絶望(キョウ視点)
私は失意のまま、みじめにも帰路についた。
ショウ・ターロをこちらに監禁することができないばかりか、逆に相手側の管理下に置かせてしまう始末。
――どうするべきだろうか。
「……あの、猊下」
おずおずと、先ほどまで黙っていた従者が口を開く。
――顔は彼ほどではないものの、綺麗なものだ。今日は憂さ晴らしに――
「――枢機卿猊下」
――眼前に、アーネットがいた。
その横にはガフがいつものように立っており、こちらの成果を今か今かと待っている。
「……アーネット君、なんだい?」
――見苦しいと嗤いたければ嗤うがいい。この場をどうにか切り抜けなければならないのだ。
私は相手がなにを求めているのか知りながら、必死の思いでしらを切った。
しかし現実とは非情なものである。
「こちらにショウ・ターロがいるはずなのですが、どこでしょうか?」
アーネットはいつものように微笑を湛えている。
しかし私には、それが極刑を宣告する支配者のものにしか見えなかった。
――この女、気づいている。
「それは、その……」
「猊下、なにをどもっているのだ」
ガフが苛立たしげにこちらを見つめる。
表層的な物言いはアーネットと似ているが、私にはわかる。
彼は今回の事態についてまったく知らない。
――しかし、だとするとつじつまが合わない。
ガフが情報を得ていないのなら、パーティーメンバーのアーネットとて同じはずだ。
だが現に、アーネットは「すべて知っている」と言わんばかりにこちらへと笑みを浮かべている。
なぜそのような顔を――
「……猊下」
――アーネットの笑みが深まった。
ぞくりと、背筋に冷たいものが走る。
なにか、なにかを言わなければ……!
「か、か、彼は、ショウ・ターロは……」
「ショウ・ターロは?」
「……アマリア殿下の提案により、法王派の監視の上で生活することになった」
――ああ、言ってしまった。
直感的に、そう悟った。
「……そうですか」
アーネットはなんら表情の変更もなく、淡々とつぶやいた。
いつも通りの聖女の顔だというのに、今はこんなにもおそろしい。
――せめて、せめてなにか手だてを!
「……ア、アーネット」
「……なんですか? 猊下」
「わ、私がどうにかして彼を攫おう!」
アーネットの目が、すぅと細められる。
「なるほど?」
「そうだ! だから彼を――」
ズガァン!
――一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
ただ音だけが響いて、頭が回らない。
「アーネット!?」
ガフの混乱した声が聞こえる。
頭が再び動き出すのと同時に感じた背後への痛みで、私は壁に叩きつけられたのだと理解した。
「――ッ! ガッ!」
混乱するままに視線を暴れさせていると、アーネットの腕が首の下にあった。
……まさか、首を絞められている……!?
「……よく聞け」
地の底を這うような声が、アーネットのほっそりとした首筋から流れる。
――本当に、本当に彼女はアーネットなのか……!?
「お前がどのようなことをしようと、私には関係ないし興味もない。だが……」
アーネットは言葉をいったん切ると、殺気のこもった目で私を睨みつけた。
「彼に手を出してみろ。お前も、お前の親族も、一片残らず消し炭にしてやる」
いいか。
そう言ってアーネットは手を放した。
ドサリという音とともに地面へと落とされ、痛みに唸るしかない。
「……アーネット」
「……なんです? 早く帰りましょう」
「あ、ああ……そうだな」
アーネットは何事もなかったかのように、いつもの穏やかな笑みを浮かべて来た道を戻っていく。
私は恐怖のあまり、彼女の影が見えなくなるまで何度も何度も首を縦に振るのだった……。
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