第98話 それから一年

 グランドヒューマン化して1年の時が経ち。

 新も瑞希も21歳を超え、この世界を満喫していた。


 新がこの世界に来て、たった1年半そこらで、オブリシア大陸は新しい時代を迎えていた。


 先ず、俺のクラン、ディファレントアースは最新の大型魔導自動車で、オブリシア大陸にある全ての国や町への人の行き来を可能にしていた。

 これには、各王国の王達も快く国交を受諾してくれた。


 イグルートの作った新型の大型魔導自動車、通称、魔導バス。

 これはジーウとイグルートが最新のエーテルリアクターを2機積んで馬力を上げた物で、30人は搭乗可能になっていた。


 バギーのように悪路にも耐える足回りに、大型の車体、時速は道が良ければ100キロは出せる仕様になっていて、バスは野盗に襲われた場合を考慮し、10人以上の冒険者が常時乗る事を前提とされていて、居ない場合は国の兵士が派遣される事になっていた。


 そして、運転手もAランク冒険者の資格を持つ者が走らせ、走らせるにはその者しか知らないパスワードが必要な仕組みになっており、毎回走らせる度に変わるワンタイムパスコード入力で、セキュリティも万全だった。


 バスをもっと効率良く速く走れるよう、道をなるだけ平らに整路する事を各国が約束してくれて、それはすでに国の兵士や雇われた冒険者によって整備されつつあった。


 クランディファレントアースの活躍は目覚ましく。

 円滑な国交を可能にしただけでは収まらず、新のパンケーキ店、【イセ・スイーツ】は各国の王都へ支店を出店し、所属のクランメンバーは、冒険者、工房も含めすでに約300人を抱えるほどになっていた。


 マイティの弟、マルク率いるクランの冒険者Bチームは、すぐにAランクパーティとなって、主要な依頼は新のAチームとマルクのBチームが主に熟していたのだが、依頼が追い付かず入隊募集を掛けた所、続々とディファレントアースに所属したいと言う冒険者が面接に来た、人柄などを重視し20名ほど入隊させたが、一旦募集を打ち切っていた。


 ディファレントアースの活躍の影響もあり、新が拠点にしているフェリオール王国は、この大陸で一番大きい北西のエイナムル王国に追いつかんばかりに人口が集まっていたのだった。


 ◇


 新は、フェリオール王国の王、アルメデオ・フォン・フェリオールに呼び出しを受けて、筆頭執事のパウロさんと迎えの王族専用の魔導車に乗っていた。


 この魔導自動車も、王様に無理に頼まれて作った物で、兵士が2人席の運転席と助手席に乗っていて、前部座席とは別れて後部座席は馬車の4人席個室のようになっていた。


「このアラタ様のクランの開発した魔導車は本当に良いですな、どんな仕組みなのか私には分かりかねすが…馬車のような振動や衝撃が全く感じられません、まるで浮いているような感覚ですな」


「うん、この国にもタイヤの素になるゴムの木があって良かったですよ、こっちではガムの木と言うらしいですけど…車輪の淵に付いているそれが、このクッションのように衝撃を和らげているんですよ、まあ、それだけではないんですけどね」


「ああ…あの樹液がねっとりとした木の事ですかな…あの木がその…タイヤと言う物になるとは…いやはや…、しかし、アラタ様、たった一年そこらでこの大陸の英雄になりましたな」


「ははは…まあ…」


 そう、この魔導車はアルメデオ王がどうしても作ってくれと懇願して作った特注品だ、装飾も豪華で車内も広い、まるで軍用車のような大きさにバギーの足回りが付いている、そして、イグルートが地球から持って来た本でタイヤの原料を調べ、それとほぼ一緒の素材ガムの木からゴムを作り出し、タイヤゴムにしたものだ。

