第24話 特別なお呼ばれ

 宝耀さんは、『パーフェクトプラン・プロダクション』のアイドル部門であるひよこオフィスと契約をしているアイドルである。

 つまり、月に一回、会社からお金が振り込まれるわけだ。

 まあ、宝耀さんはデビューしたての新人アイドルで、研修費という名のレッスン関連の費用も給料から引かれているから、手取りはそれほどでもない。ぶっちゃけ、フリーターの方が多くもらっているレベルだろう。


『わたし、初めて銀行口座っていうのつくっちゃいましたよー、田舎にいる時は、ばばあ様の入れ知恵でタンス預金でしたので』


 宝耀さんは、やたらと上機嫌で通帳を振り回していて、少ない給料だろうと気にしていないようだった。今までは実家の手伝いをするくらいで、バイトをしたことがないらしく、賃金を受け取るということだけで感動したようだ。


 ある日の休日。


 完全オフということで、夕方近くなっても寝る時の格好のままグータラライフを送っていた。

 これも、宝耀さんの力で、睡眠という究極のリラックス方法を取り戻すことができたおかげだ。眠れない時は、変に神経が張り詰めてしまっていたせいで、休日もとにかく何かをしていないと落ち着かなくて、休んだ気になれなかったから、これはこれで心と体に良い作用があるはず。別に僕がだらしない人間ってわけじゃないんだよね。

 宝耀さんのレコーディングに立ち会った時、ドルオタ時代の熱を思い出したせいか、僕は時間ができるとUチューブにあるアイドルの動画を巡回するようになっていた。こんなにじっくりファン視点でアイドルを楽しむなんて、ひょっとしたら社会人になって初めてかもしれない。

 そんな充実した休日を送っていると。


「きょ~しろさんっ!」


 インターホンを鳴らした上にドアを叩き、僕を呼びかけてきたのは、隣人の宝耀さんだ。どれか一つにしてくれないかなぁ……近所迷惑だよ。


「なんだい、どうしたの?」


 寝間着にパーカーを引っ掛けた格好のまま、僕は扉を開ける。


「わ。きょーしろさんったらだらしないんだ」


 きゃっ、と言いながら宝耀さんが両手を目に当てる。別に卑猥なモノをチン列していやしないでしょうが。勘違いされるかもだからやめてよね。


「君相手だからこの格好で出てきたんだよ」


 僕の睡眠の関係で毎晩一緒だから、お互いのパジャマ姿なんて散々見慣れている。

 だいたい、部屋着なのは宝耀さんも同じだ。ただ、大きめのピンク色パーカーに、もこもこした素材の白いショートパンツという格好の彼女は、ドレスコードに引っかかることはないんじゃないかってくらいサマになっていたけれど。


「あーっ、きょーしろさんったらそんな倦怠期みたいなこと言って! わたしに親しみを感じてくれるのはいいですけど、ヘンに慣れてゾンザイな扱いしないでくださいよー。そのうちわたしの前で平気でおならするパターンじゃないですかぁ」

「しないってば」


 あと、アイドルなんだし、プライベートだろうと平気でおならなんてワードを出してはいけない。


「バカな……きょーしろさんの方がよっぽどアイドルっぽい……だと?」

「いや昭和のアイドル観持ち出されて驚愕されても」


 下半身からブツを出す出さないをアイドルの定義にされても困る。


「きょーしろさんはプロですねえ。まあ、わたしのお尻から出るのはバラの花ですし、当然香りもローズヒップなんでもうバリバリのアイドル感満載なんですけど」


 てへっ、なんて可愛こぶりっこなポーズをする。


「……要件はなんなの?」


 もはやツッコむ気になれず、僕は頭を抱えながら本題を訊ねる。


「あっ、そうでしたそうでした。これ、本題です」

「……手紙?」


 宝耀さんが差し出してきたのは、シャレた便箋だった。

 開いてびっくり。これは……招待状だ。


「ショニンキューもらったんで、きょーしろさんをディナーにご招待ですよ」


 二つ結びにしたピンク色の髪の房で、口元を隠す宝耀さんは、にへへと笑っていた。


「えっ、マジ……ですか?」

「マジやでー」


 なんで急に関西弁になったの君関西出身者じゃないでしょ、なんてツッコミも忘れるくらい、僕は瞳が潤むのを感じていた。

 まさか初任給を僕のために使ってくれるとは思わなかったのだ。


「日頃の感謝を込めて、海奈ちゃん大感謝祭をしちゃいますよ」

「いいの? だって……」

「そこで遠慮しちゃいますー? なーにビビってるんすかぁ?」

「だって僕は、宝耀さんのお世話になりっぱなしだし、この上こんな……」


 正直なところ、宝耀さんの負担は大きすぎると思うのだ。

 だって、付き合っているわけでも、好きなわけでもない相手に、毎晩のように裸同然の胸元を枕として差し出しているわけだ。本当なら嫌だろうに、宝耀さんはそんな素振りを見せることなく毎晩僕に付き合ってくれている。この上、他に何か親切を受け取るなんて、明らかにもらいすぎに思えた。


「んもーっ、そんなだからきょーしろさんは陰キャなんですよ!」


 宝耀さんは、自らの手で、僕の手の中にあった便箋をぎゅっと握り直させると、軽快な動作で背中を向けた。


「じゃー、わたしはこれからちゃちゃっと準備です。6時になったらうちにピンポーンってしてくださいね。もし欠席したら吾輩が貴様の枕元に化けて出るであろうな、ヌハハ! また会おう!」


 何故か某閣下のモノマネをしながら、隣の部屋へ戻っていく宝耀さん。

 残ったのは、僕の手元にある招待状と、心地よく冷たい宝耀さんの手の感触だ。


「行かないわけには、いかないよなぁ」


 真冬に近づくこの日は、冷え込みがだんだん強くなっていたけれど、僕は暖かい気持ちになりながら、着替えをするべく部屋に戻った。

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