第38話 すれ違い
本道さんのクリスマスライブが、1週間後に迫っていた。
宝耀さんは、これまでのレッスンに加えて、ライブの前座で披露する予定の歌の練習を始めていた。
そのスタジオまでの送り迎えは、僕がするわけだけど。
「つーん!」
助手席に座っている宝耀さんは、わかりやすく拗ねていた。
宝耀さんの好意をないがしろにした結果、今もこうして引きずることになっているわけである。
僕は、マネージャーとしてプロに徹すると決めている。プライベートでいざこざがあろうが態度を変える気はない。
宝耀さんの第一のファンにしてサポーターであるという意識まで変えたつもりはないのだから。
「宝耀さん、練習してるとこ見たけど、上手くいってるみたいだね。この分ならメインの本道さん以上のインパクトを残せちゃうかもよ」
実際、宝耀さんは、本番に向けてしっかり仕上げようとする意思があった。
「つーん! わたしがほしいのは、そんなお世辞じゃないでつーん!」
「お世辞じゃないよ。本当にいいと思ってるから言ってるんだよ」
「どーせわたしは本道永澪アイドルじゃないでつーん!」
「その変な語尾みたいなの、やめなよ。……なんかずっと誤解してるみたいだけど、僕は宝耀さんのマネージャーがしたいわけで、本道さんの方が好きだからとかそういうのはないんだよ」
「どーだか! きょーしろさんは口ではそう言ってますが体は全然正直じゃないので信用できまつーん!」
「だからその語尾やめてよ、いい加減なんか腹たっちゃうよ」
ふざけているようにも聞こえるし。
とはいえ、宝耀さんがここまで拗ねてしまったのも、僕の応対の仕方が悪いからだ。これが原因で仕事に差し支えが出たら、宝耀さんのキャリアを傷つけることになってしまう。宝耀さんの将来のためにも、それだけは絶対に避けなければいけない。
解決策が、ないわけではなかった。
再び宝耀さんと半同棲的な生活を再開させれば、機嫌を直してくれるかもしれない。
どういうわけか、宝耀さんはこんな僕を好きでいてくれるみたいだから。
結局僕は、また眠れない日々が続いていて、宝耀さんと出会う前の生活に戻ってしまっていた。
そして、以前はタクシーの運転手として過ごしていた真夜中の時間を、Uチューブに注ぎ込むようになっていた。
僕のアイドル熱が強かった頃に活動していたアイドルの動画目当てで巡回していたのだが、そのうち無視できない動画を目にするようになった。
アイドルだった頃の、木乃実の動画だ。
ひよこオフィスの公式ではなく、どこかの誰かが勝手にアップロードしたものだ。木乃実はマイナーな存在だったから、映像が残るような番組にはほとんど出演していないのだが、地元のイベントに出演した時の様子を撮影していた人間がいたようだ。
木乃実はとっくに芸能界から引退したというのに、Uチューブの中ではずっと生き残り続けている。
再生数は大したことないのだけれど、好意的なコメントがちらほら付けられていた。木乃実に熱心なファンがついているとわかって、今更ながら嬉しかった。
そして、宝耀さんがクリスマスライブの前座で歌うことになるのは、以前木乃実がとあるイベントで歌ったことのある曲だった。
その曲を歌うよう提案したのは僕だ。
木乃実の動画を見た影響である。
木乃実の意思みたいなものを、宝耀さんに託したかったのかもしれない。
宝耀さんには木乃実のことを何も伝えていないから、以前ひよこオフィスにいたアイドルの曲だと知らないはずだ。
「ライブは絶対成功するよ。宝耀さんは実力あるし、曲もいいからね」
「あの女の引き立て役で終わるライブで褒められてもうれしくないんですがね」
相変わらず宝耀さんはつんつんしていて頑なだった。
「僕は宝耀さんのマネージャーであると同時に、ファンでもあるんだよ」
「どの口が言ってるんですか、どの口が」
宝耀さんに唇をつままれてしまう。運転中なんだけどなぁ。
ライブに向けて順調ではあるけれど、宝耀さんとの信頼関係はまったく順調とは言えないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます