第97話 クランのために

 俺達は、ワクチの店からクランハウスに戻って、皆にグランドヒューマン化について説明をした。

 皆、それを受け入れてくれたので、イセ・スイーツは店休日にして、エルファシルへ向かった。


 話をして、ここに連れてきたのは、勿論、古参クランメンバーで信頼の出来る人達だけだ。

 従業員の子供達にはまだこの話は早いし、いきなり同級生が10倍の力を出したら隠しようもないので、大人になるまでそれは子供にも内緒にする事にした。


 エルファシルの宮殿前に大勢で転移してくると、エルファシルの兵士はすぐに人数を確認して俺達を宮殿内に入れてくれた。


 大きな広間へ通され、そこにはすでに人数分の椅子とそれに見合ったテーブルが置かれていた。


 事前に念話で母さんに伝えてあったので、エルフ兵士も執事達も用意周到だった。

 その椅子に俺達一行は腰かけた。


 すると、エルフの王族親衛隊達が13名、部屋の周りに武器も持たず綺麗に整列し、人魚族クレンシアの母アクアシアとその側近数人の人魚族達も余っていた椅子に座った。


 何度かここに来た時に見た事があるが、王族親衛隊は、他の門などの兵士とは少し違う服を鎧の上から羽織っていた。


「アラタ、それからディファレントアースのメンバーの皆様、お待ちしておりました」


 兵士が並び終わった瞬間、エウロラはそう口を開いた。

 皆、その言葉に会釈する者や、頷く者もいた。


「知っている方もいらっしゃいますでしょうが、わたくしがヘイムベーラ大森林、エルファシルのエルフ長、そして…アラタの母で、エウロラ・アスナールと申します、お見知りおきを」


 皆、また頷いた。


「今回、アーティファクトを使用しての人体強化、グランドヒューマン化を行うことについて、少しお話をさせて頂きます、アラタもこちらに」

「え?ああ…はい」


 俺は席を立ち、母の隣へ移動した。


「信頼置けるメンバーの皆さん、今回アラタのお陰で、強い力と寿命を手に入れる事が出来る事になりますが、これは非常に危ない力…そこで、アラタが呪術で口封じを後に行いますが、何らかの形でバレたり、裏切り者が出るとも限りません、なので、一応言って置きます…もし、裏切りなどあった場合、抹殺指令を即出しますのでそのつもりで」


 御意!!!!!!


 エルフの兵士達がそう言葉を揃えて叫んだ。

 その後に、そこにいるクランメンバーや人魚達も、分かりましたと頷いた。


「アラタ、では、人数も多いので、最初にディファレントアースとマーマン《人魚男》男性達から入って」

「うん」

「それから、ディファレントアースの女性諸君と人魚達、その後に、我が兵士達の順で入って貰います」


 御意!!!!


