第80話 人魚族

 突然現れたクレンシアに気付き驚いた人魚族達は、海に溶け込むような自分達と同じブルーの髪を見て安心して警戒を解いた。


「あの…私はクレンシアと言います、突然申し訳ありません」

「‥‥‥、外から来たの?」


 1人のマーメイドがそう言った。

 クレンシアは、近づいて小島の砂浜に座り話しかけた。


「はい、あの…私の母、アクアシアはここに居ませんでしょうか?」

「え?アクアシア?」

「はい…私の母なんです、オブリシア大陸のすぐ南に住んでいて…」

「それなら心配ないわ、貴方のお母さんはここにいますよ、うふふ」

「え…本当…?」

「ええ」


 クレンシアはそのマーメイドの言葉に一気に涙が溢れて来た。


「今、アクアシアは、食糧庫の管理に行っているわ、それが終わったら休憩でこちらに来るはずよ」

「そ、そうなんですか…じゃあ待たして貰います!」

「ええ、それまで私が、お話のお相手しましょうか?」

「はい!」


 クレンシアは、満面の笑みを浮かべて頷いた。


 そのマーメイドの名は、マニーセアと言った。

 マニーセアはこの場所よりずっと東の方から来たのだと言った。

 そして、この小島の楽園はあちこちで魔物などの被害にあった集落の者達が集まって出来た集落で、そこを束ねているのが、なんと母アクアシアなのだと言った。


「え…ここをお母さんが?」

「ええ、アクアシアはここのリーダーよ、マーマン達も認めているわ」

「私は、まだここに来たばかりだけどね、洞察力、行動力とか、どれをとっても前いた集落のリーダーより優れているわ、良いリーダーよ、ここには彼女に救われた人達が大勢いるわ」

「そうですか…お母さんが…」

「ほら、噂をすれば、来たわよ、うふふ」


 陸のほうからも入り口があるのだろう、小島の陸の方から魔法で足を作って歩いてくるアクアシアの姿が見えた。

 アクアシアは、他の人魚族に指示を飛ばしながらこちらへ歩いて来て、一瞬こっちを見て他を向いたが、目を丸くして二度見するのだった。


「うそ…ク…クレンシア?」

「お母さん!」

「クレンシア!!無事だったの?」


 アクアシアは走って砂浜へやってくる。

 クレンシアも魔法で足を作り母へ走り寄る。

 二人は勢いよく抱き合い涙を流した。


「よく…よくも生きて…うぐ…うっ…」

「お母さん、良かった…ずっと探してた」

「なんか、そんなに時も経ってないのに凄く久しぶりに感じるわね…」

「うん…」


 親子の再開を見てマニーセアも涙を浮かべていた。


「それより、クレンシア、貴方よく気付かれずに入って来れたわね?マーマン達が魚一匹見逃さないように見張っているはずなんだけど…」

「そうなの?…透明になっていたからかな?」

「透明?」

「うん、私、オブリシア大陸のアラタさんって人に助けられてね、その人から貰った透明になるマントでここまでやって来たの」


 アクアシアはその言葉に少し驚いた。


「クレンシア…陸に上がったの?」

「うん、ケルピーに襲われたあの時、魔力も尽きそうで振り切る事が出来なくて、つい陸に逃げたの、それで…気が付いたら、アラタさんって人に助けられてて」

「人間が人魚族を助けたの?囚われたんじゃなくて?」

「うん、アラタさん達は良い人よ、陸で私の魔力が切れて人魚の下半身に戻らないように、この腕輪も作ってくれたの」


 クレンシアは腕に巻いている小さな魔道具を見せた。


「これは?」

「マナードバンドと言って、そのアラタさんのクランが開発した魔道具で、空気中の魔素を吸収蓄積して付けてる人に魔力を補充してくれるの、そのお陰でずっと陸では髪の色を変えて人間の足で、人魚族ってわからないように今まで暮らして来たの」

「クレンシア…分かっているの?人間達は…」

「お母さん!…お母さんが言うほど、陸の人達悪い人ばかりじゃないの、それに…人魚族がエリクサーに関わっている事さえ、もう忘れているみたいで」

「そんなの信じられないわ…昔から私達を狙って…」


 アクアシアは、困った顔でクレンシアを見つめてそう言った。


「なんかね、アラタさんから聞いたのだけど、陸の人達は大昔に大きな争いで一度滅びたらしいの、その時にいろんな技術や知識を失ったみたいで、今は海の外、遠方に出る事すらままならないのよ?」

