第96話 呪術を求めて2

 ゴクリ…


 ワクチの生唾を飲む音が聞こえた。


「ふー、ふー…」

「え?」


 鼻息が聞こえるかと思ったら、近くにいたクインがよだれを垂らして鼻を鳴らしていた。


「クイン…よだれが垂れてるよ…」

「ふむ…今まで食べたどんなお菓子よりも、我の嗅覚を刺激しておる…」


 クインも犬の妖精だし、嗅覚は相当いいのだろう。

 このふわりと香る和栗の匂いが、相当効いているようだった。


「美味しそう~…い、いや~、こんな物に騙されないわよ~」

「あ、美味しく食べられる時間が無くなるので仕舞いますね」

「え?あああ…」


 俺がマジックボックスにモンブランケーキを仕舞うと、名残惜しそうにワクチはそう声を漏らした。


「じゃあ、出会った記念にこれをあげますね」


 そう言って新は、マジックボックスに手を突っ込み、レアチーズケーキを出した。


「お、くんくん…これも良い香りがする」

「これも凄く美味しいお菓子ですが、さっきのはこの倍…いや、もっと美味しい物ですよ、俺達でさえあまり口に出来ないのですから」


 テーブルにそれを置いて、フォークも出して置いた。


「これは~…食べても?」

「どうぞ」


 ワクチはフォークを手に取り、レアチーズケーキの先端に刺した。


「あ!…柔らか~い…」


 フォークに乗せたケーキを口に運んだ。


「!?」


 ワクチは口にレアチーズケーキを入れた瞬間、目を大きく見開いた。

 意識が遠のくほどの衝撃を受けたのだった。


 ワクチは少し身震いした。

 今まで食べたことのない甘味…

 口の中に入れた瞬間、フワッととろけて舌の甘味細胞を捕らわれて行く感覚。

 丸裸にされるような感覚が全身を走っていた。


「美味しい~…う~ん…美味しすぎます~」


 ワクチはほっぺに手を添えてそう言った。

 新はニヤリと笑みを浮かべた。

 この世界にチーズに近い物は存在はしている、だが、生クリームやヨーグルトなどの加工品はないし、そもそも砂糖がオブリシア大陸でも高価だったわけで。

 俺と接触した人でない限りこれは味わえない物だろう。


「ねえ、新、あのレアチーズケーキもあそこで買ったの?」

「いや?あれは、業務用スーパーで買った普通に売っているやつだよ、みんなで食べようとホールで買って8当分に切っておいたやつ」

「え…まじ?あの表情みると、凄く美味しそうよね…」


 そう瑞希と耳打ち話している間、ワクチは最初の一口を堪能していた。


「どうですか?」

「はっ!こ、こほん…ま、まあまあの味ね~これでは、呪術と引き換えには出来ないわ~」

「そうですか…」


 新がそう言うと、フェルナンドが俺にヒソヒソと耳打ちして来た。

 一言、新へ何かを伝え後ろに下がった。


「仕方ありません…他の呪術師を当たって見ますので…」

「え?は?…」


 新は、フェルナンドに言われた通り、一度諦めた風な事を言って席を立ってみようとすると、ワクチは驚き焦りだした。


「え?それでは、呪術と駆け引きにもならないのですよね?」

「あ、いや~…どうしましょ~…ん~…ん~」


 ワクチは困った顔をして考えている。

 俺達は席を立ち部屋から出ようとした時。


「ま…待って~!」


 落ちたな…

 皆、後ろ向きで笑みを浮かべていた。


 俺は振り返り。

「ん?ワクチさんどうしました?」

「え…えっと~、と、取引しましょ~」

「取引?」

「そ~です、全てを教える事は出来ませんが~…貴方のそのお菓子を幾つか貰う度に、一つずつ呪術を教えて行くって事でどう~?勿論~…下級の呪術からですが~…」


 確かに、別に呪術の全て習いたいわけではなく。

 俺は、一つの約束事を守って貰いたいだけだから、それさえ出来れば問題ない。

 俺はフェルナンドさんと目を合わした。


 フェルナンドさんは、お前が決めればいいんじゃないかと言わんばかりのジェスチャーをした。


「じゃあ、それで手を打ちましょう」

「やった~!!あ…いえ…こほん、失礼~…」


 ワクチは一瞬ガッツポーズをしたがすぐに、その手を降ろして平然を装った。


「私も~良い取引が出来たと思いますが~…秘密を守りたいとの事でしたわね~?」

「はい、秘密を一つだけ、仲間の皆に守らせたいだけなので」

「良いでしょう~!幸い、秘密を喋れなくする呪術は基本中の基本だし~じゃあ、さっきの木の実のお菓子で、その術式を貴方…えっと、アラタでしたわね~、貴方一人にお教えしましょう~」

「はい」

「こちらの部屋に来てください~」


 フェルナンド、瑞希が、やったなって顔で新を見た。

 俺は、頷いて奥の部屋へワクチと移動するのだった。


 ◇


 ワクチは部屋に入ると早速、俺に呪術を軽く教えてくれた。


 呪術とは、魔法陣のような物を、肉体に直接描いて魂に書き込むか、紙のような物に書いてそれを魔力で発動させて刷り込む2種類があるのだと言う。

 紙で刷り込む物は使い魔などにする時に使う呪術札がその例なのだろう。


 俺に教えてくれた呪術は、一つの物事を言おうとすると喋れなくする物だった。

 少し複雑な魔法陣を紙に書いて見せてくれた。


「これが口封じの呪術紋です~、と言ってもこれを発動させた後に言う物事一つだけを喋れなくすると言う簡単な物だけど~」

「呪術紋って言うんですね?」

「そうよ、呪術師は~、いろんな呪術紋の術式で相手の魂に刻み込むのよ~、んふふ、あ、でも正確に描かないと人格を破壊しかねないから注意してね」

「なるほど…正確にね…」


 俺は、その魔法陣に似ている、呪術紋をしっかりと記憶した。


「ワクチさん、呪術ってもっと危ない術もあるんですよね?」

「う~ん、確かにあるにはあるけど~大抵の術はかけられる本人の意思が受け入れる体制じゃないと時間もかかるし~…自殺しなさいなんて言っても受け入れないでしょ?人格を強制する術はあるけど飛んでもない術式の紋と時間が必要なんですよ~」