 ゴムはいろいろな物に使えるので、更にこの世界での物作りは進歩しそうである。


「しかし…こうなると、アラタ様の所も1000人クランになるのは時間の問題でしょうな、ほほほほ」

「1000人ですか…そんな人数…俺は把握できませんよ…」

「あのマチルダ様のクラン【ルミナスローズ】はすでに1000人に達したそうですぞ?」

「え?そうなの?…へぇ…」


 マチルダさんやるなあ…

 そう言えば、同じ王都にいるのに会わなかったな…


「そう言えば、本日、マチルダ様も王城に呼ばれていましたので、時間が被れば会えるかも知れませんな」

「そうなんだ」


 そんな話をしながらフェリオール城へ着いた。


「アラターーーー!久しぶりなのだ!」


 中庭で魔導車を降りると、アンジェリアがダッシュで抱き着いて来た。


「アンジェ!久しぶり」

「もーーー、全然城に寄ってくれないんだから!」

「ごめんごめん、いろいろと忙しくてね」

「お姉ちゃんをいつまで待たす気なのだ?」

「え?エルティア姫?」


 ああ…そうだった。

 確か…前に、王から婿候補者に考えててくれと言われていたんだった…

 エルティア姫も、アラタさんならすぐにでも結婚したいって言ってるとパウロさんにも聞いてたね…

 いやいや…お姫様だぞ?俺なんか釣り合う訳ないだろう…超絶可愛いけど…

 いやいやいや…


「おい!アラタ!」


 モヤモヤと考えていると声を掛けられた。


「あ、マチルダさん」

「久しぶりだな、アラタ」


 相変わらず、褐色の肌が似合う姉御肌の女性、クラン、ルミナスローズマスター、ダークエルフのマチルダ・メルラートだった。


「お久しぶりですね、同じ王都にいるのに会わないものですね」

「まあ、お前もそうだろうが、私もクランが有名になればなるほど、隣国などからの依頼も増えるからな…今も、アルメデオ王にエイナムルまでの大事な品を持って行く依頼を頼まれた所だ」

「でも…さっきパウロさんに聞きましたけど、1000人もいるんですよね?クラン…」

「ああ…有能な人材とその家族の面倒を見たらな、いつの間にかってやつだ…でも、王からの依頼は私とその側近しかやらないよ、信用が第一だから気を使うのさ」

「なるほど…」

「ま、急ぐんでまたな!ああ、お前のクランが作ったあの魔導バス、アレのお陰で、移動が楽になったし、依頼も迅速に済みそうだ、もっと台数増やして便数を増やしてくれよ、じゃあな!」


 そう言って後ろ姿で手を振って行ってしまった。


 パウロさんと、アンジェに連れられ、俺は王の間へ案内された。

 謁見ではないのでそこまで広くはない部屋に、アルメデオ王とサレーシャ王妃、エルティア姫もいた。


「む、アラタ来たか来たか!」

「王様、お久しぶりです」

「うむ、お前のクランのメンバーと面会するのは、あのドワーフ親子の顔ばかりで、もう飽きたわい…ってのは冗談だが、そろそろお前のクランもメンバーが増えて手狭になって来ただろう、この際だ、エルと結婚して城下に住まないか?」


 アルメデオ王は新にニヤニヤとしながらそう言った。


「えっと…俺…冒険とか行きますから長期間帰って来なかったりもしますし…結婚とかはまだ…」

「だーーー!わかっとるよ、それも冗談で突っ込んで見たかっただけだ、わっはっは、だが…儂は本気だからな、ちゃんと前向きに考えるのを忘れてはならんよ」

「はあ…」

「だが、アラタのこの国に対しての功績を称えるために、こうやって呼んだのだ」

「と、言いますと?」


 アルメデオ王は、椅子にどすっと座った。


「この国は今、過去に例を見ないくらいの速度で発展していっておる、国交も魔導自動車のお陰でスムーズになり、人口なども前の1.5倍以上に膨れ上がり、エイナムル王国に引けを取らないくらいの国になりそうだわい、それもこれも、お主、アラタの功績のお陰であろう…、それだけではない、ヴェルダシュラム公国の戦争を止め、スタンピードを制止したのもお前だ」


 その言葉に続いて、サレーシャ王妃が口を開いた。


「そう、それとね、貴方のお陰でこの国の女性達から他の国や町へ、髪も肌も綺麗になっていったわ、今では遠いエイナムル王国の貴族の女性達が貴方のクランの化粧品とシャンリンを求め、新作が出た場合に備えてこちらに別荘まで作る人達だっているわ、今やフェリオール王国は美の発信地になっているのよ」

「うむ、人間が増えれば、その分税収もあがる、この国はもっと強く発展していくのだ!そこでだ…」


 アルメデオ王はそこまで言って少し言葉を溜めた。


 なんだろう…まさか、エルティア姫と結婚して王子になれって事かな?…

 ゴクリと生唾を飲む新。


「アラタに、クラン全員住めるような土地を与えようと思ってな!」

「え…」


 少しほっとした自分がいた。

 ん?土地って言ったよね今…


「土地…ですか?」

「うむ、このフェリオール王国の中ならどこでも構わんぞ?ただ、これから先の事を考えて1000人が収まるような土地となると今から増築する王都郊外しかないが…、少し主要の場所から外れるが…お前ならあのゲート魔法ですぐに移動出来るからな?」


