第18話 宝耀アイドル、世に出る

 明けて翌日。

 僕は、宝耀さんと一緒に事務所で社長と向かい合っていた。


「社長、本当なんですか?」

「本当だよ、お兄ちゃん」


 いつものように、椅子に腰掛けた社長は、おもちゃを前にしたこどものようにニコニコしていた。


「デビュー……してしまうんですよね?」


 僕は、未だに半信半疑だった。


「そだよ。昨日言ったでしょ。ワタシはお兄ちゃんにウソなんかつかないもんね」

「そうなんですけど……まだ、筋トレしかしてませんよ? レッスンなんてロクにしてませんが……大丈夫なんですか?」


 そうなのだ。

 昨日の夜、社長から連絡があって、『海奈お姉ちゃんのデビューが決まったよ。じゃあワタシもうおネムだから~ふわわ~』とあくびをしながら電話をしてきたのだった。

 宝耀さんは体作りしかしておらず、アイドルらしいレッスンは未だ皆無。そんな子をデビューさせるなんて、社長はいったいどうしてしまったんだと思わずにはいられなかった。


「一応聞いておきますが、後楽園ホールでデビューするわけじゃないですよね?」

「違うよぉ」


 社長は、コインブラさんを抱えながらにっこり微笑む。


「うちの近所にある商店街で、ちょろーっと歩きながらお店紹介してくれればいいだけだから」

「いや、ですがね……」


 心配なのは僕だけではなくて、当然宝耀さんも同じ気持ちのはずだ。

 大事なデビューの仕事。無茶に挑んで失敗はしたくないはず。

 背後に控えている彼女の様子を見ると。


「時は来た」


 自信満々に、やる気になっていた。


「ついにわたしが世界デビューしてしまうんですよ!」

「商店街のサイトに乗せるウェブCMだから、世界の人が観るといえば観るよね」


 社長が言う。とってもローカルな地元商店街のサイト用なのか。……じゃあほとんど誰も見ない可能性があるな。それなら、たとえ大失敗したとしても軽傷で済むかもしれない。

 どちらにせよ、社長命令だから断れないわけだし。


「わかりました。宝耀さんもやる気になってるみたいだし、僕からはもう何も言うことはありません」

「じゃー、細かい打ち合わせに入ろうか」


 社長は満足そうに言うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る