第25話 ディナー・パーティー

 宝耀さんが料理をするとは知っていたけれど、どの程度の腕前かまでは知らなかった。

 立場上、互いに干渉するのはよくないと思っていたから、寝る時以外のプライベートな宝耀さんがどんな様子なのか、あまり知らなかったのだ。

 着替えを済ませ、時間通りの宝耀さんの部屋を訊ねた僕は、自分がいかに彼女の腕前を侮っていたのか痛感することになった。


「――ウェルカム・トゥ・海奈ちゃんズ・パーティ!」


 などと言いながら、宝耀さんは両手を広げて僕を出迎える。


「どうぞどうぞ、こちらへ」


 僕をテーブルの前までエスコートした宝耀さんは、わざわざ僕の後ろから前掛けを掛けてくる。身を乗り出した時に、首元におっぱいが当たった。

 テーブルの上は、さながら豪勢な食事のオールスターゲームの様相を呈していた。

 和洋折衷がごっちゃになって、テーブルの上がイッツ・ア・スモールワールドだったのだが、真ん中に王者のごとく君臨している料理がやたらと目についた。


「クリスマスかな?」

「七面鳥が気になりますか?」

「日本の一般家庭の食事に七面鳥は普通出てこないよ」

「うちの実家ではフツーに出てきましたけどねえ。食用の鶏を飼育していたんで、その場でつぶした新鮮なお肉を食べれたんですよ」


 まあこれはスーパーで買ってきたヤツですけどね、と宝耀さんはなんでもないことのように言う。


「へえ。なんか凄まじいことしてたんだね……」

「あっ、きょーしろさんったらなに引いちゃってるんですか。人間はそうやって他の動物の命をいただいて生きてるんですからね? 目を背けちゃダメです」


 まさか宝耀さんに食育を説かれるとは思ってもみなかったよ。

 小型のナイフを取り出した宝耀さんは、カリッカリにローストされた七面鳥を手際よく切り分けて僕の前にある小皿に乗せてくれた。

 味は絶品だった。カリッとした皮は、甘いタレがよく効いていて、柔らかい肉が口の中で溶けるような味わいだ。

 テーブルに並んだメニューは、アラサーな僕には重く感じるくらい大技の連発って感じのものばかりだったけれど、この日ばかりは宝耀さんの厚意を受け入れなければいけないだろう。頑張って食べることにする。

 向かいの位置に座る宝耀さんは、僕以上の食欲で自らつくったごちそうを平らげていく。相変わらず見事な食べっぷりだ。○ブリアニメの食事シーンみたい。そうか、宝耀さんが自分で食べる用でもあったから、これほどの量なのか。


「きょーしろさん、どうです? 満足してくれましたか?」


 もっちゃもっちゃ、とフォークに巻いてタマになったパスタを咀嚼しながら、宝耀さんが言う。


「うん。充分すぎるほどだよ。僕は普段米を炊くくらいで、おかずはほとんどお惣菜頼みだから。でも大丈夫? 高かったんじゃないの?」


 僕のために、わざわざここまでしてくれなくてもいいのに。エンゲル係数が高そうな宝耀さんの食費は何かと気になるところだから。


「いーえ、これはわたしの気持ちですから。お値段が高い低いの問題じゃないんです」

「でもなぁ。悪いなぁ」

「いーんです。この前のお歌のレコーディングではきょーしろさんのおかげで上手くいったんですから。そのお礼もかねてですよ。これでおあいこじゃないですか」


 まさか全力のヲタ芸が豪華な食事に化けるとは。やってみるものである。


「きょーしろさん、わたしのためにヲタ芸の練習までしてくれていたんですね」

「あれは、学生時代に身に着けたものだよ」

「えっ? わたしのためじゃなかったんですか?」


 こころなしか、ドリアが乗ったスプーンを口に運ぶ動作に力がないように見えてしまう。あくまで食べることはやめないんだね。


「僕もできればそうしたかったんだけどね」

「なーんだ。他の女にアピールするためのものだったんですね。喜んで損しましたよ。このディナーももうお開きですね」


 顔を伏せた宝耀さんは、目の前にある食器を両腕でガッとかき集める。


「待って待って! 昔のことだし、今は宝耀さんを推すことに全力を尽くしてるから!」


 マネージャーとして、宝耀さんには売れてほしいと思っているのだから、今の僕は圧倒的な宝耀海奈推しのガチ勢である。嘘偽りはない。


「じゃあ~、ドルオタ時代のきょーしろさんの話してくださいよ~。そうしたら機嫌直してあげますよぉ。これも食べていいですし~」


 普段絶対にやらない猫なで声を出す宝耀さん。してやったりの表情をしていた。しまった。これが狙いだったのか。まんまとやられた……。


「話っていってもねえ。これといって面白いことはないよ?」


 推しのおっかけをしていたのは確かだけれど、オタク内で一目置かれていたり、その界隈で有名だったりするタイプの濃いオタクではなく、普通に応援している大勢の中の一人だったのだから、話せることだってそんなにドラマチックじゃない。


「あっ、そのカオ、これはきょーしろさんがとっても恥ずかしいエピソードを持っている匂いがしますよ」

「変にハードル上げるんじゃないよ。……うーん、まあ隠すようなことでもないから、いいか」


 やはり、宝耀さんには僕の睡眠導入剤になってもらっていることから、頼まれるとどうしても断りきれないものがあった。


「じゃあ……アイドルにハマるようになったきっかけから話せばいいのかな?」

「出だしとしては、まあいいですかねえ」

「どこまで話させるつもりなの……」

「ほーら、今日はこんなものも用意しているんですよ?」


 宝耀さんは、にひひ、という笑顔を浮かべながら、黒くて細長いビンを取り出す。


「それ、ワインじゃないか。どっから持ってきたのさ」

「わたしほどの人間になると、未成年でも顔パスで買えてしまうんですよ」

「君、アイドルなんだよ? なんて危うい橋を渡ろうとするんだ……」

「まあまあ。過ぎてしまったことはしょうがないじゃないですか。せっかく買ってきたんですから、堪能してださいな」


 宝耀さんがお酌をしてくれる。


「僕、あんまりアルコールには強くないんだけど」

「そっちの方がいいですよ。とんでもないぽろりトークが聞けちゃいそうですし」


 僕は、宝耀さんにいいように酔わされ、ドルオタ時代のことを語るのだった。

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