第10話 ロリ社長のドキドキ身体検査
ひよこオフィスは、弱小アイドル事務所である。
けれど、その母体である『パーフェクトプラン・プロダクション』は、大手の芸能事務所だ。
いくつもの部門を抱えるこの『パー・プロ』のアイドル部門であるひよこオフィスだけが、業界最弱の存在というだけだ。
元々『パー・プロ』は、昭和の時代にアクションスターを多数抱えた男らしい硬派な芸能事務所であって、平成中期になってようやく女優や歌手やアイドルを抱えるようになったという、いわば女性芸能人に関しては新参だった。おまけに幹部クラスのお偉いさんは、未だにアイドル、というより、若い女の子に力を注ぐことに抵抗があるらしいから、僕が所属しているアイドル部門はなかなか成果が出ない。
東京にある『パー・プロ』の本社ビルは、とても立派な高層の自社ビルなのだけれど、アイドル部門は千葉の辺境にある。見た目も質素極まりなく、郵便局の支店みたいだった。
「こぢんまりしてますね」
宝耀さんにアイドルへの熱意がどれだけあるのかわからないけれど、少なくとも事務所を目にして絶望してはいないらしい。それどころか、珍しいモノを見る目を向けている。
「あまり建物がデカくても温かみに欠けるような気がするよね」
「その理屈はよくわかりませんけどね」
首を傾げる宝耀さんを連れて入り口へ向かうと、申し訳程度のカードリーダーがある。僕は入館証を通して、宝耀さんと一緒に事務所の中へ入った。警備員なんて、いない。
外観と同じく、事務所内はそう広くない。学校の職員室を半分にした程度の広さしかない。内装も殺風景で、全体的に灰色の印象がある。ほんの一部だけ花と小物でやたらとカラフルな一帯があるけれど、そこが僕の後輩の座席だった。案外女子力高いんだよね。
この事務所で常駐で働いているのは、現在では僕を含めて3人しかいないから、デスクは3つ分くっつけてある。僕と後輩の席が向かい合うかたちになっていて、そこに横付けされているのが、社長の席である。
社長は、ちょこんとおとなしく座っていた。デスクの上に、翼を授けることでおなじみの缶がタワーになってさえいなかったら、この場で写メしているくらい可憐な姿だった。
我が社長こと、
ウェーブがかかった長い髪は金色に染めてある。
左目だけ紅色の瞳をしているけれど、これはカラコンだ。
肌は白く雪のようで、かといって血色が悪いわけではなく健康的で、ぷにぷにした頬をしていた。徹夜明けの時に顔をバシャバシャ洗ってノーメイクな状態で事務所に現れることもあるけれど、その時ですら小学生みたいな肌を保っていた。ひょっとしたら、そもそも化粧すらしていないのかもしれない。
肩が出たドレスみたいな黒いゴスロリ服を着ていて、黒い編み上げブーツで小柄な背丈を底上げしていた。
彼女の傍らには、いつものように秘書のコインブラさんがぴったりくっついている。コインブラさんは、社長よりちょっぴり背が高いクマのぬいぐるみだ。某プー氏のような見た目をしている。多忙極まる社長の精神を安定させる存在として、いつもそばに控えていた。
こんな社長だけど、元々は母体である『パー・プロ』に勤務していたそうだから、優秀な人には違いない。
「ひさしぶり。体はもうよくなったの、お兄ちゃん?」
社長が言った。見た目と同じく、声も舌っ足らずで幼いんだよね。
「はい。超~、元気元気ですよ!」
僕は、ここぞとばかりにアピールする。無断欠勤の汚名を返上する意思がありますよ、という気迫を示しておかないといけない。
「お、お兄ちゃん……?」
宝耀さんが、キャ◯メルコーンのパッケージみたいな顔で訝しむのも無理はない。
「これも社長なりの、モチベーションアップの方法なんだ」
僕は、上司をフォローする意味で即座に言った。
「ほら、かわいい妹に『お兄ちゃん』呼びされるくらい幸せなことってないでしょ?」
「それは限られた1部の人だけです。リアル妹がいる人相手だったら通用しませんってば」
「たしかに僕にリアル妹はいないけどさ……でも、妹がいる澤樫にも効いてるしなぁ」
「ていうか、あの人社会人デビューのOBSNですよね? 恥ずかしくないんですか?」
宝耀さんがいきなり失礼なことをぶっこんだ。
「あっ、お姉ちゃんひどーい」
社長は目を矢印にして、ぷんぷんと怒ってみせる。その隣で、コインブラさんが両腕を伸ばして社長をなだめていた。
「ねー、お兄ちゃん。そのヒトが、お兄ちゃんが言ってた宝耀海奈お姉ちゃんだよね?」
「そうですよ、社長」
「なんですか。宝耀海奈メンバー、みたいに『お姉ちゃん』をくっつけないでください」
宝耀さんが、社長に食ってかかろうとする。
「こら、宝耀さん。社長は別に悪気があって言ってるわけじゃないんだよ?」
「きょーしろさんもなんなんですか。おかしいと思わないんですか? 初めてですよ……わたしより年上なのに『お姉ちゃん』呼ばわりしてくるおバカさんに遭遇したのは……」
宝耀さんはどういうわけか社長の『優しさ』が気に触って仕方がないらしい。
「この雰囲気。病んだ職場って感じがぎゅんぎゅんしますよ」
「病んでないよ。アイドルとはなんぞや? を追求している真面目な職場だよ」
「うふふ。海奈お姉ちゃんはアイドルになりたいんだもんね? アイドルになりたいなら、元気なことはとっても大事だよ」
社長は機嫌を損ねることなく、ニコニコしている。
社長は別に、いつだって絶えることなく笑顔を見せるようなキャラじゃない。厳しい時だってある。きっと、宝耀さんにアイドルの資質を見出しているからこその上機嫌だろう。
「じゃー、ちょっと審査させてもらうね」
んしょっ、と言いながら、社長が椅子から飛び降りると、コインブラさんと一緒に宝耀さんの近くに寄っていく。間近で比べてみると、身長差がすごかった。宝耀さんはどう低く見積もっても、170センチはあるからね。
「ま。ナマイキなガキですね。中古ショップ気分ですか? わたしはバリバリの新品なんですがねぇ」
鬱陶しそうな宝耀さんは、相変わらず口が悪かった。
社長は宝耀さんの妄言を気にかけることもなく、宝耀さんの顔をじっと見上げる。
「うんうん、とりあえずお顔は合格かな。ちょっと田舎くさいところがあるけど、メイクでどうにかなっちゃうなっちゃう」
「こら、聞いてるんですか、おちび!」
「あっ、お姉ちゃん。ちょーっとお口閉じててね。舌噛んじゃうかもだから」
社長の目がカッと見開いた時、形成が逆転した。
社長は遠慮なく宝耀さんの服の下に手を突っ込むと、まるでパン生地をこねる職人みたいな顔つきで、大きな乳をひたすら揉みまくった。
もちろん、単なるセクハラではない。これはれっきとした、社長によるアイドルとしての資質をチェックするための方法だ。ちなみにコインブラさんは、背の低い社長のために踏み台になっていた。
「あびゃびゃ、な~にしよるんですかこの子は!」
思ってもみないところでウブを露呈することがある宝耀さんは真っ赤になっていて、妙な言葉遣いをするくらい動揺する。
「うーん、ちょっと大きすぎ? 巨乳キャラは汎用性低いんだよねえ。使い方限定されるし。グラビア向きかなぁ。う~ん。はいはい」
それまでずっと舌っ足らずで儚げだった社長の声音が、低く冷たいものへと変わる。
社長の両手は、胸から腰へとすーっと移動していく。
「ふんふん、デニム越しでも腿にぷにっと感があると思ったけれど、これは見事な安産型……でも体幹がしっかりしてるし、激しい運動も難なくこなせそう。体育会系の明るいキャラも無理なくいけそうな感じね」
社長のお手々は、腰から尻へとくるんと向かう。その過程でなんと、宝耀さんが穿いていたデニムが足首までずり下がっていて、遅れて真っ白な下着がパサリと落ちる。肝心な部分は、白ニットの服(童貞を殺すヤツ)の裾のおかげで上手く隠れてくれていた。
「え~っと、お尻の膨らみは、っと」
「あ、あばばばば手が、指が……溝に、穴に……陵辱してくりゅ~」
ほんの少し前まで余裕ぶって社長を見下していた宝耀さんは、両目をぐるぐるにして鼻から汁を出していた。とっても不穏な発言が聞こえたけれど、気にしない気にしない。そうじゃないとやっていけないし……。
宝耀さんのお尻から離れた手を、今度は脚に向ける社長。こちらはこれまでのチェックよりずっとマイルドで、危険物がないか手で調べるような感じだった。
「ほーん、ちょっと腿が太いけど、脚は長いね。日本人は脚が短い子多くて厚底で誤魔化そうとしちゃいがちだけど、あなたはそういうことする必要ないね。うんうん、逸材逸材」
満足そうに頷く社長は、両腕を組んでいた。
「ふわぁぁぁ、もう、終わりですか? 終わりですよね? わたしまだ清らかな体のままでいられてますよね? まだ……新たな世界には目覚めてませんし……!」
宝耀さんはもはや限界のようで、両足が生まれたての子鹿みたいにガクガクになっていた。とても息が荒い。気のせいかもしれないけど、瞳にハートマークが浮かんでいるような気がした。
「ううん、まだ終わってないよ、お姉ちゃん」
「えっ?」
「はい、じゃあ次全身」
社長は、思い切りジャンプしたと思ったら、同時に宝耀さんが着ていた白ニットの服を剥ぎ取った。なんてことだ、ブラも一緒だ。
全裸の状態になった宝耀さんは、デスクの上に寝かされた状態になる。社長はそこに覆いかぶさるように陣取った。ちなみに僕の位置からでは、コインブラさんの絶妙なポジショニングのせいで、ちょうど宝耀さんの胸元から腰にかけて見えなくなっていた。
ああなったらアイドル志望の女の子は最後、打つ手がなくなる。社長にひたすらいいように体をいじられてしまう。単なるセクハラではなく、女の子の正直な反応を見て本性を引っ張り出そうという社長なりの考えがあっての行いだ。
このひよこオフィスでは、アイドル志望の女の子の見た目だけではなく、中身もちゃんとチェックする。ああやって完全な素の姿をさらけ出して見せることで、その辺を確認しようという試みだ。僕はそう聞いている。
ただ、その効果は凄まじく、敏感な体を持つ人だったら、その後社長ナシでは生きられなくなる、なんて伝説も耳にするくらいだ。
だから、僕が目にできるのはここまで。
同性に見せることすら躊躇われるような恥ずかしい目に遭うのは確定なので、紳士はこの辺で去ることにする。
「……宝耀さん、安心して。社長はヘテロだから、宝耀さんを籠絡してやろうと思って全身を弄り倒してるわけじゃないから。ちょっと仕事に対する情熱が強いだけなんだ」
僕はそっと、宝耀さんにエールを送る。今までの社長のコメントを聞く限り、どうやら審査に合格することは間違いないみたいだから。
僕は、すぐ隣にある資料室に身を隠し、宝耀さんが無事我社のアイドルとして迎え入れられるのを楽しみに待つことにした。
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