第11話 結果にコミットさせられる

 そして宝耀さんは、無事ひよこオフィスに所属できる運びとなったのだった。

 ただ、細かい書類関係の手続きはまた後日ということになった。


「――でもね。お姉ちゃんにはまず研修生から初めてもらわないといけないんだ」


 クマのコインブラさんと戯れながら、社長が言う。どうやらご機嫌な様子。

 ちなみに宝耀さんは、審査が終わってからというものずっと僕にぴったりくっついている。彼女いわく、『マズいです。男性の体の感触を味わっていないと新たな世界に目覚めてしまいそうですので! しかも相手が見た目幼女なんてシャレにならないじゃないですか~』だそうで、半泣きだった。かわいそうだから宝耀さんの好きなようにさせている。まあ、びっくりするのもしょうがないよね。


「研修生……?」


 宝耀さんが不満そうにする。


「ありのままのわたしでも人気沸騰して全宇宙待望のアイドルになれる素質があるから合格させたんじゃないんですか~?」


 宝耀さんは露骨に嫌そうにしていた。若い子は地味で忍耐が必要な『基礎』が嫌いだからね。


「海奈お姉ちゃんは素材は一級品だと思うよ」

「だったら、磨く必要のないダイヤモンドことわたしをさっさと武道館でも東京ドームでも大々的にデビューさせなさい」


 宝耀さんは、僕を盾にしているのをいいことに強気だった。


「宝耀さん、前も言ったでしょ? あくまでうちの事務所にいるアイドルは、千葉のローカルアイドルでしかないんだって。全国区になりたいなら、別の事務所に移籍するしかないよ。うちの事務所の力じゃ、武道館や東京ドームなんて夢のまた夢だから」


 社長の前でこんなことを言いたくなかったけれど、いたずらに宝耀さんの期待を煽るのも嫌なので言ってしまった。


「京志郎お兄ちゃんはああ言ってるけど、海奈お姉ちゃん次第では全国区になれちゃうかもよ? だからまずは基礎からがんばろうね」


 社長が言った。


「基礎ぉ?」


 宝耀さんは、僕の両腕をフルネルソン風にロックする。ちょっと足の先が浮いちゃってるんだけどまさかそこからスープレックスに移行するなんてことないよね?


「基礎ったって、どんなことをすればいいんですか?」

「まず、ダイエットだよね」


 社長はニコニコしっぱなしだ。


「ダイエ……えっ、もしかしてわたしのカラダ太すぎ?」


 宝耀さんは露骨にショックを受けていた。


「海奈お姉ちゃんがでぶだって言いたいわけじゃないんだよ?」


 社長が、コインブラさんの両手をぶんぶん振りながら言う。

 宝耀さんの名誉のために言っておくと、僕の目から見ても別に肥満体型ではない。胸とお尻のせいでふくよかに見えないこともないけれど、社長のアイドル審査を受けている時にちらっと見えた裸体には、特に気になるような肉はついていなかった。食事量のわりによく体型を保っていられるな、と感心はしてしまう。


「別に細いのがエラいわけじゃないんだけどー、ぽちゃ体型じゃファン層が限られちゃうから。もうちょっと絞ってほしいな」


 ぽちゃ体型の需要だって間違いなくあるだろうけれど、社長は宝耀さんをもっと幅広く受け入れられるアイドルにしたいのだろう。それだけ、宝耀さんの可能性に期待しているのだ。


「でぶ……でぶ、わたしが、おすもうさん……?」


 宝耀さんは、完全にデブ扱いされたと思い込んでいるようで、社長の話すら耳に入っていないようだった。


「お兄ちゃん、じゃあその辺のマネージメントは頼んだから」

「あっ、はい」


 社長は、アイドルの売り出し方や指針を考える役だ。プロデューサーに近いよね。社長が描いた『図案』を再現できるようにアイドルを導くのは僕の役目である。なんか面倒くさくなって丸投げしてきたわけじゃない。社長がそんな適当するわけないからね。


「今度の子は、上手くいくといいね、お兄ちゃん?」

「…………ですね」


 社長のせいで昔のことを思い出したけれど、動揺するあまり四股を踏み始めた宝耀さんをなだめることに意識を向けすぎて、いつしか気にならなくなった。

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