第85話 魔人族

 翼に傷を負ったグリフィン上位種は、俺達に囲まれていた。

 瑞希はいつもの斬馬刀を地面に突き立て仁王立ちしている。

 グリフィンも、逃げることは叶わないと悟り、瑞希を直視していた。


「あなたは私の獲物って分かってくれたみたいね、それじゃあ行くわよ!」


 瑞希は、斬馬刀を地面から抜いて超人的な動きでグリフィンに差を詰めた。

 グリフィンは後ろに飛んで、魔法ファイヤーボールを繰り出してきたが、斬馬刀の平たい側面で弾き飛ばしていく瑞希。


 更に差を詰めて行くと、グリフィンはバサバサと翼を羽ばたかせ少し浮いて、前足の鋭い鉤爪で攻撃してくる。

 瑞希はそれを屈んで前転して躱し、その勢いで斬馬刀を力一杯遠心力に乗せて振りかぶる。


 グリフィンは力一杯攻撃し、それを躱され驚いていた。

 今までの人間達はそれで大抵葬って来たからだ、自分よりも素早く動く人間に驚いたその直後、激しい痛みが走り大きく飛ばされ、数十メートル後ろにあった岩壁に激しく激突した。


 よろよろと立ち上がろうとするグリフィン。

 目眩が治り、正常な目で前を向くと、そこには瑞希が肩に斬馬刀を持ち立っていた。


「どお?私の方が強いでしょ!うふふ」

「グルルル…」


 グリフィンは状況を把握した。

 攻撃を躱された直後、人間の持っている武器が迫り、刃の部分が横になり側面で激しく叩かれたのだと悟った。

 そしてよく自分の身体を見ると、足、アバラ、翼、複数の骨が骨折していてもう動くこともままならない事も知った。


「グリフィンちゃん、私とお友達になってくれるかな?」

「グ…ルル…」

「ありがと!良いって事だよね?じゃあこれね」


 そう言って瑞希は、使い魔呪術札をグリフィンの額に貼った。

 瑞希が魔力を呪術札に流すと、それを受け入れるようにグリフィンは目を閉じ、身体全体が淡く光、呪術札も燃えて無くなり契約は完了した。


「私は瑞希!、貴方の名前は…えっと、フィンって名前にしましょ!宜しくねフィンちゃん!」

「クルル…」

「異次元で傷を治して来てね、フィンちゃん」


 頷くように首を一度下に向けて、よろよろと異次元へ消えて行った。


「良かったな瑞希」

「うん!」

「しかし、凄い勢いで岩壁に激突していたけどさ…よく生きていたよなぁ…」

「一応手加減はしたしね」

「え?…あれ手加減したの?…」

「カレンさんとの特訓の成果が役に立った!うふふ」


 俺は少し引きつってそう言った。

 いくら地球人効果があるとは言え、あれが手加減だとしたら、全力で叩いてたらどうなっていたんだろう…と、怖く思った。


「まさか、瑞希、カレンさんからマーシャルアーツプログラムを学んでいるんじゃないよね?…」

「え?まーしゃる?何それ?」

「え?ああ…いいや」


 まあ、味方が強くなるのは良い事だし…ね。


 俺達は、何もいなくなったグリフィンの巣を後にして、近くにあると言うシュクロスさんがヴィグを拾った場所へ向かう事にした。


 ◇


 ヴィグの案内で、小さな墓標が建てられている丘へやって来た。

 その墓標は、こんもりと盛られた土の上に石を幾つか積み上げた形だった。

 ヴィグは、そこに生肉をそっと置いて少し黙祷していた。


 後からヴィグに聞くことになるのだが、ヴィグは大きくなってから母の亡骸を探しにこの辺りまで来たらしい、白骨になって少し埋まっていた母だろう骨を一つ拾ってここに埋めたのだと言う。


 魔獣でも知能を持つとこうやって人間のように家族を敬う心を有するのだと、感慨深く思いながら移動したのだった。


 ◇


 それから二日かけて北へ進んだ。


「この辺のはずだ」


 ヴィグは森の中でそう言った。


「ふむ、確かにこの辺はいろいろな臭いと気配がする…ふー」


 クインもそう言い鼻を吹く。


「む?」

「ふむ」


 クインとヴィグが何かに気づき同じ方向へ顔を向けた。


「クイン、ヴィグどうしたの?」

「ふむ、この先…、約1キロほどか?大きな魔力を感じた」


 新がそう聞くと、クインはそう答えた。


「行ってみようぜ!」


 フェルナンドがそう言い、皆頷き行動に移した。


 森の中を進むと先の方で大きな爆発が起きた。


 ズドーーーン!!