「じゃ、エリクサーの事は?」

「知っていても作り方は知ってる人いないかな?ダンジョンから稀に出ると言うくらいしか知らなかったから」

「そう…それなら良かったわ、そのまま陸の人間達には忘れてもらいましょう」

「それなんだけど…お母さん、陸で生き返らせたい人がいるみたいなの…」

「え…エリクサーの事気付かれたの?」

「うん、あ、でもアラタさんだけしか知らないの、何処かで人魚族がエリクサーに関わっているって事を知ったみたいで…」

「もう、関わるのは止めなさい、それが一番安全よ」

「いえ、私を今まで助けてくれた恩をアラタさんには返したいの」


 アクアシアはクレンシアのその言葉を聞き、じっと目を見つめていた。

 暫く見つめると、すっと息を吐いた。


「わかったわ、一度だけ協力してあげる、そのかわり、その後はもう関わらないって約束してくれる?」

「うん、有難うお母さん」

「それで…生き返らしたいって、もう死んでしまったのですね?」

「うん、エリクサーじゃ無理よね?」

「そう、ハイエリクサーじゃないと無理だわ、それも死んで50日以内に使わないと効果はないわ」

「え…50日?」

「そう、生き物の魂はね、死んでこの世に留まる時間が約50日って言われているの」

「それは…大丈夫だと思うけど」

「そう、でも、それだけじゃないわ、魂を狩り戻すために悪魔族の血が必要になるわ」

「悪魔族…」

「良いわ、貴方にいろいろと教えてあげる、今日は暗いし疲れていると思うからゆっくり明日にでもお話しましょ」

「うん」


 アクアシアは、そうクレンシアに語った。


 ◇


 クレンシアは、岩場の中に作られた部屋の中で目が覚めた。

 外は明るくなっており、海中でもそれが分かるくらい岩場の隙間から太陽の光が差し込んでいた。


 クレンシアは、部屋を出て母アクアシアを探した。

 幾つかの岩部屋を見て回り、母を見つけた。


「お母さん」

「ああ、クレンシア、もう起きたのね」

「うん」

「ちょっと待ってね、防衛チームに指示を出したら戻って来るからここで待ってて」

「うん」


 そう言ってアクアシアは何処かへ行ってしまった。


 クレンシアは改めて周りを見渡す。

 机や椅子は、前の住処でもあった珊瑚を加工して作った物が置いてあり、陸のように家具などはほとんどない。


 あの場所を離れて、まだ半年くらいだけど…昔みたいに落ち着く…

 でもまさか、お母さんがここのリーダーなんて…いろいろあったんだ、きっと。

 そう思っていた時、アクアシアが部屋に入って来た。


「待たせたわね」

「ううん」

「いろいろ…聞きたい事あるわね?私もだけど」


 それから母は語った。


 ケルピーに襲われたあの時、皆ちりじりに逃げ、お父さんも、他の仲間も半分以上はお母さん達、女を逃がすためにケルピーの被害にあったらしい…

 それから一ヶ月は隠れて移動していたらしくその途中で生き残った仲間とも合流してこの小島を見つけたらしい。


 元々海藻が多いこの岩礁は絶好の隠れ場所になったらしい。

 それを、交代で結界を張り見張りを立ててやっと、他の人魚も寄り集まり安全に暮らせるくらいの住処へ変化させたと言った。


 母は、昔の住処から陸の方に行くと逃げ場はないとわかっているので、私を幾度か探しに出たらしいけど陸側に行っているとは検討もしなかったと言い、あれだけ陸の者は危ないと言って聞かせた陸に上がっているとは微塵も思わなかったらしい。


「お父さんと、他のマーマン達の事は残念だけど、あの人達がいなければ、私達の集落は全滅だったわ…」

「そう……お父さん…ぐす…」


 クレンシアは父が自分達を逃がそうとケルピーを引き付けていたのは覚えていた。

 そして、あのケルピーの群れでは助からない事も…それを思いだすと涙が零れそうになった。


 アクアシアはクレンシアの隣に座り背中を擦る。


「でもね、私達も生きて行かないと行けないから悲しみに潰されるわけには行かない、私はこの楽園を必死に探したの、途中、同じような目にあった人魚達とも合流して力を合わせてこの場所を見つけ人魚の楽園にしたわ」

