第8話 ドルオタ時代の京志郎
本当に小さなライブハウスだったけれど、そこにいるだけで僕は外界の嫌なことや面倒なことなんて全部忘れてしまうことができた。
会場のほとんどが暗闇に包まれる中、唯一ステージだけが眩く輝いている。
様々な工夫をこらした演出のおかげもあるものの、瞬きすら忘れてしまうほどステージに夢中になってしまうのは、そこで歌ったり踊ったりしている女の子たち自身に圧倒的なオーラがあるからだ。
彼女たちは有名ではないけれど、たとえ立っている場所がステージじゃなくたって、僕とは別格とわかる特別な存在だった。この前は、ショッピングモールのイベントスペースでライブをしていたけれど、充分な演出ができない場所でだって圧巻のオーラを放っていたのだから、やはりそこらの女の子とは違うのだ。
「――みんなー、今日は来てくれてありがとー!」
センターに立った黒髪の女の子に応えるように、僕の周りの人間が大きな声を上げて両腕を振る。もちろん僕だって同じことをしていた。
高校生の時に友達の付き添いで連れてこられた時は、遠巻きにこの異様な光景を眺めていただけだったというのに、大学生になって1人でも現場に通い詰めるようになってからは、すっかり恥ずかしさなんて消え、興奮の坩堝の一員になっていた。
高校生の時と違うのは、メンバーに自分よりも年下の女の子がいる場合が増えたことだ。僕は特別年下が好きなわけではないけれど、魅力があったり頑張っていたりするのがわかったら、年齢関係なく応援したい気持ちになってしまう。
勘違いされがちだけど、好きなアイドルがライブをしている会場に通い詰めたり、推しのグッズやCDや、場合によっては会場限定販売のCD-Rを購入してしまうのは、推しと結婚したり付き合ったりしたいからとか、そういう目的からじゃない。
純粋に、応援したい気持ちがあるからだ。
推しの一挙手一投足に、自分を重ねてしまうのである。
推しが嬉しそうな顔をすれば僕も嬉しいし、悲しそうだったら僕も悲しい。歌やダンスを通して何かを懸命に訴えようとしているなら、一秒も集中を乱すことなく全部受け止めようとしてしまうし、何かを勝ち取ったのなら、まるで自分のことのように誇らしく思ってしまう。
個人的な知り合いでもなんでもない相手にそこまで感情移入できてしまえるのは、やっぱり彼女たちがアイドルだからだ。
一握りの限られたアイドルには、他人の感情すら自分自身の人生の一部に巻き込んでしまうパワーがある。もちろん普通の女の子たちだってそういう力がないわけではないのだろうけれど(だから好かれるわけだし)、アイドルはそんな引っ張り込む力を自覚的に使っているからこそ、教室の中だけで生きている時は『この子のために何かをしてあげたい』と思ったことのなかった僕みたいな人間ですらも献身や奉仕の精神に目覚めてしまうのだ。
それくらいアイドルにドハマリしていたのだけれど、ライブハウスだろうと、商業施設に併設された小さな会場だろうと、とにかく会場に顔を出していた頃の僕は、将来自分がアイドル業界で仕事をすることになるなんて、想像もしていなかったのだった。
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