 と、アーティファクトの温泉に浸かる順番はそう決まり、エルファシル宮殿内の来客用の部屋へ案内される事になり、今日一日は宿泊する事となった。


 ◇


 部屋には親父が地球から持って来た浴衣を複製して作った緑を基調とした浴衣が人数分置いてあり、皆、俺の指示で着替える事にした。


 そして俺達、ディファレントアースの男性陣が先に入れとの事なので、部屋について間もなく温泉のある場所へ皆で移動した。


 かぽーーーーーーん…


 ここは相変わらず、日本の温泉銭湯を思い出させる場所だった。


「アラタ…あそこ扉なんてあったか?」

「ん?」


 クラウスがそう言って指を差した場所、それは、前に来た時女性陣に背を向けて見つめていた壁だった。

 そこに、前は無かった扉が付いていた。


 あれは…まさか…

 俺とクラウスはその扉に近づき扉を開けてみた。


「やはり…」

「アラタ、この部屋なんだ?やけにむしむしするな…」

「ああ、これはサウナと言ってな…」


 何だ何だ?と皆、俺とクラウスに近づいて扉の中を覗きに来ていた。

 サウナについて皆に説明すると、皆、不思議そうな顔をして聞いていたが、今は、ゆっくりする事は出来ないのでそれ以上詳しく説明はしなかった。


 よく見ると、温泉の近くに小さな囲いがあり水風呂まで作ってあった。


 なんか…

 どんどん快適になって行ってないか…ここの温泉…


 そう言えば、母さんに日本の温泉の事についてもっと知りたいからと前に来た時に、【日本の銭湯、温泉さんぽ旅】って本を渡してあったんだ…それを参考にしたんだろうな。


「お前ら、後ろがつっかえてんだ、サウナは良いからさっさと入るぞ、今日は男同士だし、この浴衣脱いで入ろうぜ!」


 そうフェルナンドが言って、皆、浴衣を脱衣所に置きに行ってから温泉に浸かった。


「うおおおおお…なんじゃこれは」

「うわあ、力が漲って来る…」

「凄い…凄い、この力…今ならあのケルピーなど…」


 クランのBチームマルク達や工房のイグルート親子、人魚族の男、マーマン2人もグランドヒューマン化していくのを肌で感じているようだった。


「おおおお、これはこれは…素晴らしい物じゃな、分解してどういう仕組みなのか見てみたい物じゃなあ」

「イグ、絶対ダメだからね」

「わかっておるわい…しかし、たしかに寿命が延びたがわかるわい」

「そんなの分かるの?」

「ほれ、エグバートの顔のシワが少しへってると思わぬか?」


新は、イグルートの長男、エグバートの顔をまじまじと見た。


「そお?…」

「儂もさっきから自分の顔を触って見たんじゃが、深かったシワが薄くなったような気がするわい」


 え…変わった?…てか、あんまりよく見た事ないからシワなんて分からないよ…

 それに、ほとんど髭だし、頬のほうれい線も見えないじゃないか…


「そもそもイグって何歳なの?」

「ぬ…儂か?たしか…300までは数えていたんじゃがな…それから100年は経っておるのかの?」


 確か、ドワーフってエルフとまではいかないけど、近いくらいの寿命って聞いたから400歳だったとすると、人間で言えば50歳~60歳あたりだろうか…

 って事は…イグの息子達、そこのオグート、エグバートも大体そのくらいなのだろう…ドワーフは全ておっさんに見えるなあ…言えないけど…


 そんな事を思いながら、湯に浸かり1時間あっと言う間に時は過ぎ。

 俺達は身体を洗って部屋へ戻り、瑞希達へ順番をまわした。


 ◇


 ディファレントアース女性陣と人魚族マーメイド、アクアシア含め4人を含む数人が温泉へ入った。


「うわあ…これがアーティファクトの力なのね…」

「気持ちいい~」

「温泉って気持ちいいね~うふ」


 瑞希は温泉に浸かった女性達の表情を見て笑みを浮かべ、クレンシア達人魚を見た。

 人魚族達は気を許したかのように、美しい鱗のある下半身を見せていた。


「クレンシア」

「あ、お母様」

「貴方のお陰でこうやって平和に暮らす事が出来て、こんな力まで身につける事が出来ました…本当に有難う…まさか陸の上がこんなに平和だなんて思いもしませんでしたわ…」

「はい、…でも、運が良かっただけかもしれないし…最初にあの場所でミズキさん、アラタさんが私を見つけてくれなかったらどうなっていたか…」


 瑞希はクレンシアとアクアシアが入浴している場所へ近づき声を掛けた。


「ううん、クレンシア…アクアシアさん…よくわからないけど…運も実力のうち、私だってあっちの世界でいろいろとあったけど、新の部屋にあの時料理を作りに行ってなかったら、この世界の事も知る事はなかったわけだし…こうやって空想の世界だと思っていた人魚達と温泉に入浴しているなんてねぇ、あははは…これがこうなる運命だったって思わないと…ね」

