策謀(キョウ視点)
ショウ・ターロのスキル鑑定から一日が経って。
マキナ、カナル、アマリアと私の四人は、改めて会議を行っていた。
「……今からショウ・ターロの処遇について、採決を行う」
さて、これからどうするか。
私の脳裏には、あの日の晩に起きた出来事が浮かんでいた。
あれは昨晩、スキルの鑑定が済み、帰路についている時のことだった。
「――ああ、ガフじゃないか」
久しぶりだなと、帰り道に現れたガフへと声をかけた。
彼も私に気づいたようで、あの警戒心を抱かせる笑みを向けてくる。
「……枢機卿猊下、お待ちしておりました」
「良い良い。私とお主の仲ではないか」
左の従者に視線をよこして、彼の側へと走らせる。
従者はガフへしなだれるようにもたれ込むと、その潤んだ目で眼前の神経質な男を上目遣いで捉えた。
「……私は猊下のような趣味を持っていないのですが」
ガフが苦笑する。
「失敬な。私は彼らを一人前に『教育』しているだけだよ」
なあ?
そうもうひとりの従者に問いかけると、彼はひどく怯えた表情で「はい」と答えた。
――その表情のなんと甘美なことか!
ああ、どうやってこの表情をさらに歪ませよう――
「……猊下」
――泥濘のごとき饗宴への期待は、ガフの一言によって打ち切られた。
まったく、今夜のことについて頭を巡らせている途中だというのに、不信心者め。
まあ良い、ガフとは彼がまだパーティーを結成する前からの付き合いであるし、あの『聖女』アーネットと関わりもある。
この寛大な心で、彼の無作法を赦してやることにしようではないか。
「ああ、なんだ?」
ガフはあの表情を崩さずに、言葉を続ける。
――まったく、なんとも嫌な男だ。
「ショウ・ターロを、教会に監禁していただきたいのです」
「――私は、軟禁状態に置くべきだと考える」
意識を現在へと戻すと、カナルが最初に意見を発していた。
――よし、風向きはこちらに向いているようだ。
「私も同意見だ。彼の発動条件は危険なものでないとはいえ、特殊スキルであることは変わらない。慎重に対処するべきだ」
なるほど、とマキナが相槌をうつ。
――これは良い兆候だ。
「そこで提案なのだが、我々リース教の監視下に置くというのはどうだろうか? もちろん責任は私が取る」
――ガフのあの言葉を聞いたとき、私の心は思わぬ福音に踊り狂った。
少し長い黒髪、前髪に隠れているがそれゆえに美しさをかもしだす紫色の瞳。
体格はあくまで少年のそれだが、同時に女であると説明されても納得してしまうような、両性的な儚さを併せ持っている。
あの月光のごとき美貌に、私は一目ぼれした。
スキルを鑑定する部屋であの少年を見た時から、彼を手籠めにしたいと思っていたのだ。
カナルはその才覚と合わせての運用を考えていたようだがとんでもない。
あれは我が子のように寵愛し、奴隷のように辱めてこそだ。
とはいえ、それだけで彼を教会の庇護下に置こうとしたわけではない。
ガフがこう言っていたのだ。
――これはアーネットも同意しているものである、と。
彼女はショウのことをひどく気にしており、可能な限り己の目の届く範囲に置いておきたいと考えている。
しかし、自分とブレイはアーネットとショウは引き離すべきだと思っている。
折衷案として教会での保護を提案したら、彼女は快く引き受けてくれたのだ、と。
どうやらこの手に降った恵みの果実は、ひとつではなくふたつだったらしい。
アーネットは彼に執着を見せているようだが、彼女のことだ、長い間共に戦った仲間と離れがたいといった理由に違いない。
ならばこちらがどのように扱ったところで、問題はないはずだ。
「――なぜ教会の下に置く必要があるんだい?」
マキナの問いによって、私は現実へと引き戻された。
内心でははらわたが煮えくりかえるような思いではあるものの、この場で感情を表に出すわけにはいかない。
努めて穏やかな笑みを浮かべながら、彼の問いに答える。
「まず他のケースの多くと異なり、彼は殺人などの犯罪を犯していない。同時に彼は孤児であり、リース教の経営する孤児院で育ってきた」
「そうだね。ショウ・ターロはリース教の孤児院で育ってきた」
「逃げるように出たとは聞いているが、特別関係が悪かったという報告はない」
「うん、彼はリース教に悪感情を抱いているわけではない」
しかし、と私は最後の一手を打つ。
「彼は誰かの養子となったわけでもなく、師弟関係を結んでいるわけでもない。そして唯一深く関わっていた黎明の聖女からは追放されてしまった。つまり彼には身寄りがないわけだ」
それならば、かつて彼を育てていた孤児院、ひいてはそれを経営していたリース教が責任を持つべきだろう?
私がそう笑いかけると、マキナは歯切れ悪そうに「そう、だね……」とあえぐように答えた。
朝焼けの騎士団は彼に好意的だったそうだから、軟禁そのものをよく思っていないのだろう。
しかし、ギルドマスターとして私情を持ち込むわけにもいかず、反対を行えない、といったところか。
ひどく弱った様子である王国有数のギルドマスターを見て、えもいわれぬ優越感が身を満たす。
――ああ! これで彼は――
「……ひとつ、よろしくて?」
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