 大きな音に俺達は一度立ち止まったが、すぐに爆発のする方へ向かった。

 先行していた、クイン、ヴィグが立ち止まり、遅れて来ていた俺達も木に隠れて先を覗くと、そこには角の生えた亜人と、魔物が交戦していた。


「あれが魔人族か?」

「シュクロスさんが言ってた通りの姿ですね、間違いないかもしれませんね」


 木に隠れながら、フェルナンドの問いに新はそう答えた。

 隠れて暫くその様子を見ていた。


 魔人族と思われる亜人は3人。

 交戦している敵は2体、魔人族よりも2倍以上の身体を持つゴリラのような魔物だった。


「馬鹿!こいつらに爆裂魔法が効くわけないだろ!」

「ああ…済まない、つい」

「サキベル!危ない、よそ見するな!」

「うわ!」

「ちっ!」


 サキベル?

 聞いた名前を呼んだ一人が、サキベルと思われる人物を突き飛ばし、身代わりに大きな拳で地面に叩きつけられた。


「ぐは!」

「グラベルド!」


 サキベルはそう叫んだが、もう一体のゴリラが大きくジャンプしてサキベルともう一人の前に立ちはだかり、地面に殴りつけたゴリラは、その者に馬乗りになり右、左と力一杯、殴りつけ地面にどんどん減り込むほどの力だった。


「おいおい…、どうするんだ?助けるぞ!このままじゃやられちまうぜ?」

「すぐに助けに入りましょう!」


 俺はそう言って、銃を構えた。

 フェルナンドは頷きもせず、素早くスナイパーライフルを構え発砲した。


 ズドン!ガチャ!ズドン!!


 フェルナンドが撃った2発の弾は、魔人族に馬乗りになっている方の大きなゴリラの眉間、喉元を捉え貫通した。


「!?」


 もう一体のゴリラは一瞬何が起こったのか分からず、後ろを振り返り自分の仲間が前のめりに倒れていることを確認していた。


 俺達はその隙に飛び出し、生きている方のゴリラへ向かって発砲しながら走った。


 タタタタタン!

 タタタタタタタタタン!


「グオオオ…」


 俺達の撃った弾はゴリラの体に命中するも、致命傷にはならない。

 相当硬い皮膚をしているのか、弾かれるか、血が少し噴き出す程度だった。


「アラタ!アサルトじゃだめだ、俺に任せろ!お前達は足止めしとけ!」

「了解!」


 俺はいつものように重力魔法を展開し、ゴリラの頭上から重力を地面へかけた。

 ゴリラは大きな岩を持つような恰好になり耐えていた。


 クラウス、カレンは、アサルトライフルを身体の一部へ集中させて撃っていて、少しずつだが血が噴き出しダメージを与えているようだった。


 瑞希、レベッカは、地面に殴りつけられていた亜人の元へ急いだ。

 前のめりで倒れているゴリラを瑞希が退かせて、レベッカはすぐに殴られていた者を診る。


「大丈夫、まだ生きてる!」


 レベッカはそう言って、治療に入った。

 突き飛ばされたサキベルはその様子を尻もちをついたまま見ていた。


 そして、とうとう、もう一体のゴリラもクラウスカレンの攻撃で胸の一部から血しぶきをあげ、俺の重力魔法にも耐えるのがやっとになった頃、一つの弾がゴリラのこめかみ辺りを貫き、ゴリラは地面に崩れ落ちた。


