あの方をこれ以上穢さないための思索(アーネット視点)

 ――しまった。

 馬車ごしに流れる光景を睨みつけながら、私は舌打ちを堪えていた。

 ミシェルが法王の養子であることは知っていた。

 だが、まさか彼が回復魔法を使用できるとは……。


「……もう少し、馬車を速めてはくれませんか?」

「できるけど……大丈夫かい? 風邪をひいても知らないよ?」

「ええ、かまいません」


 ショウ様に傷をつけてしまうなど、本来であればあってはならない事態だったが、同時に好機でもあった。

 あのタイミングで私が彼を治すことで、彼奴らからショウ様を引き離すことができたのだ。

 だというのに、私は失敗した。

 出立前の様子から察するに、あのジョシュアという少年は、ショウ様を慕っているのだろう。

 原因はおおよそ理解できる。あの傷を負ってしまったときだ。

 ――まったく忌々しい。

 あのミシェルとかいう少年もそうだが、誰も彼もショウ様を下劣な目で見るばかり。

 彼のあの神聖なまでの純朴さを、なぜ護ろうとしないのか。


「……いや」


 ――そうだ、ならば彼奴らが好んでショウ様を遠ざけるようにしてしまえば良いのだ。

 あの方をそのような目に合わせてしまうという罪悪感はあるものの、今の薄汚い浮世に放置してしまうよりはずっと良い。

 罰はまた、すべてが終わった後に受けてしまえば良いのだ。


「そうなると、あ奴らにも利用価値が産まれますね……」


 同じくパーティーを組んでいるブレイとガフ。

 どちらも家柄は良く、実力も確かではあるものの、あまりにも性格と見る目が悪い。

 もっとも、貴族社会という枠で捉えれば大して珍しい存在でもないのが悲しいが……。

 それはともかくとして、とくにガフだ。

 ブレイは頭が悪く、また私に思慕の念を抱いているためどうとでも操れるが、ガフは切り捨ててしまう予定すらあった。

 なにせ私に独断で枢機卿とのコネを作ってしまうような男だ。

 どれもこれも私のためなどと嘯くのだからタチが悪い。

 それゆえに、ショウ様のためにも彼らは適当な罪をかぶせて牢屋へと送ってしまう予定であった。

 しかし、現状であれば話は別だ。

 奴の策を利用して、ショウ様の評価が下がってしまうようにしてしまえば良い。

 あとは傷ついてしまったショウ様を囲ってしまうだけだ。


「……あ、あの、聖女様……?」


 御者が困惑した様子で私を見つめている。

 どうやら少し声に出てしまっていたようだ。

 まあ、焦るようなことでもない。


「あら、なんですか?」

「いや、さっきのは……」

「さっきの? 私はずっと黙っておりましたが」

「……そうだ、そうだったな。すまない、聖女様」

「いいえ、こちらこと紛らわしかったようで申し訳ありません」


 スキル『夜の女王』を利用して、相手の精神を操作する。

 これは聴覚をスイッチとして、対象の精神を操ってしまうものだ。

 もちろん万能なスキルではなく、まず対象が私に対してあらかじめ設定しておいた印象を持っていなければならない。

 もっとも、この条件も実質あってないようなものだ。

 なぜなら、私が設定した印象は「聖女」なのだから。


「……さて、速く戻りましょう」


 少しでも早く、ショウ様を衆生からお救いするためにも。

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