第92話 ハイエリクサー

 人魚族クレンシアの母、アクアシアが扉から入って来た。


「あら?…、アラタ様…、悪魔の血が手に入ったのですね…、っひい!」


 アクアシアは新を見てそう言ったが、そのまま周りを見て、少し驚いた。

 その目の先を見ると、バランガだった。


 魔人族を見るのは、母も含めてここの人達は初めてだ。

 3人とも一応服は着ている、サキュバス種のサキベルはまだ亜人ぽいが、グラベルドは背中に黒い羽根が生えている、そして、バランガは大きな体にヒキガエルの形相だ、合う服がないため自前の毛皮の服を着ている、座っている椅子もギシギシと少し動く度に、軋み音が鳴っている。


「ああ…、アクアシアさん安心してください、この方達が悪魔族の血を引く魔人族さん達です、今回のハイエリクサーを作るのに強力してくれますので」

「ああ…、はい…」


 俺は咄嗟にそう言って安心させた。

 俺達も魔人族の里を訪れた時は、化け物みたいな魔人族も見かけたので、その気持ちはわかる…、そう考えると母さんは肝が据わっているんだなと思った。

 最初に彼らを見た時も、別に変に動じてなかったし、逆にその気配で妖精達が騒いでいると叱られたしな…


「アクアシア、その空いている席へどうぞ」

「はい、エウロラ様」


 アクアシアは空いていた椅子へ座った。


「アクアシアさん、悪魔族の血なんですが、必要になる量を俺、聞いてなかったんですが?」

「それが…、私も作った事はないのでわかりませんが…、作りながら錬成すれば大体は分かると思います」

「なるほど、じゃあ、早速お願いしたいのですが」

「分かりました、それでは始めましょう、まずハイポーションは持っていますか?」

「はい」


 新は、マジックボックスから、レベッカが錬成して作ったハイポーションを取り出した。


「これは…、立派なハイポーションですね」

「はい、レベッカはもうこの大陸…、いえ、この世界で並ぶ者がいないくらいのヒーラーなので」


 ハイポーションを手に取って、蓋を外し覗き込んだアクアシアがそう言って、俺はドヤ顔でそう答えた。


 人魚族は生まれつき、小さなマジックボックススキルを持っている。

 そこから、ボウルを取り出してテーブルに置いた。

 そして、ハイポーションをそのボウルに移し替え、更にマジックボックスから何かを取り出した。


「これが、抜け落ちた人魚族の鱗です、これをこの中へ」


 アクアシアはその鱗を適当に割ってボウルの中へ入れていく。

 次に、ナイフを取り出し、小指の先を少し切った。

 血が数滴ハイポーションの中へ落ちて滲でいく。


「これでエリクサーの素材は入りました、後は…」

「サキベルさん、俺とアクアシアさんの前まで出て来てもらっても良いですか?」

「わかった」


 新とサキベルは、アクアシアの前まで移動した。

 俺はその製法に興味があるため、サキベルと近くで見ていた。


「では、錬成しながら貴方の血を、混合していくのでお願いします」

「うむ」


 アクアシアはナイフをサキベルへ渡した。


「では、まずエリクサーを錬成調合します」


 アクアシアは、魔力でそのボウルに入っている素材を錬成し始めた。

 俺はボウルの中を覗いていた。

 淡く光を帯びたハイポーションと人魚族の血が、混ざり合い、魔力で鱗の破片がそれに溶けていく。

 その液体は銀色に輝き綺麗だった。


「はい、ここで錬成を完了すれば最高級回復薬エリクサーの完成です、次はサキベルさんでしたかね?貴方の血をここへ」

「うむ」


 サキベルは指を少し切ってそのボウルの中へ数滴落としていく。

 すると、淡かった光が強くなり、金色に輝きだす。


「おおお…」

「なんだなんだ…」


 俺もサキベルさんも、そう言葉を漏らして、その輝きに目を丸くした。


「サキベルさん、もう大丈夫です」


 アクアシアはそう言い、俺はサキベルにティッシュを渡して指を止血した。


「人魚族の鱗を媒体として、生命神加護の聖水と、細胞再生させる人魚族の血、魂蒐集する悪魔族の血を錬成し、ここに特級高級薬ハイエリクサーが完成しました」


 そうアクアシアは言った。


「これが…、ハイエリクサー…」

「よく分からないが…、凄い物があたいの血で出来たのか?…」


 新が目を輝かせていた隣で、サキベルは首を傾げてそう言った。

 アクアシアはボウルの中の金色に輝く液体を瓶に詰め変えていた。


「ふう…、この蓋を閉めて完成です…、結構魔力を消費しました…」

「アクアシア、ご苦労様です、少し休憩すると良いですよ」


 アクアシアは、ハイエリクサー作成にかなりの魔力を使ったようで、額の汗がそれを物語っていた。

 母エウロラは、アクアシアさんを椅子に座らせて、汗を拭くためのハンカチを渡していた。


「エウロラ様、アラタ様、大体のレシピは分かりました、後は、ハイエルフであるお二人なら、材料さえあれば容易に作成する事も出来ましょう、後から分量などをメモに書き記しますので」

「ありがとう、アクアシア」

「本当に有難うございます、アクアシアさん」

「いえ、これは、私達からの恩返しでもありますので、お気になさらないでください」


 俺はテーブルに置いてある、出来上がったばかりのハイエリクサーを手に取った。

 これがあれば、50日以内に死んだ者を蘇生する事が出来る、勿論、それには細胞片が少しでもなければ出来ない事だが、エイナムル第一王子ウェズの肉体は、クシーリが冷凍保存させているはずだ。


