第5話 寝ますか? 寝ませんか?
近所のコンビニで買い物をして戻ってくると、宝耀さんはおとなしくベッドの上にいた。
「おかえりなさい、きょーしろさん」
「うん、ただいま」
出迎えてくれる人がいるって嬉しいな、と思うのだが、宝耀さんはあくまで大事な所属(予定)アイドル。彼女や嫁的を妄想してほっこりしてはいけない。
僕は、コンビニで購入してきた宝耀さん用の衣服を渡す。
コンビニ服を着た宝耀さんは、持ち合わせの体つきを薄着で覆っただけだから、未だ煽情的な印象は拭えなかったけれど、もろ出しの危機を回避できる程度には着込むことができていた。
「じゃあ、僕はそろそろ寝るから」
目を閉じて横になるだけの作業に入るべく、ソファへ向かう。
眠れなくても、「睡眠」という時間を1日のサイクルに組み込んでおかないと、時間感覚が狂って大変なことになる。だから、単に目を閉じるだけの作業も、僕にとっては大事なことだった。
「あの、きょーしろさん……」
どうしたんだろう? と振り返ると、宝耀さんは、指同士を突き合わせてもじもじしていた。
「あのー。なにからなにまでやってもらっている上に、家主のきょーしろさんをソファで寝かせるのは申し訳ないっていうかなんていうかなんですけど」
驚いた。
あくまでこの数時間で見た限りだけれど、宝耀さんはもっとこう、持ち前の天真爛漫さで悪意なく他人を巻き込んで引っ張っていくようなイメージができていた。
だから、こういう気遣いをされるととても驚いてしまう。
「なので、一緒に寝ましょう!」
驚いた。その2。
えっ? どういうこと? まさか性のお誘いといかそういうの?
「わたしもめっちゃ疲れたのでベッドで寝たいんですよね」
ぷくーっと頬を膨らませる宝耀さん。
「ベッドで寝たいですけどきょーしろさんをソファ行きにさせるのは申し訳ないので、折衷案としてのベッドインです!」
「ちょっ、意味わかって言ってる?」
「わかってます! 一緒に寝るって意味ですよね?」
「そうだけどさ……」
「わたし、これでも田舎ではじじ&ばばに風神と雷神みたいに挟まれて寝てたんで、とっても寝相いいでスよ?」
「あー、やっぱそういう意味か」
ほっと安心したような、残念なような。
まあ、『商品』に手を出すなんてことあってはいけないことだし、変な誘いじゃなくて本当によかった。
そして、宝耀さんはとてもおじいちゃんおばあちゃんと仲がいいらしい。
祖父母と仲がいい系アイドル。これは素朴で、いい『ウリ』になるぞ。キャラじゃなくて地なのだからなおさらだ。
「気持ちはありがたいけど、遠慮するよ。宝耀さんは女の子だからね」
「だ、だめです!」
なんと宝耀さんは僕のそばまで、ベッドのスプリングを利用して飛んできて、僕の腕を掴んだ。……なんて身体能力なんだ。こりゃドロップキックをさせたら巨漢の顔面を綺麗に捉えるくらいのバネを持っているかもしれない。
「きょーしろさんをこのままソファに転がすわけにはいきません。だってわたし、田舎のばばあ様に言われてるんです。『施されたら施し返す。恩返しだ』って!」
「それ、ホントにおばあちゃん発なの?」
「むむっ、うちのばばあ様を否定する気ですか?」
「いや、そういうつもりじゃないんだけどね」
「じゃあわたしと一緒に寝るべきです!」
強気全開で僕をグイグイとベッドに引き込んでいくと思ったら、急に引っ張る力が弱くなり。
「……なんですか、わたしダメなんですか、ひょっとして臭いとかおっぱいが邪魔そうとか思ってるんですか?」
急に弱気なことを言い出すのだ、この子は。
「そんなこと、ぜんぜんないよ」
臭いどころかお風呂上がりでむしろむしゃぶりつきたくなるくらい甘いいい匂いがするし、おっぱいは大きいけど僕をベッドから押し出すほど奇怪なサイズをしているわけではない。
どうもこれは、宝耀さんと寝床をともにしないと埒が明かない流れだ。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うふふ、わたしと寝たいなら初めからそう言えばいいんです」
「だから言い方よ」
「きょーしろさんったら、本音を隠しちゃうむっつり系男子なんだから!」
僕は宝耀さんに好き放題引っ張られ、壁際に設置してあるベッドの壁方面へ押し込められてしまうのだった。
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