第40話 正統派アイドルとお出かけ その2
そんなわけで、都会の影響を受けやすい県内の大都市にあるおしゃれカフェにやってきたのだった。
本道さんは、「もっとデートっぽいこと」を所望だったのだが、僕はまだ勤務時間中だ。大手を振るって遊ぶことはできないから、ここになった。
このカフェは、ファンタジー世界の酒場をコンセプトにしているらしい。中世ヨーロッパ的な内装にとどまらず店員までファンタジーなコスプレ衣装だった。一部の年齢層だけ入店を許される類いの店ではないから、露出は控えめだ。
僕たちは、隅の席で向かい合って座っていた。
「あの服かわいい、今度のライブではああいうの着たいなぁ」
乗り気じゃなかったわりには、本道さんは興味津々な様子で店員の服装に目を配っていた。日々の研鑽を欠かさないからこそ、本道さんはローカルアイドルにとどまらない人気を得ることができたのだ。
「本道さんはああいう可愛い感じの方が似合うと思うよ」
「私の背が低いから?」
ニコニコしながら圧を放つ本道さん。
「私は海奈ちゃんみたいにバカでかくないもんね」
「どうして宝耀さんと比べちゃうの……」
どうも今日は本道さんの機嫌を損ねてばかりいるな。
お出かけに誘ってきたのは本道さんなわけで、僕は別に事務所でずっと仕事してたってよかったんだけどなぁ、なんて思っていると。
「為田さん、そんなコーヒー好きだったっけ? さっきも事務所で飲んでたよね? いつもは全然飲んでる感じしなかったのに」
運ばれてきた僕のカップを見て、本道さんが不思議そうにしていた。
「そうなんだけど、最近ちょっとね」
よく見てるな、と僕は思った。
元々無類のコーヒー好きではなかったのだけれど、ここ最近は暇さえあれば飲んでいた。
宝耀さんを『枕』にしなくなり、再び満足に眠ることができなくなったことで、カフェインにすがるようになっていたのだ。
そんなことをしたら余計に眠れなくなると思えるかもしれないけれど、眠れないことで体が重く、頭の回転も鈍くなっている僕には、逆に覚醒作用のあるモノを取り込んで神経を研ぎ澄まさなければ仕事に差し支えが出そうだったのだ。
「そんなに眠いの?」
「違う違う。本道さんの大事なライブが近いし、これまで以上にしっかり仕事ができるように、体に刺激をあげたいだけだよ」
「……為田さんは、私に秘密にしてることばかりだね」
テーブルに両手で頬杖をついた本道さんが、こちらを見つめてくる。
吸い込まれそうなくらい黒い大きな瞳に見つめられると、思わず何でも白状してしまいそうになるけれど、余計な心配をかけてはいけない。クリスマスライブの大事な主役なのだから。
「海奈ちゃんが、コノちゃんの曲歌うことだって黙ってたでしょ?」
本道さんが言う。問い詰めるような真剣な表情で、怒っているようにも見えた。
本道さんは、木乃実と仲が良かった。年齢でも芸歴でも木乃実の方が上だったからか、姉のように慕っていた覚えがある。
「黙ってたわけじゃないんだよ」
宝耀さんが、ライブの前座にかつて木乃実が歌っていた曲を歌うのは本当のことだ。僕が選んだ。
クリスマスライブは、宝耀さんにとっても晴れ舞台。そんな場所で用意するのは、少しでもひよこオフィスと縁がある曲にしたかった。
そう伝えようにも、宝耀さんに歌ってもらうことで、木乃実の存在を上書きしようとしている、と思われるかもしれないという恐れから何も言えなかった。本道さんが今も木乃実を大事に思っているのなら、なおさらだ。そして、どうも宝耀さんとの仲はよろしくないようだから。
「伝える時間がなかっただけで」
「為田さん、私の連絡先知ってるよね?」
「……それは、まあ」
「それだけ、海奈ちゃんにかかりきりになってたってことでしょ」
嫌そうにため息をつきながら、本道さんは運ばれてきたばかりのケーキに手を付ける。
しばらく糖分の塊を口の中に放り込んでいると。
「んもう」
ぷんすかし始めて、僕はまた余計な怒りを買ったのかと思ったのだが。
「私、海奈ちゃんに嫉妬してるとこを見せたくて、為田さんを誘ったわけじゃないのに」
どうも自分自身に対する苛立ちだったらしい。
「嫉妬って。本道さんは、宝耀さんよりずっと売れっ子でしょ」
「そうじゃないよ。為田さんが、海奈ちゃんにつきっきりになってるから」
「そりゃ、僕は宝耀さんのマネージャーだからね。だからといって本道さんのことをないがしろにしてるわけじゃないよ。本道さんのことだって大事に思ってるし」
「『商品』として、でしょ?」
「まあ……あくまで仕事の上では本道さんは『商品』になっちゃうかもしれないけど……モノとして扱ったことは一度もないよ。本道さんが15歳の時から知ってるからね。思い入れもあるし」
「わかってるよ、それくらい。為田さんは、コノちゃんがやめちゃったことまだ気にしてるくらいなんだから。マネージャーした子にどっぷりはまっちゃうところがあるのは知ってる」
その辺は僕のメンタル面での弱みでもあるわけだけど。
何気なく僕は、腕時計に視線を落とす。
「あっ、ごめん本道さん、宝耀さんを迎えに行かないといけない時間だ」
「言ってるそばからもう」
「仕事だから……。僕が真面目なだけが取り柄なのは、本道さんだって知ってるでしょ?」
「いいよ、もうわかったから。お仕事に行ってくればいいでしょ。私はこのままぶらぶらしながら1人で帰る」
本道さんに追い出されるようにして、僕は伝票を手にとって席を離れた。
「……本道さんの機嫌もちゃんと取っておかないとなぁ」
どうも僕が宝耀さんに構っているのを気にしているようだから。
大事なライブを成功させるために、出来る限りのことをしておかないと。
あんまり頭は回らないけどさ。
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