第6話 ばすと・いん・ぴーす

 これはおかしなことが起きているぞ、と感じたのは、宝耀さんとやむなく同衾することになり、腕同士が密着する近さで横になった時だ。

 どういうことだろう?

 なんだか脳の活動が鈍くなり、意識がぼんやりとしていく。

 不快な感じはしない。

 それどころか、心地よい。

 まるで、眠りに落ちていく直前みたいにふわふわした感じがする。

 そんな僕の「異変」は、すぐ横にいる宝耀さんも感じているようだった。


「あれれ、きょーしろさん、どうしちゃったんですか? 今にも寝そうになっちゃってますよ? 『寝てねーわー、オレ全然寝てねーわー。20分しか寝てねーわ~w』って寝てないアピールしてイキってたじゃないですか?」


 宝耀さんは、煽りながらも不思議そうにしていた。


「いや、変なんだよ……」


 宝耀さんの体温のせいか感触のせいか匂いのせいか、それはわからないけれど、体を密着する体勢で横になったことで、眠気が訪れていた。

 こんなこと、今までなかった。

 ずっと見つからなかった解決策が、まさかここにあるっていうのだろうか?


「宝耀さんのそばにいるとやたら心地よくて眠たくなるんだ……」


 ぼんやりしていく意識のせいで、僕はシラフでは絶対に口にできないような素直な言葉すら吐き出してしまった。


「うふふ、きょーしろさん、それはわたしのこと好きになっちゃってるんですよ」

「それはない」

「即答!?」


 暗闇の中に、ガーンという響きが聞こえた気がした。

 ていうか、今日会ったばかりで、年下で、それより何より、わが事務所の大事な『商品』になってもらう予定の女の子に一目惚れしてしまうほど僕だってチョロくはない。


「で、でもでも、わたしと一緒にいることで安心しちゃうからネムネムになっちゃってるんじゃないですかねえ?」


 食い下がってくる宝耀さん。たぶん、別に僕に好きでいてもらいたいとかいうことじゃなくて、僕みたいな人間からフラれた感じになっていることが許せないだけだろう。どうもビジュアルには自信を持っているみたいだし。


「まあ、たしかにその可能性はあるかも……」


 落ち着きを感じていることは否定しようのないことだから。

 ヤバい。本格的に眠りの世界へ落ちていく。

 眠る前に脳が見せるような、脈絡のない映像が次々浮かんでくる。

 宝耀さんが言っていることも、だんだん理解できなくなってきた。


「じゃあじゃあ、きょーしろさんが眠れるように、わたしがんばっちゃいますよ!」

「そんな、悪いよ……」


 がんばるったって、どうがんばるの? どんな手段に出てくるのかわからないのが不安で、僕は宝耀さんの提案に乗りたくなかった。

 それに、宝耀さんにとって僕は、今日会ったばかりの怪しげな自称マネージャーだ。僕の体の異変にまで付き合う義理はない。


「いいんです! きょーしろさんは、わたしの恩人ですから!」


 なんと宝耀さんは、僕をぎゅっと抱きしめてくる。

 姿勢の都合上、僕の顔は宝耀さんのお胸の位置に埋まってしまっていた。

 いやらしい気持ちはなかった。

 まるで、母親が小さなこどもをあやすような抱きしめ方をしているからというのもある。

 あと……ちょっと呼吸が苦しかったから、役得に預かっている感が薄かった。


「これで永き眠りにつけますね」

「僕を殺そうとしないでくれる?」


 空気の抜け道がなさそうな胸の間で窒息死しかねないから、あながち冗談にはならないのだが。

 そんな状況で、急に宝耀さんが無言になったのが不気味だった。


「宝耀さん?」


 呼びかけても返事はなく。

 代わりに聞こえてきたのは、すーすーという穏やかな寝息だった。

 慣れない都会に出てきたばかりでトラブルにも遭遇したから、疲れてしまっていたのだろう。

 僕もいよいよ眠りに落ちかけていた。

 あと2時間程度で、出勤の準備をしないといけない時間になる。

 本当に眠れるかどうかはわからないけれど、この調子なら、目を閉じて横になっているだけだったこれまでよりも、ずっと疲れを取ることができそうだ。

 そして僕の意識は。

  

 ――スヤァ。

  

 ぷつりと途切れるようになくなった。

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