「母さん、俺、急いでエイナムル王子を蘇生させに行ってきますので、後はお願いします」

「はい、それが終わったら一度、戻ってきてくださいね」

「わかった」


 俺がマジックボックスへ、ハイエリクサーを仕舞った時、サキベルが詰め寄って来た。


「おい!アラタ、今作った薬は蘇生薬だと言うじゃないか!」

「え…、はい…」


 どうやら、俺が母さんと会話している間に、薬について誰かから聞いたようだった。


「それは、死んだ者の肉体の一部があれば復活できるのか!?」

「一応…、そうみたいですが、俺も使った事はないので分かりません…、蘇生したい人がいるんです、そのために俺は悪魔族の血を求めていたのです」

「なら…、あたい達の仲間も蘇生してもらえないだろうか?」

「え…」


 新が、サキベルに詰め寄られ困っていると、エウロラがサキベルの肩に手を置いた。


「サキベルさん、一本作るだけで、アクアシアの魔力は枯渇しています、ポンポンと簡単には作ることは出来ません、勿論、貴方達の血も必要だったわけなので、この後、わたくしが作りますが…、蘇生したい人を大切な人だけに絞ってお願い出来ないでしょうか?そして今見たこの場の事は、他言無用でお願いします、こんな物が世に出回れば、良くないことが起きかねませんので」


 エウロラは、そうサキベルへ言った。

 サキベルはその言葉で少し下を向いた。


「確かに…、こんな物があると知ったら、あたいの里も、我先にと大事な人を蘇生させたがる輩が出てきて混乱するだろう…、しかし…」


「サキベルさん、そうなのです、こんな物が世間に出る事になると、それを求めた者達が争い、次に死ななくても良い命が失われかねません、だから、この製法はここにいる者達だけの秘密にして、本当に使いたい相手がいる場合のみ、このエルファシル、エルフと妖精、人魚族の下で作成する方が良いのです、アラタは自分でそれを求め、人魚族を海中から見つけ、別の大陸で貴方達、魔人族をも見つけてきました、これは、アラタでないと成し遂げられなかった物種です」


 エウロラは新を見て、頷いて話した。


「そう…ですね、エウロラ様…、これを一本でも里に持ち帰ったら、多分…、魔人族同士の争いは確実に避けられなくなるだろう…」

「でも…、貴方が本当に蘇生したい人がいるのならお使いなさい」

「…………」


 エウロラがそう言うとサキベルは沈黙して俯いた。


「サキベル…、あいつらは戦って死んだんだ…、それは運命、もう良いだろう」

「そうだ、サキベル、こんな物持って帰ったら…」


 バランガ、グラベルドもサキベルへそう言った。


「お前達…、そう…だよな、あたいもそう思った、里がこんな物のために争わないように持って帰るのはやめよう、あたいも里の参謀の端くれだ、それは分かっている」


 サキベルは決意を決めた眼つきをしていた。


「アラタ、あたい達はその薬は要らない、そしてまだ、その薬は作るつもりなんだろう?」

「ああ…、出来ることなら、欲しい…今いる仲間に何かあった時のために」

「分かった、あたい達は血を提供する、そのかわり、あたい達が本当に欲しい時は譲ってほしい」

「勿論です」

「じゃあ、決まりだ、アラタはその蘇生に急いだ方が良いのだろ?行って来いよ、あたい達はここで待っているから」

「うん、有難う、サキベルさん」

「後は、私に任せてアラタは行ってきなさい」

「うん、有難う、母さん」


 俺は、ゲート魔法を展開した。

 ゲートの中には、アカツキ国の町が見えている。

 そして俺達はゲートを潜った。


 ◇


 俺達は、クシーリが宿泊していた宿屋へ向かった。

 すると、相変わらず、宿屋の前には兵士が立っていた。


「お?ディファレントアース」

「クシーリ王女いますか?」

「さっき情報収集して帰って来たばかりだが…、この情報の早いアカツキに留まってすでに16日…、なんの情報も得られず、俺はここに立ったままよ…」

「とりあえず、クシーリ王女と面会しても宜しいですか?」

「ああ、すまんすまん、こっちだ」


 兵士はクシーリの部屋へ俺達を案内した。

 ノックをして、入室を許可された俺達は、中へ入った。

 そこには、棺のような物にエイナムル第一王子ウェズの遺体が入っている。

 二つに分かれたその体は丁寧に納められ、二人の魔法師が氷魔法を掛け続けていた。


「アラタか…」

「うん」

「私はもう、ウェズ兄さんを天へ解放してやろうと思っている…、このままじゃ兄さんも成仏出来ないだろう?」


 クシーリはそう悲しい顔をして言った。


「いや、クシーリ、実は…」


 俺は、クシーリに耳打ちでハイエリクサーを入手した事を伝えた。


「なんだってーーーー!?」

「うん、だから…大丈夫」

「ぐすっ…、アラタ…あり…がとう…、ぐすっ、わーん」

「ちょ!クシーリ、まだ何もしてないんだからさ!」


 クシーリはハイエリクサーを入手して戻って来た俺に、しがみついて号泣したのだった。

 俺は、号泣しているクシーリを宥め、離した。

 兵士達は、いつも気丈な王女クシーリが、どうして号泣したのか分からず、首を傾げていた。


 俺は、魔法師に魔法をかけるのをやめさせて、マジックボックスからハイエリクサーを取り出し、蓋を抜き氷結しているウェズ王子へゆっくりと瓶を傾けた。


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