判決(キョウ視点)

「……ひとつ、よろしくて?」


 アマリア殿下が優雅に手を上げた。

 ――なぜだ? ショウは王家とはかかわりがない。

 彼女が反対するような不利益もないはずだが……。


「今までの功績を考えると、彼を軟禁するのは多大な損失になってしまうのではないですか?」

「……そうだね。正直なところを言ってしまうと、彼を失うのは辛い」

「だろうな」


 カナルがゆったりと笑った。

 それに応じるように、殿下もゆったりとほほ笑む。


「であれば、軟禁など愚策というものですわ」


 でしょう? と殿下が私に問いかける。

 ――やられた。

 私は妥当性をもって彼らを説得しようとしたが、彼女は利益の方面から彼らに訴えかけたのだ。

 それだけではなく、相手は王家だ。

 生半可な反論では論破されてしまう上に、最悪権力を利用した脅しさえかけられかねない。

 これでは――


「……そうだな。殿下の意見にも一理ある」


 殿下の言葉を受けて、カナルがゆっくりとうなずく。

 しかし、と彼は言葉をつづけた。


「危険性のある人物であることには変わりない。それはどうするつもりだ?」


 カナルからの思わぬ助け舟に、私の精神は再び上向いた。

 そうだ。彼は未だ危険性を持った人物であることに変わりないのだ。

 このチャンスをものにしなければ……!


「そ、そうだ! だから私たちが責任を持って――」

「……そうですわね。確かにその通りです」


 だから、とアマリア殿下はつづけた。


「教会のものに監視していただければいいのです」


 ちょうど、伝手を頼って監視役も用意いたしましたので。

 そう殿下は言った。


 ――なんだと!?

 そんなことを聞いていない、今朝も耳に入っていなかった。

 そもそも王家は基本的に教会とかかわりが薄い、相互に介入を行わないようにしているからだ。

 ならばなぜ……!


「……法王台下か」

「ええ、台下は快く許諾してくださいましたよ」


 アマリア殿下はそう言っておだやかに笑った。

 ――これは厄介なことになった。


 リース教には、大きくわけてふたつの派閥が存在する。

 私がトップに立っているキョウ派がひとつ目で、もうひとつが法王派だ。

 現法王は穏健派で、教会は貧しいものを支援することが第一だと考えていた。

 敵対するものに対しても、可能な限り暴力をふるうべきではないと。

 私はそれに反対した。

 教会はより大きくなるべきで、敵対するものはすみやかに殲滅するべきだ。

 法王台下に対して、そう主張したのだ。

 ……結論を言えば、私と台下は決別した。

 そして私は教会の発展をより願う勢力を、法王台下は穏健なものを引き込み、ふたつの対立する派閥となったのだ。


 さて、話を戻そう。

 基本的に王家は教会と距離を取っており、それはアマリア殿下も例外ではない。

 しかし、それはあくまで基本的には、である。

 アマリア殿下は珍しく、修道院に多くの援助を行っているのだ。

 理由はあちら側の上役に、彼女と個人的に親交のある人物がいるためだと言われているが……。

 なにはともあれ、アマリア殿下と修道院との間に良好な関係が流れていることは間違いない。

 そして修道院は、基本的に法王派に属している。

 孤児院の運営は基本的に修道院が取り仕切っており、法王台下はそこに予算を割くと明言したためだ。

 おそらく今回の経緯はこうだ。

 アマリア殿下は、可能な限り生活が変わらないようにしたいと考えた。

 その理由は不明だが、罪もない少年を軟禁することに対する個人的な心情と、朝焼けの騎士団に対して借りを作るため、といったところだろうか。

 しかし、ショウ・ターロが特殊スキルの持ち主であることに変わりなく、そこで教会からの監視員を招くことを思いついた。

 私に声がかからなかったのは、単純に修道院とかかわりが深いからだろう。

 私の目論見がある程度バレていたからだとか、そういった理由ではないはずだ。

 なにはともあれ、殿下は修道院からの伝手を頼り、法王派から許諾を得た。

 そして、この「法王台下が了承した」という事実が厄介なのである。

 派閥としてはこちらの方が大きいとはいえ、法王の権力は絶大。

 台下が了承したとなると、一介の枢機卿にすぎない私では対処できない。

 そして台下は無辜の民を軟禁するような真似を嫌う男だ。

 おそらく、というよりも確実に、ガフは彼へ提案はしていないだろう。

 それはつまり、我々の側でショウ・ターロを監禁するという計画が不可能となったことを意味する。


「……わかった」


 ――最悪だ。

 荒れ狂う心を抑えながら、私は必死に口を開いた。

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