第30話 新たなるお仕事
そんなこんなで、立場を利用してアイドルに手を出しちゃっている鬼畜疑惑が晴れ。
「――じゃ、改めてお仕事の話しよっか?」
コインブラさんが、パン! と手を叩く横で、社長が言う。
そもそも今日集まったのは、事務所の人間全員でこれからの仕事のことを話すためだ。つまり、僕のことではなくこれが本題なわけで。
「実はね、海奈お姉ちゃん、アイドルとしての評判は最近いいんだよ? オファーだってけっこうあるし」
「マジですか。やはりわたしの人気は世界に通用するんですね!」
「世界って。とってもローカルな地元の商店街での人気でしょうが」
「澤樫。地元商店街だって、世界だよ」
どれだけ小さな仕事だろうと、成果が出ているのなら褒めるべきだ。そうすることで宝耀さんのモチベーションに繋がるのだから。
「わ。海奈ちゃんおめでと~」
本道さんも両手を小さく叩いて祝福してくれる。本道さんは他人の成功も喜べる人だ。もちろん内心では他人の成功をモチベーションにしてさらなる努力を積み上げようとしているのだろう。そうでなくては、こんな小さな事務所から人気アイドルのポジションに上り詰めることはできないから。
ていうか、いつの間にか宝耀さんのことを名前で呼んでいた。仲良くなってくれるのなら、それはそれでいいんだけど。
「この前の商店街紹介動画が何気に好評みたいなの。ホームページの他にも商店街の公式クイッターで固定リツイートされてるんだけど、ほら、よいぞ! の数がこんなに~」
コインブラさんが見せてきたタブレットには、僕でも驚くくらいの数字がカウントされていた。
宝耀さんは、タブレットを覗き込むと、むんふ~、と上機嫌で鼻息を吐き出す。
「バズってるバズってる、マジ、バズコックス~」
「ギャル語みたいな言い方してるけどさ、宝耀さんをそっち路線で売り出すつもりはないからね?」
陽キャ同士で共通点はあるんだけど、宝耀さんはギャルと違ってギャグ要素が強いから。
「これからは、海奈お姉ちゃんと永澪お姉ちゃんの2人がうちの二枚看板になっちゃうかもね」
社長も上機嫌だった。戦力が増えて困ることは何もない。
「これで来年のカレンダーの売上も倍になっちゃうかも」
「カレンダー?」
「ああ、そんな時期ですか」
不思議そうにする宝耀さんの横で、澤樫が言った。
「毎年うちでカレンダー出してるんだけどね。名刺代わりに前から配ったり売ったりしてたんだけど、永澪お姉ちゃんがブレイクしてからはもう飛ぶように売れるようになってね。うちの大事な主力商品なの」
社長が嬉しそうにする。
「宝耀さん、アレだよ」
僕は、我がオフィスの壁に掛かっているカレンダーを指差す。
「……その女が半裸になっている写真が見えるんですが?」
「水着カレンダーだよ、海奈お姉ちゃん」
社長の言う通り、今月のカレンダーには、ビキニの水着姿な本道さんが、腰をかがめてこちらを覗き込むようなポーズをしている写真が映っていた。
今、ちょうど冬に差し掛かろうかという時期なのに。
まあ、一応の冬要素として、首には申し訳程度にマフラーを巻いているのだけれど。
「2人はこれから、カレンダーのために水着になって撮影されちゃってもらうよ」
「えっ、ええええええっ!? みじゅぎぃぃぃぃ!?」
宝耀さんは真っ赤になって、自らの胸元を腕で隠すようにして、くねくねし始めた。
やっぱり、宝耀さんも水着姿を不特定多数に見せることには恥ずかしさがあるんだな。
「そんなことになったら、わたしがこの女をぶち抜いてトップアイドルになっちゃうじゃないですかぁ~」
違った。むしろ恥知らずなことを平気で口にしていた。
そうだよな、宝耀さんは、こういうタイプだ。
「わたし、体でのし上がったとか思われたくないんで」
キリッ、とやたらと男前な表情をして、本道さんに誇示するように胸を張る。
「スピード出世って、つまんないっスよ。わたしはもっとゲーノー界をじっくり楽しみながら頂点を目指したいんスよねぇ」
「あ、海奈ちゃんったらバカにして。大きさは海奈ちゃんに敵わなくても、可愛い見せ方は私の方がたくさん知ってるんだからね?」
「ていうか、海奈さんよりナガちゃんの方が一般受けする見た目をしているから、あなたが思ってるようにはいかないわよ?」
澤樫が辛辣な意見を述べてくる。
「興味ない人からすれば、海奈さんは単なるデカいだけの女でしょ? あなたの体はマニアにしか受けないわ。胸が大きいからといって、高身長まで受け入れられるとは限らないもの」
「なっ、なんなんですかサワガシったら嫉妬して! 流木みたいな体してからに。いっそのことあなたを抱えて『みんな、サワガシ持ったか!』なんて言ってどこぞ突入しちゃいま――」
言い終える前に、宝耀さんの体がふわりと宙を舞った。
キレた澤樫が、光速の胴タックルで一瞬にして宝耀さんに組付き、見事な一本背負いでぶん投げたのだ。
「海奈さん、世の中には、言っていいことと悪いことがあるのよ?」
澤樫は投げきっても宝耀さんの腕を離すことなく、この期に及んでまだ腕を極めようとしていた。
「宝耀さん、澤樫は学生時代に空手とアマレスと柔道の世界選手権で優勝したことがある猛者なんだからあんまり挑発したらダメって言ったでしょ?」
まあ、誰であろうとひるまないところが宝耀さんのいいところではあるんだけどさ。
「……きょーしろさん、わたし、アイドルなのにマネージャーから一本背負い食らった初めてのアイドルですよね? アイドル業界に爪痕残せましたか……?」
「そうだね。きっと史上初だよ。まあ需要はないから宝耀さんのファンが増えることはないけど……」
僕は、宝耀さんを助け起こす。どうやら澤樫は手心を加えてくれたようで、目立ったダメージはなかった。ていうか、ダメージがあったら大問題だ。所属アイドルを傷つけるマネージャーなんて許されないわけで。
僕の席に宝耀さんを座らせ、事務所内のウォーターサーバーから汲んできた水を渡す。
「それでさ、宝耀さんは水着いけそう? 大丈夫?」
「前にも言いましたが、わたしは見られちゃいけないような貧相な体はしていませんので」
好みの差はあれど、宝耀さんは人目を引きつける体型をしているから、水着になってもきっと映えることだろう。けれど、腕を曲げて二の腕をアピールしているのはどういうことだろう。腕のたくましさを見たくて水着姿のアイドルカレンダーを購入する人は流石にいないと思うな。
「よかったよかった、海奈お姉ちゃんがやる気になってくれてるみたいで」
社長は、コインブラさんの両手を取ってダンスを始めるほど上機嫌になっていた。
「特に新人さんに多いんだけど、水着を恥ずかしがっちゃう子もいるから。お姉ちゃんは話が早くて助かるよ~」
まるでリアルな幼女のように無垢な笑顔を浮かべる社長だけれど、仮に宝耀さんが拒否したとしても、許さずにじわりじわりと説得していたことだろう。基本、社長の提案に拒否権はないから。もっとも、社長に間違いはないわけで、言うことを聞いていれば必ず幸せになれるのだから、何の問題もないんだけどね。
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