エピローグ

 この日、僕は海奈に部屋に来てもらっていた。


「きょーしろさん、今日も来ちゃいましたね、お楽しみタイムが!」


 うふふ、と言いながら、海奈はトペスイシーダの要領で僕のベッドへダイブした。


「きょーしろさんに快適なぬくもりを提供できるように暖めちゃいますよ!」


 上掛けを被って丸くなった海奈が、もぞもぞも不気味な動きをする。僕のベッドで腕立てをするのはやめてほしいんだけど。


「今日はやたらとご機嫌だね」

「そりゃそうですよ。きょーしろさんがまたわたしと寝たいって言ってくれたんですから」


 クリスマスライブが大盛況に終わり、年末までのささやかなオフの間、僕は海奈を『枕』にしないようにしていた。

 実を言えば、僕は海奈に頼らなくても眠れるようになっていたのだ。

 試しに1人でベッドに入ったところ、苦もなく眠ることができた。

 きっと、ずっと気にしていた木乃実のことが、一段落したからだろう。

 けれど、新たな問題が浮上していた。

 変な『クセ』がついてしまったようなのだ。

 眠るには眠れるのだが……海奈の胸に顔をおしつけるかたちじゃないと、快眠できなくなってしまった。

 どうも海奈の胸は、僕にとって最高の癒やしを提供する『枕』だったらしい。

 なんだか赤ちゃん返りしているみたいで、成人した男として恥ずかしかった。

 マネージャーとしていっそう成長しなければならない僕としては、質の悪い眠りのせいでバリバリ仕事をこなせなくなってしまうのは、絶対避けたいことだった。快眠であればどれだけハードワークだろうと耐えられる喜びを知ってしまったあとでは、もはや『眠れればいいや』と済ますこともできない。すっかり眠りに関して神経質になってしまった。

 だから僕は結局、海奈を『枕』として呼び戻すことになってしまったわけで……。

 海奈もやたらと一緒に寝ろ寝ろどうしてわたしと寝てくれないんですかうわぁん、などとうるさかったから、頼むのはそう難しいことじゃなかった。


「きょーしろさん、どうぞ!」


 ズボッ、と上掛けから顔だけ出して簀巻き状態になった海奈が、ドヤ顔で言う。


「どうぞじゃないよ」


 海奈の謎行動に呆れる僕だけれど、こうしてコメディに徹してくれるからこそ、アイドルとマネージャーの関係性を超えることなく踏みとどまれているところがある。海奈の本心がどこにあるのかはわからないけれど、今のところはこうしてくれている方がいい。


「蒸れてるなぁ」

「人の暖かみがあるって言ってくださいよ」


 僕がベッドに入ると同時に、海奈がすーっと寄ってきて僕の体を捉える。海奈より小柄な僕は、あっという間に彼女の全身に取り込まれてしまう。

 ここまで体を密着されると、僕のSON値が上昇して恥ずかしいことになるからやめてほしいんだけどなぁ。

 もうさっさと寝てしまうに限る。


「はいじゃあおやすみ~」

「どーぞ」


 いつものように、海奈の胸元に顔面をダイブさせて眠りの世界に逃げ込もうとすると、僕は彼女の胸元に本来見せてはいけないぽっちを見た気がした。

 これ、乳首じゃない?


「……どうして裸になってるのかな?」


 僕は恐る恐る訊ねてみる。

 ベッドに潜り込んだ時には、ゆったりスウェットを着ていたはずなのに、いつのまに……。


「やだなぁ、きょーしろさん、下はちゃんとはいてますってば」

「全裸だったら完全に変態でしょ。なんで脱いだのって聞いてるんだよ」


 その隙に僕は、海奈が脱ぎ散らかしたであろう上着を探そうとするのだが、下手に手を伸ばしたら海奈の体のどこかしらに触れてしまいそうだったので身動きが取れなくなっていた。


「こっちの方が、きょーしろさんに快適な眠りを提供できますし?」


 海奈の腕がにゅっと伸びてきて、僕の頭を抱えるものだから、ネイキッドな胸元から視線をそらすことができなくなってしまう。混乱のあまり、僕は目を閉じれば防げることすら忘れていた。


「なにより、わたしもちょっと興奮しちゃいます!」

「君の性癖に僕を巻き込まないでよ……」

「でもぉ、上になんか着たりブラしてたりするときょーしろさんの感触がナマでぜんぜん伝わらなくていまいち興奮できないんですよ~」

「興奮するしないを基準に考えないでくれる? 僕は眠るために海奈に頼ってるわけで……」


 僕の語気が失速していく。

 もはや、『眠れないから仕方なく』という理由で海奈を頼っていない以上、なんだか海奈と添い寝したい言い訳にしかならなくなっている気がしたからだ。


「んもう。わたし最近めっちゃがんばってるじゃないですか? だったらご懐妊のご褒美くらいぜんせんアリですよね?」

「ぜんぜんナシだよ。そんなことになったらアイドル生命即終了だよ。何恐ろしいこと言ってんの」

「でもでも、きょーしろさんと寝てるのにわたしのお腹がぜんぜん膨らまないとずーっと満たされてない感じがしちゃうんですよね。切ねえっすわ」

「それはたんに海奈が食い意地張ってお腹空かせてるだけでしょ。海奈用の常備食があるから適当に食べればいいよ」


 食欲につられて海奈がどこかへ行ったらいいな、という淡い期待を抱くのだけれど、どこにも動くことなく僕をホールドし続けていた。

 この間も、僕は完全な『無』でいられたわけではなく、海奈の半裸が密着している以上煩悩が胸の内で壮大なパーティを開催している有様だった。

 僕のSON値は、隠しきれないほど上昇してしまい、とうとう海奈にバレた。


「これはきょーしろさんの本能がゴーサイン出してるってことですよね! もうきょーしろさんがどう言い訳しても全部ウソになっちゃいますよ、諦めてわたしと恋人同士ですること全部しちゃいましょう!」


 海奈がボディプレスの要領で僕に覆いかぶさってくる。優れたなボディコントロールと、ほどよくむちっとした体型のせいで、非力かつ小柄な僕が逃れる術はなかった。絶妙な位置取りのせいで、僕の顔面に素おっぱいが当たらないようにしているから、眠りの世界へ逃れることすらできやしない。

 元々、海奈と僕とでは体格差に加えてパワーにも差があったのだ。海奈の性欲が爆発して本気で襲いかかられれば抵抗できないことくらい、もっと早くから気づいておくべきだったのに……。


「そうだ、きょーしろさんをあらかじめ眠らせておいた方がいろいろ都合がいいですね」


 体勢的な意味で僕からマウントを取ったまま、海奈がいいこと思いついた、とばかりに恐ろしいことを言いながらパンと両手を叩く。

 その拍子に、ふるんっ、と、とんでもない弾力のブツが揺れた。

 カーテンから差し込む月明かりや街灯だけの薄暗い中、白くぼんやり浮かび上がったおっぱいを前にした僕は、恐怖を上回る期待感をふつふつと湧き上がらせてしまっていた。

 残念ながら僕は男であって、こんな素晴らしいものを目の前でふるふるさせられていたら、海奈の言いなりになっちゃっていいかな、という方面へ心が動いてしまう。

 ……そして何より、恥ずかしながら実はこのシチュエーション自体は僕がひっそりと憧れていたもので。そのせいで抵抗する気力をどんどん失っていく。


「怖がらなくてだいじょうぶですよ、眠ってる間にぜーんぶ終わっちゃいますからね!」


 息の荒い海奈は、瞳にハートマークを浮かべて僕に覆いかぶさってくる。弾力ある胸が重力の影響を受けて、吸ってよし! とばかりに僕のすぐ近くまでやってくる。


「じゃ、おやすみなさい、きょーしろさん。いい夢見てくださいね!」


 僕の顔面が、海奈のネイキッドなおっぱいの感触で満たされる。

 冬場とはいえベッドの中で腕立てなんぞしていたから、谷間からほんのりと汗の匂いがしたけれど、何らかのフェロモンが分泌されているのではと思えるくらい甘美な香りになっていて、僕は思考能力すら失った。

 やはり海奈の胸には、僕にとって特別な何かがあるのか、眠気が一瞬にして訪れる。

 その後どうなったのか……意識を失っていく僕には、朝が来るまで何もわからないことだった。

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眠れない僕の最高の枕は拾った巨乳アイドルでした 佐波彗 @sanamisui

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