「へえ…なるほど」


 そりゃそうだよね。

 じゃないと大変な事になるもんね…


「で、これって解除はどうするんです?」

「同じ紋様を描いて解除を受け入れてもらうだけ~、で~、それよりさ~…んふふ」


 ワクチは目をキラキラさせて俺を見ている。

 俺は、マジックボックスから、さっき出した限定食の最高級モンブランを出した。


 ワクチはそれを手に取り、匂いを嗅いで涎を垂らしている。

 凄く嬉しそうだ。


 そして、待ちきれなかったのだろうか、二口でそれを食べ切ってしまった。


「うんま~~~~い~~~、こんな物が世の中に存在していたとは~~!さっきのも美味しかったけど~、この使われている木の実が最高級だし~、それを完璧に調理された物を使われているのはエルフなら分からないはずはありません!~」

「そ…そう…それは良かった…ははは」


 俺も後からアレを食べよう…

 あんなに美味そうな顔を見せられたら、こっちも食べたくなるよ…

 後、2個しかないし、こっそり一人の時にでも…


 ◇


 俺は、その個室を出て先程覚えた呪術を一人づつ掛ける事にした。

 最初にクラウスへ呪術を掛けた。


 魔力で呪術紋を首の後ろ、項の所に描くとうっすらと描いた紋が皮膚に浮き出ていた、ワクチがそれを見て完璧ですって言わんばかりのジェスチャーをしていた。


「グランドヒューマンに関する考えを他言しないように」

「わかった」


 ワクチはそれを聞いていたが、何の事なのかも理解していないので別に気にもしていないようだった。

 クラウスの意志がそれを受け入れたため、呪術紋がすっと身体に吸い込まれるように消えて行った。


 クラウスは試しに、グランドヒューマンに関する事を考えて口を開こうとしたが声が出なかった。


「声がでなくなるのか…これが呪術…」


 俺は、皆に同じように呪術を付与した。


 ◇


 初級の口封じ呪術を覚えた新はワクチにお礼を言って、ワクチの店を皆で出た。

 ワクチは、いつでもここに来てと言っていたが、呪術で他にする事はないだろうと思いながらそこを後にした。


 人気のない所で、ゲート魔法を展開しクランハウスへ戻ることにした。


 そして、マルク率いるBチーム冒険者達、クランハウスのスイーツ店、クラン工房の従業員達に俺は説明する事にして閉店後、子供を除いた信頼できる古参メンバーだけをクランハウスの事務所に集めた。


「皆、こうやって集まるのは久しぶりだね」


 俺は最初にそう発言した。


「アラタさんが皆を集めるって事は重要な何かって事ですか?」


 本店を任せているミーナさんがそう言った。


「うん、俺がこの事を言った後、それをするしないに関わらず、口封じの呪術を受けて貰う事になると思うんだけど…それでも聞きたい者だけでいい」


 皆、きょとんとした顔をしながら、周りを見渡していたがすぐにイグルートが口を開いた。


「なんじゃい、どうせアラタ殿の事じゃから、我らにプラスになる事であろうよ」

「そうね、アラタさんはいつも規格外な事しか言わないので、もう慣れましたけど…悪い話を持って来る人ではないでしょうし」


 イグルートの後に、ミーナさんがそう答えた。


「そうね、マスターの話聞きたい」

「うん、俺達も聞きたい」


 各々がほとんど聞くと言う意見だった。


「皆、有難う、じゃあ言うね、実は…」


 俺は、グランドヒューマン化に関する事を話した。


「アラタ殿、それは願ったりもない案件じゃが…この老いぼれを更に働かす気なのか?」

「イグ…やっぱ嫌だった?」

「いや…逆じゃよ、まだまだ、アラタ殿の世界の化学と言う物の研究が長く出来ると思うとワクワクするわい!ほほほほ」


 イグルートはそう言って長い髭を撫でた。

 オグート、エグバートも同じ意見だと髭を撫でていた。


「私達もその意見には賛成です、強くなれる上に寿命も延びるのなら断る理由も見つかりませんし…ねえ、シルビア」

「そうね、ミーナ、私も賛成、ただ…長生きしている人間をそのうち他のママ友が不思議がらないかしら?」

「アラタさんみたいなハーフエルフもいるのよ?そうなった時は、実はエルフの血が入ってました~で大丈夫じゃない?」

「それもそうね、うふふふ」


 新はその言葉を聞いて苦笑いしていた。


「アラタさん!僕達はすぐにでも強くなりたい!皆、賛成です!」


 冒険者Bチームを任せているマルクがそう言った。


「じゃあ、皆、賛成って事で良いかな?」

「「「「「はい!」」」」」


 皆、大きくそう言って頷いて、この会議を終えたのだった。



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後書き。


ファンの皆様には更新をお待たせして申し訳ありませんでした。

近況ノートにも書きましたが、ここでもと思い書きます。

多趣味な私なのですが、やりたい事も沢山詰まっており、暫くゆっくりと考え、更新していこうと思っております。

更に更新が遅れる場合があるとは思いますが…、皆様の期待に応えるよう面白い展開を感性を磨きつつ書いて行きたいと思っておりますので、更なる応援を宜しくお願い致します。

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