倒しちゃったんですが

 音はなく、だけどすさまじいスピードで、ポイズンスライムたちは僕たちへと這い寄ってくる。

 ふと後ろを向いてみるけれど、入口の光はまだ遠い。

 周りに誰かいればいいのだけども、僕が付き添いで来ている以上、その可能性も低いだろう。

 そもそも、ポイズンスライムがこの穴に沸いたこと自体、はじめてのことなのだから。


「……ど、どうすればいいの……?」


 ラーさんが絶望したようにつぶやく。

 ほんの少し話しただけなのだけど、彼女の知識量はものすごい。

 この少しの時間だけで、これがどれだけ絶望的な状況か察してしまったのだろう。


「バカ! 倒すしかないだろ!」


 ラーさんの言葉に怒ったように、ヤンくんが飛び出す。

 彼の拳はポイズンスライムの毒で塗れた体へと一直線に吸い込まれていき――


「――危ない!」


 ――僕の手・・・にしっかりとつかまれて止まった。


「…………え」


 ヤンくんがびっくりしたように僕の腕を見つめる。

 僕もまた、彼と同じ気持ちだった。


「……な、なんで……」


 こんなに速く走れたんだろう。

 考えれば考えるほど思考の深い海へと潜ってしまいそうだけど、今はそんなことを考えている状況じゃない。

 ――試しに、軽くスライムに掌底を食らわせてみる。


 ――パァン!


 まるで水風船が割れるような音とともに、ポイズンスライムはあっけなくはじけた。

 僕とヤンくんの双方に毒ひとつつかず、だ。


「……ヤンくん」


 ――どういう理由かは知らないけど、今の僕はすさまじい力が発揮できる状態らしい。

 だから。


「ここは僕に任せて」


 できるだけ優しく見えるように気をつけながら、彼に微笑む。

 彼は少しの間ぼうっとしていたけど、すぐに正気に戻ると、


「おう! 任せたぞ!」


 と答えた。



「――とう!」


 掛け声とともに足を回すように蹴り上げると、十数体のスライムたちがあっけなくはじけた。

 それから間を置かずに地面を蹴り、スライムの粘液に塗れた地面を踊るように滑っていく。


「やあっ!」


 スライムへとすれ違うたびに蹴りや掌底をお見舞いし、それに合わせておもしろいようにスライムたちが倒れていく。

 その色は赤、青、紫と色とりどりで、その粘液が飛び交う景色をきれいだなとのんきに思う自分がいた。

 それくらいに、今の体が強いのだ。

 今までの動きはなんだったのかと思ってしまうくらいに体が軽い。

 昔、ブレイの剣を握らせてもらったことがあったのだけど、その時はまるで持ち上げることができなかった。

 だけど、今なら片手で軽々と振り回すことさえできそうなほどの、すさまじい違いだ。

 ふと気を抜くと、この力に飲み込まれそうで恐ろしいほどに。


「はっ! たあっ!」


 そんなことを考えている合間にも、スライムの虐殺は進行中だ。

 最初はまるで壁のようになっていたスライムたちが、ほんの数分で残すところ一体にまで減っている。

 ――もし他の人がこんなことをしたとしても、僕だったら絶対信じなかっただろうな。


「す、すごい……!」


 ラーさんが感嘆の声を上げる。

 気が付くと、最後のスライムも倒してしまっていたらしい。

 体には傷ひとつ粘液ひとつなく、逆にスライムたちは無惨な姿で地面に転がっているものたちだけだ。

 自分でさえ信じられないほどの、一方的な勝利だった。


「……それで、ショウさん」


 ラーさんが言いづらそうに言葉を続ける。

 もしかして、倒しそびれたスライムがいたのだろうか。


「さっきの動きでスカートがめくれて、その、下着が見えているのですが……」

「……早く言ってよ!」

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