「うん」

「この場所はね、この小島を囲うように海藻も多いけど、海底からガスも吹き出ていてね温かいし、危険な魔物は中々、寄り付かないのよ」

「ああ…ここに最初来た時、魔物の気配が少ないなと思ってたの」

「そう、この場所は長く住むことが出来そうよ、うふ」


 アクアシアは、ここまでの経緯とこの場所の事を語ってくれた。

 この小島は直径500mほどの小さな島で、旧火口があり、今は木々もあって気候も良い場所だと言い、そこを結界魔法で見えないようにして、海中には海藻を岸壁に見せかけていると言った。

 そして、クレンシアのあの危機から、陸の事、新達やクランの事を語った。


「そう…あなたが言うくらいだから余程良い人なのね、アラタって人は」

「うん、地球って世界から来た人で、次々にいろんな不思議な魔道具を作り出したり不思議な魔法を編み出したりするの、あ、そう言えば人間に見えるけどハーフエルフって言ってたかな?」

「ふ~ん…、ハーフエルフで異世界人なのねぇ…えっと、それで…ハイエリクサーについてだったわね、貴方が信頼している人なら私も少しは信用して教えてあげるけど、その人だけにしか言ったら駄目よ?」

「うん」

「まず、クレンシア、貴方にエリクサーの作成方法について説明しましょうか」

「聞いても良いの?」

「はい、歳は二十歳になったんじゃないの?」

「ああ…そうだっけ、誕生日なんて忘れてました」

「うふ、人魚族は二十歳で作成方法は教えて貰えるのよ、それまでは陸の者に捕まる確率も高いから、教える事は控えてますけどね」

「そうなの?」

「はい、うふ」


 母アクアシアは、エリクサーの作成方法をクレンシアに教えてくれた。

 人魚族の一年に一度生え変わる鱗と、人魚族の血とライフポーションを錬金術と魔法で作り出す事が出来ると言った。


 意外と簡単な作成法に少し驚くクレンシア。

 そして、母はハイエリクサーに関して語りだした。


「昨日も言ったけど、ハイエリクサーは死んだ者を生き返らせる事が出来る、死体の細胞の一部がある事、死んで約50日以内でないと蘇生は出来ないと言う事、これが条件」

「うん」

「そして、作成には悪魔族の血が必要なのよ」

「うん、悪魔族って具体的には?」

「悪魔族は陸に生息していますが、私もどこに生息しているかまではわかりません…賢く危険な魔物よ、昔から悪魔って種族は上級魔法を使い、魂を喰らうと言われていてね、本当にそうなのかは分からないけど…とにかく、陸の何処かにはいるはずよ」

「陸の何処か…悪魔族」

「ねえ、クレンシア、悪い事は言わないから、その恩人にも悪魔族とかに挑むのは止めた方が良いと言った方が良いわ…」

「大丈夫よ、アラタさん達、銃器って武器や、機械って兵器も持っているのよ、この間も昔のアーティファクト兵器を相手に勝っちゃったんだから」

「そう…でも、誰を生き返らせたいのか分からないけど、貴方は挑んじゃ駄目よ…人魚族は魔力こそ多いけど、陸だと水中より速く動く事も出来ないんだから」

「うん、私は戦わないよ…だって、アラタさん達みたいに強くないもの、行っても足手まといになるだけだし」


 少し、アクアシアはクレンシアを見つめて、少し溜息をついた。


「うん、わかったわ、そこまで貴方が言うならもう何も言わない…それより、そのアラタさんって人、地球から来たって言いましたね?」

「うん」

「そう言えば、地球って世界の話、昔聞いたことあるの、魔物もいない究極の楽園って言い伝えられてるわ」

「そうそう、私、地球に連れて行ってもらったけど、たしかに魔物なんていなかったたわ、でも、魔法が使えない世界だから人間の足で歩けないけど…」

「え!?貴方、地球に行ったの?」

「う、うん、アラタさんが連れて行ってくれたから…」

「そう…今度、私にもアラタさんって人会わせてくれる?」

「うん、勿論!」


 それから暫くは、母との会話を楽しんだクレンシアだった。


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