 確かに、ゲート魔法があれば場所なんて何処でも良いし。

 実は、すでにメインのメンバー達は勿論の事、スイーツ店のミーナさん、シルビアさんや、工房のドワーフ親子、Bチーム冒険者までゲート魔法は習得していた、それはグランドヒューマン化に伴い、魔力、記憶力などが飛躍的に身体能力が上がり、それを理解しイメージする事が出来たためだ。


 それ以外のメンバーは、そういう訳には行かないけど、専用のバスを使う方法などでどうにかなるだろう。


「本当にそんな土地を頂けるのですか?」

「うむ、勿論、今のクランハウスはそのままで結構だ、南の郊外にするか?それとも北の…」

「いえ、英雄の祠を含めて、あの一帯を貰えませんか?」

「英雄の祠と言うと、あのホルンの少し南か?」


 アルメデオ王とサーシャ王妃はきょとんとして顔を見合わせていた。


「確かにわが国にとって、あの祠は大事な物だが…あんな辺境な所に土地を持ちたいと?」

「はい、あの祠は俺に管理させて貰えませんか?あの辺は魔物も弱いのしかいないし、住まいを作るのには丁度良いので」

「ふむ…まあ、あの辺なら工房が広く使えそうだから大量生産も出来よう、騒音も気にはならんしな…、本当にあんな辺境で良いのか?」

「はい、南に行けば海の町ヘレスティアもありますし、西には俺の母のいるエルファシルもあります、それと、英雄の祠は…何というか守って行きたいと言いますか…」


 アルメデオ王とサレーシャ王妃はまた顔を見合わせて頷いた。


「わかった!あの辺一帯をアラタの領土とさせよう、詳細は後からパウロに言っておくとして…そのままで良いから、エルを…」

「こほん!あなた?」

「むむ?」


 すると、サレーシャ王妃はアルメデオ王に咳払いをし、新に聞こえないよう耳打ちして内緒話を始めた。


「あなた、まずはこの国にアラタを定住させて、その事はそれからで良いじゃない、そうでもしておかないと、他の国に行ってしまったらどうするの?手出しすら出来なくなるわ、あの子はこれからもいろんな発明をする、上質な化粧品とか魔導機械も…ここはじっくりと攻めて、エルとの時間も作る機会もそれから狙うのです」

「サレーシャお前…新しい化粧品が狙いなんじゃないのか?…でも、そうだな…そ、そうしよう…」


 コソコソ話を止めて俺の方を見た。


「ごほん、うむ、ではホルン南にクラン、ディファレントアースの居住地を建設する用意を明日からでも始めよう、それから、今のクランハウスはあのまま使うと良い」

「はい、有難うございます!」


 会談が終わり、部屋の外に出るとエルティア姫が追っかけて来た。


「アラタさん!」

「エルティア姫…」

「あの…冒険頑張ってください…」

「あ…有難う」

「いろんな人と会わされましたが、私やっぱりアラタさんが良いです…私、待ちます!それだけ言いたかっただけです…では…」


 少し顔を赤くしたエルティアはそう言って走って行ってしまった…

 それを見送って出口の方へ振り向くと、そこにはパウロさんが立っていた。


「ほっほっほっほ」

「はあ…」


 俺は少し浅い溜息をついて、パウロさんと城の出口へ向かった。

 そして、パウロさんに挨拶してゲート魔法を展開した。


 ◇


 クランハウスに戻って、早速、スイーツ店総支配人のミーナさんへ声をかけて、この事を語った。


「って事です」

「凄いではありませんか?王国から公認で土地を頂けるなんて!」

「うん、それは良いんだけどね…」

「え?まだ何かありました?」

「い、いや、何でもない…」


 俺は少しエルティアの最後の顔が浮かんだが打ち消してそう言った。


「実は、私の知り合いの従妹が西の国、アグニア共和国で農業をしていて、今年は不作で土地を手放さなければならなかったようで、途方に暮れているって話を聞いたんです」

「農業ですかあ?」

「はい、そこで今回アラタさんのクランに迎え入れ、地球からの仕入れの中で、こちらで栽培出来るものはこの世界で作ってはみませんか?マジックボックスがあるとは言え、アラタさんが冒険に行って何かあってしまったら…そんな事はないと思いますが、地球の素材を極力使わずに自給自足させるのはどうでしょうか?」


 なるほど。

 流石、商売人…そうなれば俺が地球に行く回数も減って楽になるな。

 まあ、今回からその地球への祠も敷地内に取り入れるわけだが…それは一理あるな。


「そうですね、ミーナさん、それも含めて全員と会議をしたいから、夜にでもコアメンバーを集めてくれる?」

「はい、畏まりましたわ」


 そう言って微笑んだミーナさんは仕事に戻って行った。

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