第19話 宝耀さんの初仕事
細かい打ち合わせを経て、やってきたのは事務所の最寄り駅から近場にある商店街だった。
昔ながら、といえば聞こえはいいのだが、近くにあるショッピングモールに押されているせいか寂しさを感じる場所だった。いったいどうやって営業を続けられているんだ? と思えそうな寂れた店もある。商店街で一番目立つのが、バリバリのチェーン店である◯エツというのはどうなのか。
「うわー、今にも潰れそうですね、ここ! ゴーストタウン一歩手前ですよ」
この日デビューすることになる新人アイドルが即効で消えかねないセリフを吐く。
「宝耀さん、その言葉、お店の人の前で絶対に言ったらダメだからね?」
「言うなよ、絶対に言うなよ、ってことですね! わかりました! わ、業界っぽい!」
「いや、本当に言うなよってことだよ」
いまいちわかってくれていない宝耀さんを説き伏せるのに一苦労があった。
この日の宝耀さんは、もちろんと言うべきか、私服ではなかった。
バケツを逆さにしたようなシルエットでモフモフした毛のついた白い帽子に、サンタクロースの服を露出多めにしたような白い服、そして上と似たデザインの短めのスカート。茶のブーツを履いているせいか、普段よりずっと身長が高くなっている。
美少女化した雪だるま、って印象だ。もしくはエロくて白いサンタクロース。
伝統的な商店街に舞い降りた妖精さん、というファンタジーみあふれる設定をオーダーした商店街側の要望に沿って用意した衣装である。
とはいえ、宝耀さんは奇抜な格好だろうと似合っていた。派手なピンクの髪色が白い服の色に映えているせいかもしれない。ただ、腕と脚の露出が多めだから、この時期には少し寒そうだった。撮影に入るまではロケバスという名のハイエースで待機していたからよかったものの、外に出た今となっては寒さがキツいかもしれない。
「おい、暖房!」
「なんで急に怪鳥音みたいな高い声出して僕にくっつき始めるのさ」
「寒いからですよ」
「気持ちはわかるけどさ、人目があるところでアイドルとマネージャーがぴったり身を寄せているのはマズいんだよね」
僕、そっと宝耀さんの肩を押す。
初仕事でいきなりスキャンダルなんてことになったら笑えないからね。
宝耀さんは突き放されてもなお、くっつこうとするのをやめなかった。
「きょーしろさんったら冷たいんだ。ベッドの中ではわたしにぴったりはりついてはなれないくせにー」
「事情を知らない人が聞いたら100%誤解すること言わないでよね」
僕は周囲に視線を巡らせながら、宝耀さんの口を塞ぐ。
「もがぐぐ……きょーしろさんの手がマスク代わりになってこれはあったか~いですね」
「宝耀さんがしゃべるから手によだれが……」
「よだれじゃありませんよ! きょーしろさんの手の中で液体へと還っていったわたしの息です! アイドルやぞ! ファンからすれば金ナンボでも出して吸引したくなるお宝でしょうが! バチ当たりですよ!」
なんですか汚いものでも浴びたみたいに! と宝耀さんがアイドルらしからぬ変な顔をしていきり立つ。
「いや、ごめん。なんか急に生ぬるい感触がしてびっくりしちゃったんだ」
「なんだ……ドキッとしただけですか。まあ、わたしの貴重な体液の感触がしたら、きょーしろさんみたいな少年の顔を持つおじさんがドキドキしちゃうのはしかたのないことですね」
「うん、そうだねそうだね」
「きょーしろさん。気のない返事をしながらお手々をわたしの顔にこすりつけるのやめてくれますか? それ、わたしの息がかかった方の手でしょ?」
「持ち主に返した方がいいと思って」
「自分のハンカチを汚したくなかっただけですよね? わたしのことどれだけばっちい存在と思ってるんですか! わぁん、きょーしろさんが冷たい! はじめてを前にして不安になるわたしのケアをぜんぜんしてくれなぁい!」
「ごめんごめん、悪ふざけが過ぎたよ……」
普段どおりの宝耀さんだから、ちょっとくらいからかったって平気かなと思ったのだが、僕が想像していたよりはずっと緊張しているようだった。
「宝耀さんでも不安になることってあるんだね」
「きょーしろさんは最近わたしをなにがしかのモンスターと思っていませんか? これでも繊細な女の子なんですからね!」
宝耀さんなりの繊細な女の子アピールなのか、その場でくるりとスピンして見せる。
だが、その最中に、ぐーっ、とお腹が鳴った。
うーん、本番前に平気で空腹を訴える女の子が、繊細とは。
そんなモノ言いたげな僕の視線に気づいたのだろう。宝耀さんは、寒さに負けないくらい顔を真っ赤にして。
「違います! これはお腹が鳴ったのではなく、お腹にいる赤ちゃんが発した鳴き声です!」
「君、アイドルやぞ? 言い訳に使っていいこととダメなことがあるでしょうが」
僕は周囲の視線を気にしながら、宝耀さんを咎める。
「あらあらまあまあ、急に大きな声出して、うるさいパパでちゅね~」
「ママ感出しながらお腹さすって語りかけるのやめてくれる? シャレにならないからさぁ……」
手を出してはいないとはいえ、寝床を共にしているだけに、もしかしたら意識のないうちにやることやってしまっているのでは? なんて疑問が頭をもたげて不安になっちゃう。
「宝耀さん、がんばってよ。これが終わったら商店街の人たちの厚意でお土産くれるらしいから。そこの鯛焼きとか」
「まさか、それがギャラ代わりだなんてことありませんよね?」
「そんな若手芸人の営業残酷物語みたいなのはないよ」
いくらうちが弱小アイドル事務所でも、さすがにない……はず。
そうこうしているうちに、撮影の準備が出来たらしく、僕は宝耀さんを送り出すのだった。
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