絶体絶命なんですが
じりじりと、しびれるような嫌な臭いが前から漂ってくる。
――この臭い、最悪だ。
「……何がやって来たのですか……?」
「……ポイズンスライム。進化系の中でも厄介な相手だよ」
ポイズンスライム。
毒の生成に特化する方向へと進化したスライムの一種だ。
その種類は多様で、身体を溶かす強酸から身体をむしばむ猛毒、さらには麻痺毒まで完備している。
毒に対する対処法がわかっている中級者以上にとっては大した相手ではないのだけど――
「ふたりとも、じりじりと後ずさって」
「な、なぜですか……?」
「ポイズンスライムは聴覚しかないけど、そのレベルが普通のスライムとは段違いなんだ」
「な……!」
ヤンくんがごくりと息を呑む。
「もし、一気に走り抜けたとするよ。その足音ですぐに気づかれて、追いつかれてしまうはずだ」
ポイズンスライムは頭も良いからね。と僕は付け加えた。
「……ということは、今この瞬間にも……」
ラーさんが何かに気づいたようにつぶやく。
そう、この瞬間にも、ポイズンスライムは僕たちのいる方向を理解してしまっているのだ。
だから僕は答える代わりにうなずくことで、彼女の疑問に答えた。
じりじりと、足を滑らせるように後ずさる。
ヤンくんとラーさんも、僕に続いてゆっくりと、出口へ向かって後退していった。
音といえる音はほとんどなく、ただ僕たちの影だけが動いていく。
ゆっくりと、ゆっくりと後退を進め――
「――あっ!」
ズルリ。
派手な音と共に、ヤンくんが大きな声を出す。
とっさに彼の声がした方向へと振り向くと、ヤンくんが最下層への穴に落ちようとしていた。
「……危ない!」
反射的に、彼に向って手を伸ばす。
彼のまだ成長途中の手は、しかししっかりと僕の手を掴んだ。
――もう大丈夫。
僕にはスキルを持つ冒険者のような力はない。
それどころか、筋肉という一点ではスキルを持たない人々の中でも非力な部類だろう。
でも僕は腐っても冒険者パーティーに5年間在籍していた身。
経験値には、自信があるのだ。
「ラーさん! 僕のバックの中から杭を探して、そこに刺して!」
右足で床をおもむろに蹴り、そこを指さして僕は叫ぶ。
ラーさんはなにをするつもりなのか理解したらしく、すぐにバックの中をあさりはじめた。
その中から、頭に深い青色をした丸い宝石がついている杭を取り出し、思い切り地面へと突き刺す。
するとその輪の中からするすると真っ白なロープが伸び始めた。
僕はそれを穴の中に放りなげ、叫ぶ。
「ヤンくん! これを持って!」
ヤンくんは言われるがままにそのロープを手に取った。
――すぐにこのロープの特性を理解したらしい、彼はそのまま器用な身のこなしで穴を昇り、そして僕たちの間にどさりと座り込んだ。
「た、助かったぁ……」
ヤンくんは、やっとの思いでしぼりだしたかのように、そう漏らした。
ラーさんは何やら思案げに顔をうつむけていたが、ゆっくりと顔を上げると、僕の目をじっと見つめてこう言った。
「……あの杭、『蜘蛛の糸』ですよね? どうしてあんなにレアなものを……」
「ア、アハハ……」
なにも悪いことをしたわけでもないのに、じわりと背中に冷や汗が流れる。
――まあ、どう考えようとも、正直に答えるしかないのだけど。
「昔一緒にいた人の中に、上級の錬金術師になった人がいてね。そのツテで用意してもらったんだ」
これくらい用意しないと、僕レベルじゃあ死んじゃうかもしれなかったから。と付け加える。
ラーさんはその答えに驚いたらしく、目を大きく開いてフリーズしてしまった。
「蜘蛛の糸を作れるのなんて、王宮術師クラスですよ!? ショウさん、一体どんな人と――」
――ジュルジュルと、湿気を含んだ音が聞こえた。
続いてジュウと岩の焼けるような音が辺りに広がる。
ポイズンスライムに包囲されてしまったようだ。
「さて、どうしようか……」
……非常にまずい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます