まずは準備をするんですが
「……さて、まずは隠れられるだけの場所を用意しなければなりませんね」
「そうだね。……ってことは、あれ使うの?」
「ええ、もちろんです」
アーネットはそう答えると、持ってきていた鞄からすばやく魔導書を取り出した。
そして目当てのページを一瞬で開くと、描かれた魔法陣の中心へと手をかざす。
「……汝は盗賊の王」
魔法陣が光り、地面へと浮かび上がる。
状況が飲み込めていないミシェとジョシュアくんを横目に、アーネットは落ち着いた表情で呪文を詠唱し始めた。
「汝は風の精霊、自由の主、空洞を尊ぶもの」
呪文の進行にしたがって、魔法陣の内円がゆっくりと動きはじめる。
「……もしかして」
ジョシュアくんがつぶやく。
そして、ミシェもジョシュアくんと同じ気持ちみたいで、ふたり揃って僕の顔をじっと見つめていた。
「うん。表立って公表はされていないけど、彼女は召喚術が使えるんだ」
「……そうだったのか……!」
まさかの展開に、ジョシュアくんが呆然としている。
そしてその間にも、呪文は刻一刻と進んでいた。
「我、汝らを統べるものなり、現世の聖女なり、限りある清廉の象徴なり」
魔法陣の外円が、内円とは反対方向に向かって回り始める。
そしてその速度がどんどん速くなっていって、同時に輝きはどんどん光度を増していった。
「我は命ずる。汝、我が正道の礎として、今ここに頭を垂れん……!」
速度はどんどん上がっていく。
光度はどんどん増していく。
そして――
「我が下に出でよ! 不定の獣『ウァレフォル』!」
――部屋中を光が満たして、なにも見えなくなった。
あまりのまぶしさに、思わず目をつぶってしまう。
目をつぶっても見える光景は真っ白なままで、その他にはなにもわからない。
そしてゆっくりと、ゆっくりと光が消えていき、目を開いても良いくらいの明るさになる。
そしておずおずと目を開けると――
「……我、汝が僕なり。契約の果てまで、汝が命をこの身に刻まん」
ライオンとも、鷲とも、牛とも人間ともいえるような、なんとも不気味な生物が目の前にあらわれていた。
アーネットが召喚した、不定の獣『ウァレフォル』だ。
今はその人間のような頭をアーネットに下げて、命令が来るのを今か今かと待っている。
「……それでは」
アーネットが軽く咳ばらいをした。
「ショウ、ミシェル、ジョシュアの三人を、その身に隠せ」
「御意」
ウァレフォルは軽くお辞儀をした後、僕たちに向かって背中にある大きな翼を広げた。
そしてその翼で僕たちを抱きしめるように包んだ後、身体を透明に変化させる。
これがウァレフォルの持つ力のひとつ「透明化」だ。
こうやって自分の翼で包んだものを透明にして、周囲から気づかれないようにする。
あくまで目に見えないだけで、音とかは普通にするので、そこは注意が必要だ。
「……さて」
アーネットがすずしげに笑う。
だけど僕は、これは彼女が戦いにでるときの顔であることをよく知っていた。
「行きましょうか」
アーネットの問いかけに、僕は力強くうなずく。
そして僕たちは、枢機卿猊下の部屋に向かうため、客室の扉を開けたのだった……。
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