あの方と再び相まみえるまでの顛末(アーネット視点)

 こちらでお待ちください。

 キョウ枢機卿がそう言って、どれほど経っただろうか。

 私は退屈な現状を紛らわせるべく、ひとりで茶を淹れていた。

 ――まったく、面倒な相手に反応してしまったものだ。

 いけないとは理解していながらも、私はため息が出るのを抑えきれなかった。


 招待状が来たのは、ほんの数時間ほど前のことである。

 私としてはあまり好ましい相手ではないので、可能な限り放置しておきたかった。

 しかし(まったく余計なことに!)ガフが彼にあの方の捕獲を依頼をしてしまったのだ。

 余計なことしかしない奴らを、どれくらい切り捨ててやろうかと思ったことか。

 一度縁ができてしまうと、断ち切るのは中々難しい。

 そういうこともあって彼の懇願を無視できず、重い足をどうにか動かしながら、目的の屋敷へと辿り着いたのだった。

 かと思えばこの扱いだ。

 ――思わずあそこで素が出てしまったが、失敗だったか。

 枢機卿は下種な小物ではあるが、教会最大勢力の盟主でもある。

 いくらあの方の話題だったからとはいえ、むしろだからこそ冷静にふるまうべき――


 ――ガタン。

 背後から、なにかが落ちる音が聞こえた。

 音の位置から察するに、取りつけられていた暖炉から侵入したのだろう。

 ――刺客だろうか。

 物音の主を突き止めようと、後ろへ振り向いた瞬間――


「イタタ……」

「――!」

「……あれ、アーネット?」


 ――あの方が、ショウ様が、私の目の前にいた。


「……なるほど、それでショウ様は捕まってしまわれて、今脱出口を探していると」


 ――あの爺め。

 ショウ様から事の一部始終を聞いた忌憚なき感想はそれだった。

 なるほど彼は美しい。

 その眉目だけでなく、心根さえも、まるで地上のものとは思えないような清廉さを持っている。

 しかしあの爺は、あろうことにそれを手籠めにし、凌辱しようとしたのだ。

 百歩譲って内心であれば譲歩しよう。しかし彼は実行に移そうとしたのだ!

 この蛮行、許されてなるものか!

 まずは逃れられぬよう、手足の腱を切って――


「――アーネット?」

「いえ、それが事実であれば許されぬ・・・・事であるな、と」


 おっといけない。

 清廉な彼の下にいるのだから、私も努めて清廉でいなければ。


「……わかりました。私も協力いたしましょう」

「ほ、ほんと!?」


 ショウ様の瞳がアメジストのようにきらめく。

 ああ、なんと美しい――!


「であれば、彼の捕縛も行ってしまった方が早いですね」

「え、……ああ、たしかに」

「ええ。ショウ様の話を聞く限り、枢機卿猊下は常習犯の様子。あまり自由にできる時間を与えないほうがよろしいでしょう」


 ショウ様は私の理論に納得したらしく、首を大きく振って肯定してくださった。

 ……よし、これであの老害を切り捨てる手筈は整った。

 ならば次に聞くべきは――


「――そういえば」

「おや、なんですか?」


 ショウ様が不安げに眉を下げる。


「大丈夫なの? ……その、役立たずの僕といて」


 ――ああ、あの件か。

 私は怒りのあまり、却って冷静にそう思考した。

 あ奴らが理由を偽り、彼を追放したのはわかっていた。

 だが、こちらとしてもショウ様が傷つかなくて済むのは本望だったため、黙認しておいたのだ。

 しかし、まさか言うに事欠いて役立たずなどと――!


「――ショウ様、よく聞いてください」

「……なに?」

「私はショウ様のことを役立たずなどと思ったことは、一度もございません」

「そう、なの?」

「ええ。ただ私としては、ショウ様にこれから先の血なまぐさい道を歩んでほしくないと思い、今回の対応とさせていただいた次第なのです」

「そ、それじゃあ……!」

「ええ。……ショウ様は役立たずなどではありません。むしろ、大変多くの場面で助けていただき、感謝しかございません」


 これは事実だ。

 ショウ様がそこにいるだけで役に立つというのは当たり前として、私、ガフ、ブレイと家事経験がまるでない上流階級ぞろいの黎明の聖女にとって、彼の存在がどれだけありがたかったことか。

 現に、今黎明の聖女は食事やアイテムの管理もままならない状態だ。

 このままでは、B級への降格もそう遠い話ではないだろう。

 ――まあ、B級に落ちたところで、私としてはさして気に留めるようなものとも思えないが。

 それに、今はそんなことよりも彼らが気になる。


「ところでショウ様、そこのおふたりは?」

「ああ、こっちはミシェル。僕の幼馴染なんだ」


 金髪の小童が、疑心に満ちた目で一礼する。


「そしてこっちのほうはジョシュアくん。地下牢から出るときに助けてくれたんだ」


 銀髪に褐色のエルフが、同じように一礼する。


「あら、そうでしたか。……私はアーネット・ヤン・ツェーレと申します。以後お見知りおきを」


 ――このふたり、邪魔だ。

 先ほどの数分だけでわかった。ショウ様はこのふたりに心を許している。

 もし彼奴らを放っておけば、ショウ様は必ずやこのふたりと共に歩むのだろう。

 ――許せない。


「……それでは、善は急げ、です。参りましょう」


 ……だが、今は処理するべき時ではない。

 面目というものがある以上、私が黎明の聖女から脱退するというのは難しい。

 そしてそれは、ショウ様の護衛が難しいことを意味する。

 彼らも戦闘能力という点では不安が残るが、片や法王台下の養子、片やダークエルフだ。

 心も許していらっしゃるようだし、来るべき時までは利用しておくのが吉だろう。

 ――そうして私たちは、枢機卿に天誅を下すべく、準備をはじめるのだった。



「……ショウ様、そういえば」

「なに?」

「なぜ、女性ものの服を?」

「……ああ、これはね。なんか特殊スキルっていうのが見つかって、それが女装しないと発動しないみたいで……」

「……!」


 ショウさまが、ひざ丈ほどのスカートをくいと持ち上げる。

 ……神よ、この奇跡に感謝いたします。

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