とりあえず終わったんですが

「――おや、もう終わったようですね」


 扉の向こうからアーネットがやってきた。


「うん、なんとかね」

「本当にお強くなったのですね。適当に片付いたら加勢しようかと考えていたのですが――」


 僕の腕に短剣が刺さっているのを認めて、彼女の顔が青ざめた。


「あ、ああ。ナイフが、ナイフが」


 先ほどまでの落ち着きはどこへやら。

 速く、速く回復魔法をかけなければ、とアーネットが僕に近づいて――


「キュアペイン」


 ――ミシェが僕に回復魔法をかける姿を、呆然と見つめた。

 さっきまで腕を襲っていた痛みが、どんどんなくなっていく。


「ミシェ、回復魔法が使えたんだ」

「うん。これのおかげで教会にいけたようなものだからね」


 さっきまでは怖くて全然使えなかったけど、とミシェは自嘲した。


「ううん、はじめての戦いで、それでもこれだけ冷静に動いてくれたんだ。それだけで十分だよ」

「ありがとう、そう言ってくれて。……さて、短剣を抜き取るよ」


 ちょっと痛いけどごめんね。

 そう言ってミシェは、短剣をするりと引き抜いた。

 ちくりとした痛みが腕に襲いかかる。

 けれどミシェがかけてくれたキュアペインのおかげで、箪笥の角に指をぶつけるほうが痛いくらいだ。

 あっさりと短剣が抜き取られて、近くの床に投げ捨てられる。

 血はでない。キュアペインは痛みをとるだけじゃなくて、血も止めてくれる魔法だからだ。

 あくまで一時的に止めているだけだから、それとは別にちゃんとした止血もする必要があるけど。


「……ヒール」


 短剣から外れたミシェの手が僕の腕に移動して、その手からぼんやりとしたやわらかい光が灯る。

 光から伝わる人肌くらいのぬくもりを感じていると、さっきまでぱっくりと開いていた腕の傷がどんどん小さくなっていった。

 裂けた皮膚同士がまたくっつくみたいに、どんどん傷がなくなっていく。

 そして光が消えるころには、僕の腕は傷ひとつないものへと変わっているのであった。


「よし、これで治療完了」

「ありがとう、ミシェ」

「ううん、これくらい当然さ。……それで、身体に異変とかはない?」

「なにもないよ。毒とかなさそうだ」


 右腕をフリフリと振って、大丈夫だとアピールする。

 それでミシェとジョシュアくんは安心してくれたみたいで、ふたりはほっと息を吐いた。


「……アーネット?」


 ――視線の横に、ぷるぷると震えた様子のアーネットが映る。

 なにかあったんだろうか。


「……いえ、大丈夫です」


 心配をおかけしました、と笑うアーネットの姿はいつもと一緒だ。


「ほんとうに大丈夫? 疲れててもおかしくないし――」

「いえ、大丈夫ですよ。ほら、少し寒いですし」


 アーネットが言う通り、この屋敷は少し寒い。

 ちゃんとした立地とかは知らないけど、もしかしたら山の上とかにあるのかもしれない。


「そういうことだったんだね、よかった」

「心配させて申し訳ありません。……さて」


 彼女の視線が壁に移る。

 そこには、恐怖のあまりか失禁して気絶している枢機卿猊下の姿があった。


「おや、気絶しているのですか。では捕縛も簡単ですね」


 彼らを連れて行きなさい。

 アーネットがそう扉に呼びかけると、向こう側から大量の兵士がやってきて、彼らを捕まえた。

 どうやらここの護衛みたいだ。


「……すごいね」

「彼らも不満を持っていたようですから、説得して・・・・仲間になってもらいました」

「相変わらずアーネットは人を説得するのがうまいね。僕にはできないよ」

「そうでしょうか? 私としてはショウ様のほうが才能に満ちあふれているように思えますが。……さて」


 兵士たちが猊下と盗賊たちを捕まえると、アーネットは笑って扉を開けた。


「教会のほうにはすでに連絡をよこしました。それまでティータイムといきましょう?」


 そうほほ笑むアーネットの姿は、どこまでも美しいものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る