「やったか?」


 遠くで寝そべってスコープから目を離した、フェルナンドはそう言った。

 カレンが、現場から大きく丸のジェスチャーをしてたので立ち上がった。


 魔人族らしき2人に俺は近づいた。


「貴方がサキベルさんですか?」

「そ…そうだが…お前達は何者?」

「ああ、えっと、シュクロスさんって人に教えてもらって、貴方を探しに来たんですが?」

「シュクロス?…、あ!あの時の不死族か…?」

「そうです、少し話をしたいのですが良いですか?」

「そ、それより!グラベルドは?」


 俺を躱して、レベッカが治療している場所へ走っていってしまった。


「とりあえず助かったぜ人間」


 そう言ってきたのはもう一人の魔人族だったが、そう言葉をかけてサキベルを追っていった。

 俺もその後を追ってレベッカの元へ行くのだった。


「グラベルド!」

「大丈夫です、今ヒールしてますから、命は助かります」

「助かるのか…良かった…」


 サキベルは、ほっと安堵してその場にぺたんと座った。


「でも、結構危ない状態なので、もう少し時間は掛かります、貴方をアラタさんは探しに来たので、ここは私に任せてアラタさんの話を聞いてもらえませんか?」

「ああ…わかった」

「必ず、助けますので!」


 レベッカはサキベルに少し笑みを浮かべてそう言った。

 サキベルはそれを聞いて頷き、振り返って俺を見た。


「あたいに何かようか?」

「はい」


 他にも魔物が来るかもしれないので、クイン、ヴィグは警戒すると言って散っていった、フェルナンド、カレン、クラウス、マイティも警戒にあたった。


「まず…俺は新と言います、こちらは瑞希」

「ふむ、あたいはサキベル、隣にいるのはバランガだ」

「実は…、ちょっとした事情で悪魔族の血が必要なんですが…」

「悪魔族の血だと?」

「はい」

「どういう事情かは知れないが…、確かにあたい達は悪魔族が進化した魔人族だ、悪魔族の血と言われればそうなのかもしれない、だが、人間達にあたいらの血を簡単には渡すわけには行かない」

「何故ですか?ほんの少しでもいいんです」

「助けてくれた恩人だから言うが、あたい達の血は特別なんだ」

「特別?」

「ああ、ここらの魔物が年々強くなっているんだが」

「それは聞いてます」

「うむ、あたいら魔人族を喰らった魔物は知性が強くなってきているんだ」

「え?…」


 サキベルの話に俺は少し驚いた。


「さっきのダイア・コングは、魔人族の天敵なんだ、最初のうちは皮膚が固く魔法が効きにくく、デカいわりに素早く力も強いだけの魔物だったんだが、最近は魔人族を狙って襲って来る」

「元々…サル…いや、あの種って知性ありませんかね?」

「いや、そうなんだが、あいつらのボスはかなり知性をつけたと噂に聞いたんだ、それはあたい達、魔人族をピンポイントで狙うほどにな、肉なら他の魔物でもよいだろうに」

「‥‥‥‥」


 それを聞いて少し俺も沈黙したがすぐに切り出した。


「なんで魔人族を食べる事で知性がつくようになるんですか?」

「それは…」


 一度言葉を飲み込んだが、サキベルの隣にいるバランガが口を開いた。


「命の恩人なんだ、サキベル、教えてやろうぜ」


 サキベルは少し考えた素振りをしたがすぐに頷いた。


「…そうだな、…魔人族の里には知力の実が生る木があるんだ、それを元にあたい達は進化して来たんだ」

「知力の実ですか…あ、まさか、シュクロスさんに渡した果物って?」

「ああ、あの時、そう言えば深手を負い、出血が酷かったあたいを止血をしてくれた彼に、お礼として渡したな…」

「なるほど…なんか見えてきた」


 俺が納得したような顔をした時、瑞希が口を出した。


「ああ!それを、ヴィグちゃんが食べて知性が付いたって事なのね」

「俺もそれを今思ったとこだった」

「ん?ヴィグ?なんの話かわからんが、その実を食べると知性が異常に発達するのだ、あいつらは、その実の事には気づいてはいないようだが、私達に流れる血を欲しているのは確かだ」

「ん?…んん…俺は…助かったのか?…」


 レベッカの治癒が成功し、グラベルドは目を覚ました。


「「グラベルド!」」


 サキベルとバランガは同時にそう言って、グラベルドを見た。


「え?…さっきの傷が嘘のように回復している…」

「本当だ…こんなヒール見た事ないぞ」


 サキベルとバランガはその回復に驚いていた。

 俺もびっくりするほどだが、レベッカは、地球の外科医術知識、生命神の加護スキルと魔法を駆使している、そして勉強熱心で暇さえあれば地球医術に関する本を熟読しているので、これ以上ない最高級の医術者であるのは間違いないだろう。


「あ…あたい達の里もたまに人間のヒーラーを呼んで回復魔法をお願いしているのだが、あんな状態だった者をここまで早く回復させる所は初めて見た!」

「ああ…これならアブゼル様もすぐに里に入れてくれよう…」

「そうだな」


 魔人族二人はそう言って少し歓喜していた。


「アラタと言ったな、あたい達、魔人族の里に招待する、続きの話はそこで聞こう、またいつダイア・コング達に襲われるかわからないからね」

「ああ…はい」

「そこまで傷が治ればもう安心だ、後はこのバランガに任せろ!里までこいつを担いでやるぜ!」


 俺達は、すぐにその場から立ち去り、魔人族の里へ向かうのだった。

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