「そうですね、死んでしまっていたらこう思う事すらできませんものね、んふふふ」

「ミズキちゃん…そうですね、あの時ケルピーに殺されていたとしてもそれは運命…こうやって思い切って陸に上がって今を生きているのも、その時の選択を選んだ違う運命を掴んだ私達の運命ですね」


 クレンシアとアクアシアは、瑞希ににっこりと笑いそう言った。

 それに対し瑞希も二人に微笑み返した時、マイティ、レベッカも加わり、人魚族の下半身について雑談が始まったのだった。


 ◇


 新は部屋で皆がグランドヒューマン化して帰って来た人達へ、口封じの呪術をかけていた、そしてその口封じは、新とその母エウロラ、妹のヴィクトリアを除いていた。


 ハイエルフの血は、アーティファクトを起動させる事が出来る。

 その事について、新はエウロラとヴィクトリアと前に語っていた。


 エウロラも自分達の血筋がマジックスクロールやスキルスクロール作成を出来たり、特別な古代ルーン魔法を操れる事は知っていたが、新がアーティファクトを持ち帰り、シュクロスと言う不死族からの知識でハイエルフの血は貴重で、危険であると認識したからである。


 エウロラは、精霊の国エルファシルで、沢山の秘密と共に、ただでさえ長い寿命のハイエルフ、更に約10倍も延び、この事を家族で守って行く事を誓い、新とヴィクトリアにもそれを誓わせていたのだった。


 ◇


 グランドヒューマン化した人達への口封じを終えた新は、メンバーをクランへ帰し、1人エルファシルに残っていた。


「ふう、これで終いっと」


 新は皆を帰し、エウロラとヴィクトリアの仕事部屋へ戻り、ソファへ腰かけそう言った。


「ご苦労様、アラタお兄様」

「うん」


 ヴィクトリアはスクロール作成の手を止め、微笑んでそう言った。


「ご苦労様、アラタ、冷たいお茶でも飲む?」

「うん、さっき温泉入ったのに汗かいちゃったよ…呪術紋を失敗すると人格がおかしくなるとか言うから、紋をミスらないように必死さ…」

「これ飲んだらもう一度、温泉に入ってらっしゃい」

「そうする…」


 エウロラは氷魔法で冷やしたお茶を、新の前へ運んで来た。

 そして新の隣へ腰かけた。


「さて…アラタ」


 冷たいお茶を飲んでいる新へ、エウロラは掌を出して見せた。


「え…何?」

「そのアーティファクトは、私が、保管します!」

「え?なんで?」

「貴方が持っているのは危険すぎます!すぐに人を信用するし、それにアラタ、貴方はこれからもこの世界を冒険したいのでしょう?」

「う…うん、まあ…」

「だったら尚更、貸しなさい!…仮にマジックボックスの中に入れたまま死んでしまったら、永久にそれは異次元の中よ、強くなったからって言っても不死身になったわけではないのよ!」


 そう言ってエウロラはさっさと出せと言わんばかりに掌を何度も新へ差し出していた。


「わかったよ…」


 新は渋々とグランドヒューマン化アーティファクトをマジックボックスから取り出し、エウロラへ渡した。


「よろしい!これでハイエルフの血は安泰!わたくしも若返った事ですし、血を増やす努力も考えましょうかね、何処かにわたくしの目に叶う男はいませんでしょうかねぇ」

「ええええ?…」

「アラタその反応は何?」

「い…いえ…」


 えーーーーー…

 まさか、俺に更に兄弟出来るの?…

 勘弁してよ…っていったいエルフって何歳まで子作り出来るのだろうか…

 ハイエルフって元々、エルフより1.5倍も寿命あるんでしょ?

 ってことは…ヴィクトリアでさえ、後1万年は確実に生きるんじゃないのこれ…俺より長生きだね…それは…


 兎にも角にも、これでこの国も安泰だし。

 俺のクランも末永く安泰だな…うん。










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