枢機卿の部屋までやって来たんですが

 僕たちは、枢機卿猊下の執務室までやってきていた。

 警備の人たちはいない。出払っているみたいだ。

 ――扉の向こうから、なにやら話し声が聞こえてくる。


「――だから! 金はこれだけだといっておろう!」

「いいやもっとだ! あのガキどもをここに連れてくるのにどんだけ時間がかかったと思っている!」


 猊下と誰か男の人がお金について言い争っている。

 男の人の声は聞いたことがないものだけど、話の内容から察するに僕たちをさらった盗賊のひとりだろう。

 ほかにもがやがやと声が聞こえるから、団でまとめてこの部屋に入っているのだろうか。


「……仮にも枢機卿という立場でありながら、このような不埒な物事に執務室を利用しているとは」


 呆れたものですね、とアーネットはひとりごちた。

 僕も同じ意見だ。

 ミシェもジョシュアくんも顔を歪めて、目の前の音を聞いている。


「さて、このまま一気に入りましょう。相手を逃がしてはなりません」


 行きますよ、という声を合図に、僕たちは執務室へと入っていった。


 執務室の中は一見普通なものの、ところどころであきらかに不必要なものが置いてあった。

 机や本棚、ソファは普通にあるとしても、拷問器具の類なんて、一体どんな目的で使うというのか。

 ――まあ、それはともかくとして。

 部屋の中には、枢機卿猊下と、あきらかに盗賊だとわかる格好をした男の人が合計で5人ほどいた。


「……な、なぜ聖女様がここに!? しかもそこの3人は……!」

「彼らに教えていただいたのです。猊下が人身売買、人さらい、姦通などの罪を繰り返しているということを」


 異論はありますか? とアーネット。

 一方の猊下は、顔を青ざめさせながら口をぱくぱくと開けたり閉めたりしている。


「ち、違うのです! それは……」

「それは?」

「そ、そやつらが聖女様にあることないこと吹き込んだのです! 良い待遇を受けさせてやっているというのに、そやつらは傲慢にも――」

「――なるほど」


 アーネットの空気が変わった。


「私が選んだ、私がかつてパーティーを組んだものがそういった存在であると、猊下はそうおっしゃりたいのですね?」

「……! ち、違う! 決してそういう意味では……!」

「ならどういう意味でしょうか?」

「そ、それは……」


 枢機卿猊下が口ごもる。

 周りの盗賊たちも、アーネットに気圧されてなにもできないみたいだ。


「……ええい! 警備兵! 警備兵よ来い!」


 やけになった猊下が、机の上に置いてあったベルを連打する。

 どうやら普通のベルじゃなくて、魔法で屋敷全体へ音が響くようにしてある、特別製のベルみたいだ。


「ふむ、警備が一斉にくるとなると、少々厄介ですね……」


 アーネットが顎に手を当てて考え込んでいる。


「……それなら、猊下は僕に任せてもらってもいいかな?」


 アーネットは聖女として色んな回復魔法を使えるけど、同時に召喚士として大量の敵を殲滅するのも得意だ。

 一方の僕は、今のところステータスは高いものの範囲攻撃ができるわけじゃない。

 それに、彼女くらい強い人なら、手加減をうまくして警備の人たちを足止めすることも簡単にできるだろう。


「……本当によろしいのですか?」


 アーネットが心配そうな目で僕を見つめる。

 彼女だって、そうしたほうが良いのはわかっているはずだ。

 それでも心配してくれているという事実が、僕はなんだか嬉しかった。


「……うん。信じて」


 そういって大きくうなずくと、アーネットは数秒ほど迷ったあと、扉の向こうへと出ていった。

 ――さて、ここからは僕の番だ。

 アーネットもミシェも、ジョシュアくんもリーフくんたちも、みんなこれ以上傷つけたりするものか。

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