 俺達は戻って来た。

 どのくらいこのダンジョンに籠っていたのだろう。

 多分、3日は経っているはずだ。

 一度も風呂に入ってないので、自分の匂いが気になった。


 そう思いながら階段を皆で駆け上がり、セーフエリアの転送部屋へ入った。


「この人数…、一気には魔法陣に乗れなそうですね、まず最初にクラティスさん達が戻ってください、俺達ディファレントアースは最後で良いので」

「はい、何事も気を使って頂き済みませんアラタ様…」

「いえいえ」


 魔法陣の中にホワイト・ワルキューレのメンバー5人が入ると光に包まれ転送去れて行った。


「アラタ殿、では、地上で待ってます」


 バルゼス率いるグランアレグリアのメンバーも魔法陣の上に乗った。

 同じように光に包まれ転送されていく。


「やっと、戻れるな!」

「ええ」


 フェルナンドが背伸びするような仕草で魔法陣に乗った。

 そして、ディファレントアース全員が魔法陣に乗り光に包まれた。


 入り口に戻ると、ホワイト・ワルキューレ、グランアレグリアの両メンバーが、俺達の帰りを待っていてくれた。


「ご苦労様でした、そして…有難うございました」


 ホワイト・ワルキューレのメンバーはそう言って深々と頭を俺達に下げた。


「本当にお疲れ様でした、アラタ殿。これから早速この事をシュクロス様へ報告に行きますがご一緒なさいますか?」


 バルゼスはそう言ってそわそわとしていた。

 よほど早く報告したいのだろう。

 しかし、その必要はないようだ。入り口の記録番がいる建物の先にシュクロスが立っていた。


「バルゼスさん、その必要はなさそうですよ」


 俺はそう言って入り口の方を見るような仕草をした。


「え?」


 そこにいる皆が入り口を見る。


「シュ…シュクロス様…」


 クラティスはそれを見て、一気に涙がこぼれ落ちた。

 よく見ると、遠目だったが明らかにクールな、あのシュクロスさんの目に涙が浮かんでいるのが見えた。


 皆は、記録番に帰還名簿の記録を済ませて、建物を出た。


 クラティスさんは早歩きでシュクロスさんのもとへ駆け寄り抱き着いた。

「こらこら、クラティス…人前だぞ…」

「シュクロス!」

「戻って来てくれて…ほ、本当に…よ‥良かった…」


 シュクロスの声は震えていた。


 シュクロスさんは、不死族なので沢山の生死を見てきたはずで。

 それで、感情をあまり表に出さなくなったのかと思っていたが、やはり元は人間だし、大事な人がいなくなるのは、慣れるものではないよね…


 俺も多分、グランドヒューマン化で、この後5000年は生きるのだろう…

 その間にどのくらいの大事な人を失っていくのだろうか?

 そう考えると、不死族が不憫に思えて来た。

 まあ、死のうと思えば死ねるのだろうけど、これだけ長くいろんな人に関わると、その逆もしかりで、シュクロスさんを大事に思っている人達も多いわけで…


 そんな事を考えていると、シュクロスさんが俺達に向かって深々と頭を下げた。


 新達は、シュクロスが頭を上げた時に、満面の微笑みを返した。






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